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絵本「ひかりのりゅう」発売によせて

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私が文章・原案を担当した、「原発絵本プロジェクト」の絵本「ひかりのりゅう」が本日、絵本塾出版さんから発売されました。

 

同内容で違うバージョンの電子版「ひかりのりゅうとぼくの国」も、iBooksストアで発売中です。

 

この絵本は、福島で起きた原発事故、および、原子力発電の歴史をモチーフにしています。

しかし、事故から3年以上が経ち、事態がよりいっそう複雑化する中、最終的には原発そのものの是非を越えて、

「人間がコントロールしきれない、科学技術全般と、私たちはどう付き合ってゆくべきか?」

という普遍的な問いを投げかける内容の絵本になりました。

 

原発事故が起きたとき、私の心に浮かんだのは「ごめんなさい」という言葉でした。

それは、福島の人々に対してなのか、日本全体に対してなのか、世界に対してなのか、それとも、壊れてしまった原発に、なのか、わかりませんが、とにかく、私の心に浮かんで来たのは、その言葉だったのです。

東京に住んで、のうのうと暮らして、電気を使って来た私が、謝らなければいけないような気がした。リクツではないのです。

その謝り先を見つけられぬまま時間が刻々と過ぎてゆき、手に入るのは正しいのか正しくないのか分からない情報と怒りの言葉ばかりで、それらが脳をびゅんびゅん飛び過ぎてゆく。ちがう、と思いました。私は怒りたいのではなく、知りたいのだ、と思いました。

この出来ごとを説明できる言葉を得て、ただ、自分自身が納得したいのだと思いました。ただのエゴですが。

また、寄付もしたいことの一つでした。個人の行いなので、微額ではありますけれども、少しでも福島の役に立ちたいと思ったのです。

その時に、なぜか絵本をつくろうという考えが、ぴーんと降りて来たのです。

 

07-08

絵本を作る中で感じたのは、「何かを正しいとか、正しくないとか、決めつけることの難しさ」でした。

この絵本を作るために、何度も福島に足を運び取材をさせていただきました。本当にたくさんの、福島の方々や、原発関係の方々にご協力をいただきました。

東京で聞いていた通りのこともあったし、東京で聞いていたのとは、180度違うこともたくさんありました。

志田名地区という山奥の限界集落は、高線量を記録しているにも関わらず、行政の対応の遅れで除染が進まず、今もお年寄りばかりが50名ほどひっそりと暮らしていて、福島県外からの「なぜ避難しないのか」という言葉はあまりにも非現実的だと気づかされました。

福島第一原発から一番近いファミリーマートには、棚のひとつがまるまるカップラーメンで埋められていて、その、ずらりと並んでこちらを向いたビニールの丸い面が、スターウォーズの敵のロボットの頭のようにのっぺりてらてらと光っていて、このコンビニの一番多い利用者は、命をかけて事故の収束に向かっている原発作業員の方々であろうに、その方々の食べるものがこれでは、と、いま、自分が吸い込んでいる放射性物質のことよりも、そちらの方に薄ら寒さを感じました。

楢葉町からいわき市に避難して来て、近隣住民とトラブルになり、嫌がらせを受けて自殺してしまった方のご家族から「復興、復興と言っているけど、何が復興だ」という声を聞いたあとで、いわき市の復興に携わるNPOの方に会い、その方は「いわきは比較的放射能の被害が少なくて、もう復興しつつあるのに、『福島』というレッテルを貼られて、差別されるのが本当に悔しい」と言っていて、私は何も言えなくなりました。

そのどちらもが正しいと思います。事態は3年経ってなおいっそう複雑化し、福島内外に関わらず、数えきれない利害が対立していると言うのが、福島の方々の話を聞いて私が得た所感です。誰も何が正しいかなんてわかりません。これからどうなるかも分かりません。その中で私が「これはこうだ」「これは正しい」という考えを人に押し付けることはできないと思いました。そんなわけで、この絵本は、何か特定の考えを「正しい」として押し付けることを、極力除くように作ってあります。

 

15-16

でも、何も分からないからと言って、私たちには何も希望がないのでしょうか?

 

南相馬の沿岸部にあった友人の家は、土台からねこそぎ津波に押し流されていました。それを見たとき、悲しいと感じました。でも、悲しいと感じる一方で、私は、なにかがはじまるような気がしてしまいました。

被害を直接経験していない私には、住んでいた場所や家族を津波で根こそぎ奪われてしまった人のかなしみは、想像できる分量だけしか分かち合うことができません。悲壮感というものを、当事者が感じているようには、感じる事はできません。

なので、ここで感じた素直な感想を書くと、本当に不謹慎かもしれませんが、最初にその何も無い光景を見たとき、私は「能の舞台みたいだ」と思ってしまったのです。

能の舞台のように、ここから何かが、何も無い地平に、すうっと一本、堤防の走っている、この「無」の空間から、何かが始まるような気さえしてしまったのです。

だって、私たちは、生きているのですから。

 

 

福島の人々の踊る「HAPPY」を見た時にも、同じ感想を持ちました。

絵本のラストシーンについてかなり悩んでいたのですが、この動画を見た時に、自然と決まりました。
05-06

この絵本を出版して思う事は、まだ何も終わっていないんだな、まだ何も知らないんだなということです。

私は「できれば原発は無くなってほしいと思っている」のですが、それが現実的にとても困難であることも想像がつきます。それは、今も日本にいてのうのうと電気を使っている人間だからこそ言えることです。

でも、難しいからといって、以前のように何も考えずにのうのうと生きてゆく事はできません。

「安全」という神様はいなくなってしまった。だからこそ、一人一人が、最善と思われる策を探し、実行してゆかなければなりません。

それを考えるためにも、私はこれからも、福島の人々の声に注意を払って聞き続けたいと思っています。

 

福島は今、一番言葉の詰まっている土地です。

これだけ多くの人々が、口に出さないけれども言いたい思いを抱えていて、でもそれが曲解されて伝わってしまう場所。場所の名前だけで、聞いてもらえなくなる場所。

私には福島が、言葉を持った肉体そのものに見えます。飲み込まれた言葉が、福島にはまだまだたくさんある。

福島の詩人の和合さんは、インタビューの中で「ひとつだけ確かなのは、考えるよりも、涙が浮かんでくること、そこになんか真実があるような気がして、僕は詩を書いています」とおっしゃっていました。

私は、人々がそれぞれ抱えている、そういう言葉たち、埋もれている言葉たちに、これからも耳を傾けたいと思っています。

 

言葉がなんだ、言葉なんて無力だと思われるかもしれません。

確かに言葉なんて金に比べたら圧倒的に無力です。

けれど、人が人を知る時に、人が人と関わるときに、一番必要なのは言葉の力です。

金で人の心を知る事はできません。

私はそういう言葉の力を上手くつかって、どうすれば人々が善く生きられるか、その最善の方法を模索してゆきたいと思います。

 

最後になりますが、この絵本の制作にご協力いただいた多くの方々に感謝いたします。本当にありがとうございました。

この絵本の売り上げの一部を、福島の子どもたちの健康を願って、「公益社団法人東日本大震災復興支援財団」に寄付いたします。

BGM、ナレーション入り電子版はこちら→「ひかりのりゅうとぼくの国
 

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台風は日本の味

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台風は日本の味がする。

 

今、本郷三丁目のスタバにいる。
台風前なのに、すごい人だ。学生さんがノートをひろげて、必死に勉強している。台風前なのだから、家にいればいいのになぁ…とおもうのだけど、そうはならないところが、学生さんと、スタバらしいのだなぁ、とおもう。そういう私も、家にいないで、わざわざスタバに来ているのだった。 さきほど、カミーノ中に出会った外国人の友達からメッセージが来ていた。 彼は私が帰国したあとも巡礼を続けていて、今、聖地サンティアゴの15km手前にいるとのことだった。朝ごはんを食べていて、そこには大きなテレビがあって、日本の台風のニュースが流れていて、心配になってメッセージをくれたようだった。スペインの片田舎にも、日本の台風のニュースが流れていることに驚きを覚えるのだけど、彼に、「心配ないよ」と言う事を伝えたくて、 「それは日本の風物詩だよ」とか 「日本らしい天候だよ」みたいなことを言いたくて、 英語でなんて書こうか、と一瞬考えたあとに、出て来たのは

 

「it’s a Japanese flavor.」

だった。

 

台風は日本の味がする。

 

きっと、英語的には間違っているのだろうし、伝わるのかどうかわからない。書いたあとに「flavor」じゃぁないだろうなぁ、とは思ったのだけど、周りを見渡して、うん、確かに、この、風が強くなる前の、スタバに、わざわざ学生さんがいっぱいきて、勉強してる、この感じが、「日本の味」なんだろうなぁ、と思って、そのまま消さずに、エンターキーを押した。

  

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想念の溜まる場所

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教会が好きなのは、想念の篭る場所だからだ。

今、スペインの巡礼路に来ている。

スペイン北部にある聖地を目指して、約800kmの道を1ヶ月かけて歩く訳だけれども、一年に約2万人もの人が世界中から訪れるこの場所は、ちょっとした想念のたまり場になっている。

たくさんの人が、なんらかの理由を抱えて、ひとつの場所に泊まり、寝て、食べて、歩いて、語り合う。けれど、一日として同じ場所には留まらない。人が流れてゆく場所だ。澱の溜まらない、ただ、想念の残滓だけが、ふよふよと道の形を作る場所。

ある日、歩いている途中にとある小さな教会に足を踏み入れた。13世紀に建てられた、とても小さな、名もない教会だが、一歩足を踏み入れたとたん、涙が溢れて止まらなくなった。

教会や寺院などの宗教施設は、そこを訪れた人の感情を受け止める器そのものだ。人は立ち去るけど、祈られた感情は残る。石でできた古い外壁に、内側の象牙色の塗り壁に、何万、何十万、何百万もの人々の祈りが、800年続く人々の想念が、手あかのようにびっしりとこびりつき、教会そのものになっていた。

その教会はメインの巡礼路からは少し外れているため、観光地化されていない。来るのは地元の人々と、通り過ぎてゆく巡礼者たちだけだ。純粋な人々の感情が光の速さで降り積もった場所。

周りを見ると、号泣している巡礼者もいた。

入り口でぼーっと佇んでいると、教会の管理人のスペイン人の女性に、ポストイットを渡された。イエス像のそばに、自分の祈りを貼り付ける方式だ。イエス像の周りには、ブドウの葉のように黄緑色のポストイットがびっしりと貼付けられていた。

何を書こうか、考えるより先に答えが身体からやってきた。
福島のことだった。

気がついたら私は、ポストイットをにぎりしめて、泣きながら福島について祈っていた。

福島。私は別に、福島に親戚が居るわけでもない。知人はたくさんいる。絵本をつくるために、仕事のために、何回も足を運んで取材に行ったからだ。でも、だからってべつに彼らのことをいつも心配しているわけではない。

3年前のあの時は、日々、そのことを、考えざるをえない雰囲気があったものの、3年が経ち、日々の暮らしに忙殺される中で、わたしはそれを忘れてーいや、正確に言うと、思い出さないようにしてすらいる。

日々、そのことを気にかけていたら、生きてゆけないから。そんなことは心の奥底に沈殿させておけばよいものだと、私の理性が判断して、私はそれを、心のどこかに、押し込めている。日常を「正しく」送るために。

「前向きに生きる」という言い訳をして。都市で生活するとは、そういうことだ、と自分に言い聞かせて。

けれどもなぜかこの場所で、私の心をつきやぶっていきなりあふれてきたのはそれだったのだ。

日常の、誰彼が幸せに暮らせますようにとか、自分が健康でありますようにとかそういうどこからかやってくる願望の速さを追い抜いて我先にと心の弁を押しわけて現れてきたのはそれだった。

福島の人々を気にかける気持ち。そこで暮らす友達の安否を気にする気持ち。どうにか、どうにか原発事故が、収束してくださいっていう、普段、生活してゆくために、無理やりねじふせておしこめている気持ち。

それが今、急に掻き出されて、表面に全部、浮上してきた。

心臓から目に管が生えたようになって、どろどろの涙になって流れ出てきた。

心配してたら生きてゆけないから、日々の小さな局面で、気にしないことを選択してきたけれど、それは実はすごく無理して行ってきたことなんだ、本当は自分はこんなにも、福島とそこで起こったことについて気にしているんだ、ということが、この小さな教会に入った途端、全部、溢れ出てきてしまった。先人たちが残した、圧倒的な量の想念たちによって、私の心のどこかのバーが、ぴんと押し上げられて、ダムが決壊してしまった。

なぜかわたしは祈って「しまった」のだ。それは自分の意志ではなかった。裸の私の上に、福島について、祈る気持ちが降って来た。

リクツではないのだ。

祈る。私は別に熱心なキリスト教徒ではない。特定の宗教を信仰したこともないから、祈るという行為は全然身近ではない。信仰に人生を捧げる人々の、祈りの実直さには遠く及ばない。でも、思わず手を組んでうつむいてしまうことにおいて私と彼らは平等だった。聖地と名指される場所は、簡単に、人々の気持ちをこじあける。余計なものを削ぎ落としてしまう。巨大な歴史、人の行いの蓄積。匿名の大きな力が、自分一人ではけして取り払えない外殻を、簡単に取り払う。

自分が実は、日々生活してゆく中でどれだけ福島のことを気にしているか、こんな遠くの場所にきて、やっと気づいた。

この道で多くの人にあったけど、フクシマについて聞いてくる人はほんの少数だった。もっと聞かれると思っていたのに。ヨーロッパの小国出身の人に、「ヨーロッパにいると、フクシマの情報は入ってこないんだよ」と言われた。世界の人々は、もう、フクシマのことを忘れている。私たちも忘れようとしている。

本当は、忘れたくないのだ。

原発事故が起きたとき、私の心に最初に浮かんだのは「ごめんなさい」だった。なぜか私は謝っていた。誰に対して?分からない。けれど、とにかく私の中には、私があやまらなければ、という気持ちが生えてきたのだった。テレビであのもくもくとあがる煙を見た時に。

それは福島の人になのか、日本全国になのか、世界中の人々になのか、それとも壊れてしまった原発に対してなのか分からないけれど、なんでかしらないけれど、東京に住んで、のうのうと電気を使って暮らして来た私が、あやまらなければいけないと思ってしまったのだ。思った所でどうにかなるわけではないけれど、私はとにかく、謝りたかったのだ。「起こってしまった」なにかに。

そのあやまりの先を、正確な先を、見つけぬままに3年が経ってしまった。福島と聞いて一番最初に思い浮かぶのは、そこで日々暮らす友達たちの顔、飯館村の避難所でうなだれていたおじちゃんの顔、志田名で泊めてくれた酒井のおかあさん、それから、楢葉町まであと14kmの道路標識。福島の地形。福島に対する想念は、いろいろな形になってあらわれてくるんだけど、とにかく、「福島」という巨大な概念を前にして、一対一でどうにかできることじゃなくて、巨大なまるっとの相手に対しての返答を考えたときに、わたしができること、したいこと、それはまず間違いなく最初に「祈り」だったのである。今まで、気づかずにいたけれど。

私は一心不乱に祈っていた。お腹の底から神様福島をお守りくださいわたしたちが私たちの友達が平和に暮らせますようにと祈っていた。今まで、寺やら神社やらで、形式にまかせてへらへらと自分のことを祈って来た、あれは祈りなんかじゃなかった。チベットとかでよく五体投地して祈る人、いるけれど、その映像を見ては「そんなんなるほどまで祈りたいことってあんねんか」とか今までぼへっと思っていた。その欠片が、私の中にも、じつはあったんだ。

今日の体験で分かったこと、それは、人って多分、自分のためだけに真剣に祈ることってないんだなってことだ。祈りっていうのは、なんかしらが用意されてあらかじめ約束された形で行われるものではなくて、いきなりはじまるものなんだ。自分以外の大きなものに動かされて、なんでかしらないけれど、いきなり祈ってしまうのだ、人は。そこには形式なんて無用なのだ。なんだかしらないけれど、突然自分以外の何かについて、祝福やら加護やらお願いしたくなる、それが祈りなのだ。想念はどこからともなくやってきて人の意志を流してゆく。他の自分以外の大きな力、人が紡いで来た、巨大な想念の集積を前にして、こざかしい一人一人のの意図なんて、あまりにも無力なのだ、たぶん。

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自分探しは悪なのか?

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20140615-152208.jpg

 

この記事がシェアされて来たので読んだけど、内容とイントロの文言の不一致感と、それから「お前が言うなや」感がすごかった。

 

「自分探し」の奴隷から脱出せよ! クリエイター紀里谷和明、蜷川実花が熱く語る

http://enrique5581.net/post-10501/

 

>「アナと雪の女王の「ありのままの〜〜♪」ではないですが「自分探し」という言葉が流行しています。」

 

っていう書き出しからしてセンスなくて笑っちゃいそうになるんだけど。何年前の話だよって言う。5年くらい前の記事かと思ったら一昨日のだった。


いつも思うけど、たいてい「自分探しなんてしなくていい」っていう有名人に限って、いやお前まだ自分探してるやろって感じがしたり、自分探しさんざんし終わってドヤってる感じがして、いやそれ、し終わった人間が「する必要ない」って言ったからって、それって童貞脱した人間が童貞に向かって「いや童貞のままでいいって。大した問題じゃないって!!」っていうようなもんででもそれ当の童貞からしたら納得するのなんてまず無理で、いやそれお前が言うなやぁ!!!!って本人にとっては大問題なんだってばってな感じが童貞じゃない私にもすごくよくわかるんだけど。
この人は「流行ってる」っていうけど、どっちかっていうともう「自分探し」ってカッコワルイものみたいに思われている気がする。この前もある学生さんに
「世界一周したいけど、周りに『お前、自分探しかよ』って言われていじられたら恥ずかしいし…」って言われてえーーーーっ!!!お前はときめきメモリアルの藤崎詩織かぁ!!!って思わずのけぞってしまった。そんなこと言われんのかよ。どういうこっちゃねん。
で、試しに周りに「自分探しってどういうイメージ?」って聞くと、これがだいたい「インドに行く」とか「海外を一人で放浪する」とか、陳腐なイメージしか出てこないのだ。旅=自分探しかよ。ステレオタイプすぎだろ。


私は自分探しって、旅に出る事でもなんでもなくて、「本人が“こう生きる”と決めるまでの迷走の過程」だと思う。
今の自分は嫌いで、だから変わりたくて、でも、変わり方も、変わった先の理想の自分も、上手く想像できないから、よくわかんないまま宛先不明の手紙をずっと出し続けて返事が来ないからずっと海老ぞりと胎児のポーズを繰り返して、そのままどこにもいけないイメージ。

だから、そういう意味では、丸の内のオフィスビルで働いていたって自分を探している例もあるし、インドを何年、旅していたって、自分探しじゃない例なんて多分にある。

生き方をある程度決めてしまったらあとは楽だ。村上春樹の小説みたいに、たんたんと事を運べばいい。けど、自分探ししている人たちには、それができない。「こう生きる」と決めたい自分と、今の自分の不一致が苦しいから。どう生きたらいいかわからなくて苦しんでいる。

ずっと前にナンパ師の男の子の話をブログに書いたけど、彼のやっていることだって立派な自分探しだ。異性愛に関する、理想と現実の自己像の不一致を埋めたくて、必死にもがいている。

私がシェアハウスに引きこもって暮らしていた時にも、周りには定職に就かずにふらふらしている子がいっぱいいた。彼ら、彼女らはよく「やりたいことが見つからないんだよね」とか「働きたくねーから」みたいなことを言う。でも、そういう悪ぶった、ちょっとふてくされたようなことをいう人たちに限って、本当はもう一段階、深刻な悩みを抱えている。つまり、「どう生きていいのか、わからない」っていう。

そういう、だれもつまづかなそうなところでつまづいてしまった自分に苦しんでいる。誰もつまづかなそうなところだから、誰にも相談できない。本当は社会に適合したいし、自分なんか探さないですんなり生きたい。けれど、誰もつまづかなそうな所でつまづいている自分が、またつまづいたらどうしよう。そういう、「まさかの葛藤」が、彼らを苦しめている。

そういう人に「四の五の言わずに適当なところに就職して働け」と言ったって、無駄である。

言われて聞くようなら彼らは最初からうだうだ自分探ししていない。

聞けないから迷っているのだ。自分探しする人は、頑固なのだ。

 

もうこのさい、不謹慎を覚悟ではっきり言うけど、自分探しをせずに何の疑いもなく大人になれた幸せな人たちを健康体だとすると、自分探しをしてしまう人たちというのは、もう、ビョーキみたいなもんである。
幼少期にアタマ打ってどうにかなっちゃったんだよ。だからしょうがない。そういう人は。周りが「自分探しなんて辞めろ」なんて言うだけ無駄。
そういう人は、もう、諦めて自分探しに邁進するしかない。
「自分探しなんてするな」というマトモな大人の意見なんか、聞いてはいけない。脳のビョーキなんだから、聞こうとするとエラーを起こしてますます迷走の期間が延びるだけ。
自分探しなんて、まじで超超超カッコワルイものなのだ。
みじめだしじめじめしていてもう途方も無くカッコ悪くてやばい。まじやばい。そんなもう超自明のことを、「自分探しかっこわりいww」とかって笑うヤツは、カッコワルイものをカッコワルイとそのまま笑うっていうなんのクリエイティビティも芸もないことをやっているだけだという自覚をしたほうがいいと思う。
自分探ししているやつなんて世間的には基本大メーワクだし、家族にもヨメにも夫にも上司にもあらゆる人から褒められないし、まんがいちそういう人が「自分が見つかった!」なんて喜び勇んではしゃいでも返ってくるのは「あっそう」だけである。
だからこそ、カッコワルイものをカッコワルイままやればいいんじゃんと思う。カッコワルイ事をわざわざ避けても、じぶんがひしゃげるだけだからつまんないと思う。自分を探したくなるカッコワルイ自分を抑えて社会にテキゴーしようとするとカッコワルイ自分が心の中で暴れ回るのを黙殺しないといけなくなるから、反動で年取ってから若者に飲み屋で説教するような「俺すごい」って言わないと気が済まないような、影で若い人に後ろ指さされまくるようなカッコワルイ大人になっちゃうと思う。
もう、自分がカッコワルいことを分かった上で、開き直らずに、淡々ともがけばいいと思う。他人のカッコワルさって他人はあんまり気にしてないから。やれるだけ、社会と自意識の狭間で七転八倒して、Mr.ドリラーみたいに掘りまくって掘り尽きて、自分を延々と微分しまくってああもうなんにも出てこないよなんも見えねぇってなった時に、はじめて、社会に目を向けられるんだから。

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MEMO:机の上には霧の夢

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スクリーンショット 2014-08-18 21.38.13

編集者さんと話す。歳上のベテランの編集者さんとお話しすると勉強になることが多い。

その方に、これまで書いたものの原稿の束の中にぐちゃぐちゃとメモをしまくったものを見られて、

「へえ、こうやって書いているんですか」と言われてちょっとはずかしい。

書く時は、なかなか思考がまっすぐにならずにぶろんぶろんと旋回させながら徐々に中心に近づいてゆく。あるときぴたっと中心が決まる。そうすると書ける。いきなり結論に到達できるものではないから、時間がかかる。

逆に、いきなり結論から書けるときもあって、そういうときは、そこで思考が止まってる。それ以上にならない、最初から完成されたもので終わってしまう。

そういう原稿は、後から見直すと、なんだか偉そうだなぁという感じがする。

以前その編集者さんに「獲得しちゃった『自分』が見える原稿は、この本においては不要かもしれませんね」と言われて、ああ、その通りだなあ!と思う。

獲得しちゃった自分を見ても、自分だって、あまり面白くない。むしろ「きえー!なんだこれは!」ってあとからなる事が多い。

あ、そうか、おっさんの説教がつまらないのは、それが「獲得しちゃった自分」オンリーだからか。そうか、そうか。

今日も友人の耳を描いた。

2回目なので、既に見た事のある形状だけれど、最初に見た瞬間、耳と、耳からひとつづきの皮膚であるところの友人の横顔があまりに美しく見えて、「おお、この目の前にあったものはこんな綺麗なものだったのか!」と、思わず感動して涙がにじんで、鉛筆を落としそうになった。このワークは20分で耳を描き上げないといけないんだけど、最初、感動しすぎてもう描けないんじゃないかと思った。まあ、見続けてたら、その後普通に描けたんだけど……。

もちろん、普通の耳である。

よく見ていると、目がある時に自分を勝手にこれまでたどり着けなかったところまで運んでくれることがある。それはいいことなのかどうかわからないけれど、しばらく待っていると、そういうことがある。最初から「これを描こう」と力むと、うまくいかない。「見える範囲」のものしか描けないで終わってしまう。

人付き合いもそうだと思う。自分の「見える範囲」でしか人間、人と付き合えない。「この人はこういう人だ」と思いながら付き合うと、そこまでの相手にしかならない。しかし、目を開けて、見てみると、実は違ったのだということがよくある。いや、違うもなにも、違っても違わなくてももう何でもいいんだと思いながら、相手を見るようになる。

5月にアート&ブレインのワークショップを受けてから、そういうふうに私はそういうスタンスで人と付き合うようになった。

前は、ごちゃごちゃ批判してくる人がいると、うるせーなー、と思っていたけど、そういうのもけっこう、どうでもよくなってしまった。

「人は見たいようにしか見ない」ということを実感すると、ああ、それはあなたの見え方なのね、と割り切ることができるようになった。

その人の、今の時点での「見え方」で見たい私なのだな、って。

自分はそういう風にならないようにしよー、と思うだけ。

目を開いてよく見ると、自分が知らなかったその人の内面を、教えてくれる事がある。

原稿も一緒なのかな、と思う。「これを書くんだ」と決めてかかると、なんだかその範囲の中で終わってしまって、パノラミックなものにならない。

「急に開けた」感がするのは、いつだって、弛緩して、相手に任せたときだ。サーフィンもそうだ。乗ろう乗ろうと思うと乗れなくて、波に預けて「まあ、任せるよ」って気持ちになったときに、自分にとっての至高の一本に乗れたりする。

自分の原稿を信頼すると、なんだかそういう風にいつのまにか進んで、思いもよらない言葉が自分の中からぽろりと飛び出してくることがある。

平均化訓練をするとそういう感じになる事が多い。今まで使った事のない弱い筋に力が通ると、翌朝、そこがジッパーのように開いて、自分でもあると思わなかった文体、表現、言葉が、そこから真珠の粒のようにぽろぽろとこぼれ落ちてくる。それはどうしたって、自分では導き出せなかった言葉たちだ。

(すんごい余談だけど、平均化をやっている男の人ってなんですぐ「自分が一番平均化の理論を理解している」「自分のほうが○○さんより進んでいる」とか言うんだろう。ばかじゃなかろうか。そんなこと言って、人に教えたがってる暇があったら、いいから黙って自分の平均化を深めろよと言いたい。すごい余談だけど。)

和合さんと言う福島の詩人にインタビューでお会いしたことがある。和合さんは原発が爆発したすぐあとから、避難所生活の中で、まだ余震が続く中で、Twitterに詩を書きはじめた。それまではTwitterなんて暇人がやるものだと思っていたらしいけど、なぜだかそれを書かずにはおれなかったのだという。

彼が最初に書いた一文は「放射能が降っています 静かな夜です」だったそうだ。

「考えるよりもまず先に、動いちゃってるんですよ。ある一線を越えると、真実が真実を連れてくるというか。それは鮮やかさなのか、強度なのか、思いの深さなのかわからないですが、ひとつだけ確かなのは、考えるよりも、涙が浮かんでくること、そこになんか真実があるような気がするんです。」

ある一線を越えるためには、動き続けることだ、と思う。動き続けるためには、見る範囲を刷新し続けることだ。それは、たぶん、人や周りを、なにより自分の持つ、未知なるところまで連れて行ってもらえる可能性を、信頼するということなのだろう。そうするかぎり、人は止まらない、と思う。

本に関しても、最初から「これを書きたい」じゃなくて、勝手に原稿が連れて行ってくれるようなそんな案配で、なにか結論に着地できたら、ぐわわんて開くものになるんじゃないかなあ、と、そう思うのでありますよ。

mimi

 

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4日間徹夜で踊り狂う岐阜の奇祭「郡上おどり」に行ってきた

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gujoodori

えーと、すみません今回はいつものようにコラムじゃないんですけど、

岐阜県郡上八幡で行われる、町を挙げて徹夜で踊り狂うハードコアな祭り「郡上おどり」に行って来ました。

 

郡上おどりとは

 

日本で最も長い期間にわたって開催される祭り「郡上おどり」。

8月13日〜16日の4夜は名物「徹夜おどり」が4日間連続で行われます。「見るおどり」ではなく「踊るおどり」といわれ、10パターンある伝統の踊りを観光客も地元の人もみなが巨大な輪になって朝まで踊り続けます。

 

…と、岐阜に縁もゆかりもない私がよくわからんままに参加してきたのですが、

まーとにかく輪がデカい。

踊っている人だけで数千人?地方の夏祭りなんてレベルじゃありません。

延々と…延々と延々と!!!!!!踊り続けます。

赤ちゃんもおじいちゃんもおばあちゃんもオネェさんもコスプレの人も踊ってる

今まで私は日本のお祭りがそんなに好きじゃなかったんですが、それはえてして「見る」系だから。

見るだけってそんなに面白くないんですよね。ワンパターンだし。

浅草サンバカーニバルにも参加した事があるんですが、練習に数ヶ月かかるし、フラッと遊びに行くような、軽いノリで参加するのは難しい。

しかし、郡上おどりは観光客も地元の人も関係ありません。おどりも10パターンあって、多彩。スロー系からユーロビート系までいろいろあります。

そのぶん、覚えるの最初は大変なんですが、不思議と踊り続けているうちに身体にしみ込んで来て、覚えられるんですねー。

数千人の人が、ピッタリ同じ動きになったときの一体感ったらありません!

 

「徹夜おどり」は郡上地域にいくつかある町で同時に開催されているのですが、中心である郡上八幡町以外の地域の郡上おどりもかなり特色があります。

1日目に行った白鳥の郡上おどりはかなり特徴的。

郡上八幡のおどりが4ビートだとしたら白鳥は16ビート。

ハードすぎる踊りに、ぐるぐる回りながら完全にイッちゃってる顔をした人も見受けられました。

最後は完全にトランス状態。あれですね。脱法ハーブ要らずですね。

 

まー楽しい楽しい!

日本の地方の祭りでこんなにも盛り上がるのかって、新鮮な驚きでしたよ!

2日目は滝のような大雨で、すわ中止かと危ぶまれたんですが、もちろんおかまいなし。全員ずぶ濡れになりながらもめげずに踊る踊る。

私も人生で初めて、街中で水着になって踊りました。

 

とにかく……とにかく楽しいのでみなさんも来年はぜひ行ってみてください!一度行ったらハマる!!!!

というブログで初のなんのひねりもない「行って来たよ」系の記事書いてしまうくらいにはヤミツキになったので来年もまた行きます!!!!

 

郡上八幡 公式ホームページ

http://www.gujohachiman.com/kanko/index.html

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やりまんにならない勇気

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今、3冊の本の原稿を抱えている。秋に出版される予定の絵本も含めると4冊が同時進行だ。
一冊も本を出したことがなく、キャパシティも知識も経験もないのに、3冊の原稿を同時に書いていて、頭の中は渋谷の駅構内みたいにわっちゃわちゃだ。

 

依頼がたくさん来るのはうれしい。チョーうれしい。当たり前だ。4歳のころから、「本を書く人」になるのが私の夢だったのだ。それが叶うんだったら他に何にも要らないと思って生きてきた。文章を書くのが好きだ。正直結婚とかにあんまり興味がわかない。一生文章だけ書ければ、それだけでいいと思う。いつか老婆になって、しわしわのよれよれで汚い4畳間とかに暮らしてても、文章が書けるんだったらそれでいいじゃん、とリアルに思う。

 

でも、今の自分のざまはどうだ。
ふと、私は3冊全部に対して、「やりまんみたいな感じ」になっているのではないか、と思う。

 

ミシマ社の三島さんは「一冊入魂」と言っていた。
一冊一冊を丁寧に、心を込めて作る。他の事業に浮気はしない。
私はその三島さんの姿勢に惹かれて、学生時代にミシマ社でバイトしていたのだ。
まあ、あまりにも事務作業ができなすぎて、数ヶ月でマイルドにクビになったんだけど……。
でも、自分の中で、「本を作る人」の後ろ姿はいつだって三島さんなのだ。

 

去年、付き合っていた男の子のことを思い出す。ケンカ別れになってしまったが、振り返れば、彼の言っていることはいつもだいたい正しかった。
彼には、私にはない自信があった。就活のときも、自分が本当に受けたい数社しかエントリーしていなかった。
焦って周りが何十社もエントリーしているのに、気にしていない様子だった。
「○○君は、あれもこれも、って、手を出さないんだね」と言ったら、
「そう。全部に対してやりまんみたいな感じになったら、結局どっこも受かんないからね」と彼は答えた。
それはこれまで舞台を作ってきた中で、学んだことだからね、と。私はそれを聞いて、 はっ、 とした。

 

そう、あのときは はっ、 としたのに、あの はっ、 は今までどこ行っていたんだろう。

 

就活のときも、私はリクナビでエントリーした50社くらい全部にやりまんになって、結局どこも受からなかった。
自信がないからやりまんになるのだ。一冊とランデヴーするだけの、気概と自信がないからそうなる。

 

心は時々、頭ん中の欲望に振り回されて、本当に大事にしたいものをわすれる。
現実をわすれて、風船みたいにどっかに行っちゃいそうになる事がある。でもそれを、
「私は現実にうまく対処している」と錯覚してしまう事がある。
そうやって達成した事は、自信にならない。自信になるのは、いつだって、心で現実にぶつかっていった時だ。それが頭の中にはねかえってきて、面白いものが書ける、面白い、ものが作れる、気がする。

 

とりあえずは、「やりまんにならない」勇気を持つ事だな。

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言葉と物体

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今日、なんとなく銀座三越に行ったら、懐かしの「遊☆戯☆王」の高橋和希先生と、どこぞの彫刻家さんがコラボレーション展をやっているとのお知らせが貼ってあった。 高校生の時に和希絵にどハマりしてブルーアイズホワイトドラゴンのカードとか持ってた(←ここ笑うとこ)自分(一番好きだったのはもちろん海馬社長。ドン☆)としてはぜひ見なくてはと思い展示会場に走ったのだけど、そこで展示されていた、薬師寺一彦さんの作品が素晴らしく、なぜか、見ていて泣きそうになった。

海や水を象徴した、透明なガラスの作品の中に、石が踊る。すくすくと育つ花や葉のように、鉱石が萌えている。アクリルやガラスが、内側から言葉を発している。

物体が言葉を持つ、ということがあるのだ、と初めて知った。

薬師寺さんは、彫刻を通した、海の言葉、水の言葉の代弁者なのだ。

28歳から独学で彫刻をはじめた、とプロフィールにはあるけれど、薬師寺さんは、きっと海から受け取ったのだと思う。どうしても伝えなければいけない言葉を。それを表現するには、物体じゃなきゃいけなかったのだ。きっと。

昨日の代々木忠さんとのトークイベントでも、「肉体から思わず出た言葉は強い」という話が出た。

形あるものから発せられた言葉は強いのだ。正しいかどうか、間違っているかどうかは関係ない。

頭でっかちな妄想者が紡ぎ出した、リクツの言葉、ひ弱でか細い言葉には太刀打ちできない強さが、肉体や物質から滑り出て来た言葉にはある。

そういう言葉を、私は監督から引き出したかった。

イベントの事前の申し込み者は、6:4の割合で女性が多かった。なので、女性に受ける内容にしようと思っていろいろ準備をしていた。女性にはリクツは通用しない。このイベントではいかにリクツを捨てて、見ている観客のライヴの感情と、監督の生の言葉を引き出せるか、それが勝負だと思っていたので、事前に色々な装置を用意したけど、結局私の引き出したかった状態は、アタマで用意した仕掛けでは達成されず、最後にとある観客の方から発せられた、同じく肉体からの言葉が起爆剤になって、ぱちんとはじけるようにして達成された。私が見せたかったものは見せられた、だけど、違う方法でも、達成できたかもしれない。そこが今回の反省点だ。まぁ、イベント自体はこれからもどんどんやっていくから、色んなやり方を試してゆこうと思う。

それはさておき、昨日の代々木忠さんのイベントをやってみて感じた事と、今日の薬師寺一彦さんの彫刻から感じた事は、奇しくも同じだった。

昨日今日で、本のための文章の書き方が、変わったのを感じた。

これからすることは、肉体から生まれる言葉を探しに行く旅なんだ、と思う。

身体のもっと奥深くから、光の速さではじけ出る言葉を、捕まえる。

やり方は知っている。子どものころに、ずっとやっていたことだから。

http://www.harakara.com/

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「老い」と「恨み」

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20140608-230431.jpg

今、南の島でサーフィンをしている。
28年間生きてきて、今が一番元気だ。

一年前に整体を習い始めてから、私の身体は劇的に変わった。

続いて、サーフィンをすること、また平均化訓練を覚えたことで、私の身体はどんどんたくましく図太く、「イイ」身体になってきている。

同時に、まったく逆説的だけど、身体が元気になればなるほど、自分の中の「老い」を感じるようになってきた。

一番強烈に「老い」を感じたのは、
今年の2月に、元引きこもりでホストの男の子に会った時のことである。
彼は私に、「自分は社会を恨み、女性を恨んでいる」と言った。
そして「自分と同じ、元不登校の私のことも、同族嫌悪だ」と言った。

でも、正直、それを聞いた私には、彼の言っていることが全く分からなかったのである。

恨み?同族嫌悪?

彼のように、社会を恨んだりすることが、私にも過去に、果たしてあっただろうか。

はっきり言って、私の目に映る社会はけっこう、美しい。
他人もだいたいは美しい。
働きはじめてから、さらに美しくなった。
働くという行為は、自分が無力ではないということを証明してくれる。与える相手、与えられる相手が居ること、それだけで、世の中の美しさが身にしみて感じられる。
今は、物を書くという、「これ自分の仕事だ」と胸を張って言える仕事があるから、ますます働くことが楽しい。

恨みと言うのは強烈なエネルギーだ。
私が整体を習った奥谷さんも、「ネガティブな感情というのは、発散しきれていない余剰なエネルギーを吐き出すためのもの。
若くて身体が未発達で、骨の開閉がうまく行ってない時には、ありあまるエネルギーをそうやって外へ発散しようとするんだよ」

と言っていた。
リストカットも食べ吐きも、鬱病も引きこもりもエネルギーだ。自分自身に負のエネルギーをぶつけて、一人で処理しているわけ。

今の私には、そのホストの男の子が持っているような、社会や何かを強烈に恨むエネルギーが、ない。

歳を取ったせいでエネルギーの相対量が減ってしまったことも大きいけど、身体のことをやるうちに、結局「自分は自分である」ということを身に沁みて感じ、自分以外にエネルギーをだんだんと割けなくなって来ているのだ。
世界で何が起こっても、周りが何を言っても、今を生きているのは、他でもない、私のこの身体一つ。

他人は他人。
自分は自分。
同族なんて、いるわけない。

だから、Twitterとかで社会や何かに対する恨みを撒き散らしている人を見ると、「おお、すげぇ」と思ってしまう。
莫大なエネルギーを、持っていてすげぇ、うらやましい、と。

さっき、社会を恨むことがあっただろうか、と自問したけれど。
私にも、もちろん、あった。

中学で不登校だった時。あの時自分は確かに、学校を恨んでいた。
なんで分かってくれないのと言って、周りの大人たちに、ナイフを振り回すようなことをしていた。

でも、大学を卒業したころ、ちょっとした用事があって中学の職員室に足を運んだ時、中3の時に教わっていた、抑圧的で教育的で、一番大嫌いだった国語の先生に、偶然鉢合わせした時、そのとたん、先生がはらはらと大粒の涙をこぼされて、

「お前、生きてたのか!

…お前は感受性が鋭すぎて、
ある時期は本当に脆くて危なかったな。
40年教師やってて、 初めての経験だった。
でも、 生きてて本当に良かった」

と言われた時に、抱えていた積年の恨みは、一気に氷解してしまった。

大人はだいたい、見ている。
しょうもない大人もいるかもしれないけど、若者のことを、だいたい見ている。
見えてなかったのは、自分のほうだ。
そう気づける年齢になった時に、人生の再編集が起きて、「あの時の大人の気持ち」が、分かる時が来る。

そうやって過去に起こった事を、たびたび編集し直す余地が、14歳から28歳までの間にあったから、
今、生きていられるのかもしれない。

そして、忘れる。再編集したとたんに忘れてしまう。
女の人は、この「忘れる」という作用が激しいなと思う。毎月の生理で、過去の一ヶ月間に起こった事を全部洗い流せるから。
生理期間というのはだいたい再編集の期間なのだ。一ヶ月経てば、一ヶ月前に起きたどんな失敗も恨みも怒りも、チャラになってしまう。
男の人は、というか男の子は、生理がないぶん、忘れる機会が少ないから、しんどいだろうなと思う。

忘れるというのは過去の自分の気持ちにシンパシーを感じなくなるということである。
自分の過去である他人に、共感できなくなるということである。
説教臭い大人が生まれるのはこのためだ。
私ももしかしたら、説教臭い大人になるんだろうか。まぁ、それでもいいけど。

「忘れられること」「自分の過去の人生を、編集し直せること」が、老いの特効薬であるとするなら、老いは、悪くない。
今の自分と、過去の地点の自分の間にある余白。
これまでたっぷり有してきた、過去の自分の人生を、編集し直す余地がたくさんあるというのが、「老い」の良さである。

そして、元気に、ポジティブに、悪いことを忘れて、生きてゆく。
あー、ほうれい線やばい、とか言いながら、人生を再編集して、これからも、どんどんしぶとく、老いてゆくのだなぁ、と思う。

「だてに歳食って」、よかったなぁ。

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見ることは生きること―「脳の右側で描け」のワークショップに参加した

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アート・アンド・ブレインの「脳の右側で描け」のワークショップに参加した。

 

参考:「脳の右側で描け」のワークショップで自画像を描いたよ:小鳥ピヨピヨ

見るって魔法だ。
ゆっくり、丁寧にものを見ると、世界は美しくなる。
私は、私になれる。

 

***

 

四月、私は出版社に依頼されたエッセイの原稿がうまく書けずに悩んでいた。

面白い物を書きたいと思えば思うほど迷走し、頭はかんかんに煮詰まっていまにも爆発しそうで、喫茶店の氷の溶けきったグラスをいつまでもちびちび舐めては、ああ私ってなんて没個性なんだろうと、しくしく自分を苛めていた。

そんな時、偶然小鳥ピヨピヨさんのレビューを見て衝撃を受け、「これ絶対に受けた方がいいわ」という勘というかなんというか、よくわからないパッションに突き動かされて、速攻で申し込んだのである。

 

とはいえ絵を習ったことなんて、それこそ中学の美術の授業まで。しかも、成績は10段階中6(赤点ギリギリ)。

WSが始まる前に宿題で描いた自分の顔がこちら。

A&B3

 

ぶっちゃけ、微妙じゃん。

マジでこれがピヨピヨさんのブログの通り上達すんの?嘘でしょ。

 

基本はゆっくりよく見る。ただそれだけ

 

このWSでは5日間、毎日毎日、1日10時間ほどかけて、さまざまなアプローチで絵を描いて行く。

WSの効果を高めるため、私もピヨピヨさんに習い、全ての絵を左手で描く事にした。

さらに、WS中は携帯の電源を極力入れず、インターネットもせず、完全に右脳モードになるよう努めた。

 

ここで習う事の基本は、たった1つ。

ゆっくりよく見ること。

ただ、それだけ。

そのためこのWSでは、「1mm1秒で手元を見ずに描く」という基本のワークを大事にする。

1mm1秒の速度で、対象物の上で目を動かして、見たままを片手で描いてゆく。

 

そんなにゆっくりの速度でものを見るなんて、普段の生活の中ではめったにない。

むしろ、短い時間でどれだけたくさんの情報を得られるか、いつも必死だ。

電車の到着時刻、到着駅の名前のプレート、電光掲示板のニュース、ツイッター、facebookのフィード。

 

ここでは、そうした目の動きはいったんおいて、ただ見る事に集中する。

1mm1秒で、いろんなものを描いてゆく。

葉っぱ、手のシワ、目、鼻、口。

自分の好きなもの。

私は途中までこのワークがすごく苦手だった。ゆっくり描いていると、ものすごくイライラする。

齋藤先生曰く、「途中で発狂して教室を飛び出して行ってしまい、そのまま帰ってこなくなる人もいる」というから恐ろしい。

 

でも、この作業がめちゃくちゃ大事なのだ。

飽きずに淡々と続けていると、不思議とある時、世界と自分の視点がちゃんと交差して、対象の方が、勝手に目と結びついてくれる瞬間が来る。

皮膚のシワの一つ一つ、繊維の一本一本、毛羽立った隆起、細胞の一個一個が、ぐわっと向こうから迫ってきて、どんどんはっきり見えてくる。

勝手に世界の肌理が細かくなって、目がその中に入り込む感じ。目の前の世界の立体感が、いちいちすべて際立って、その面白さにただ没頭しているうち、不思議と手と目の動きが同調して、紙の上に現れてくる。とても気もちがいい。上手く描こうなんて全く思っていないのに、なぜだかちゃんと、見たまんまが絵になっている。

小学校の時のプールの授業で、水の上になーんにも考えずにぷかぷか浮いてるときの、あの感じ。自分の内側と外側が、ふいに一致して、世界の一部になったような気持ち。

ああ、自分は今まで、周りのものを見ているようで、何も見ていなかったのだ。

私の暮らしている世界は、こんなに凸凹して、隆起があって、平面でも垂直でもなく、2次元でも3次元でも4次元でもなく、目との結ばれ方によって、絶えず変化し、移ろうものだったなんて。

 

先生は

「現代人は、物体を見る時に、焦点をついつい、モノの手前に合わせて、ふわーっと全体を捉えるようにモノを見る癖がついているんですね。でも、アフリカのサバンナなんかで暮らしてる人は、遠くの敵が見えないと、命があぶない。だから視力が5.0あったりするんです。本当は、モノの上に焦点をピタっと合わせる事ができると、誰でも良く見る事ができるんですよ」って言ってた。

そういえばめがねのとよふくの先生も、

「イチローは視力0.5だけど、あんなにヒットが打てるのは、飛んでくるボールにぴったり焦点を合わせられる、そういう目の使い方をしているからだよ」と言っていた。

そういう力は、決して先天的な才能とか、限られた人の特殊能力じゃなかったのだ。

見えないのではない。見ていないだけだったんだ。

そしてそれは、自分で見ようとしさえすれば、ちゃんと、誰でも見えるものだったんだ。

 IMG_3372

積み上げた椅子のネガポジを描くワーク

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20分で耳を描くワーク

1日8時間、絵を描き続けて、脳は右側がじんじんとうなってとても痛い、アンド熱い、でとても体力的に持ちこたえられない。

先生曰く「今まで使っていなかった脳を使うため、1日目と2日目は脳と身体が疲労を起こして、帰りに道路で倒れてしまったり、バイクで事故を起こしたりする人がたくさんいて危ないので宿泊を推奨することにした」とのことだけど、本当にそんな感じ。

これは寝なあかんと思い、1日目は疲れ果て、倒れるように寝てしまったのだけど、夜中2時、はっと飛び起き、今まで書こうとしても書けなかったエッセイの原稿が、突然、書けた。超不思議。

先生は「睡眠中に、左脳と右脳の橋渡しが起きて、情報が整理されると飛躍的に能力が伸びる事があるので、だから睡眠が大事なんですねぇ」とおっとりとおっしゃっていたけれど、寝る事にそんな意味があったとは。なるほど寝ずに頑張ることで能力が伸びるとは限らないわけで。もっと寝よ。

***

4日目のフロー状態

 

で、不思議な事に、よーく物を見ていると、なんだか急にスイッチが入って、ものすごい集中に入る瞬間がやってくる。

 

良く、天才的なクリエイターとかスポーツ選手が、「ゾーンに入る」とか「フロー状態」になるって言うじゃん?

私はあれがいまいち信じられなかった。

でもね、それがなんと、1mm1秒でモノを見ていると、自然にやってくるのである。

4日目、目の前に座っている人の横顔の、髪の毛の一本一本を描いている時。

突然、急に時間と空間が、なんていうの、縁日の水飴みたいに、ぐんにゃりふわふわになってそこに包み込まれるような、ドラえもんのタイムマシンみたいな、虹色の光が高速でうねりながら自分の横を流れて行く感じ、その流れがとてもゆっくりと感じられる感じ、しかしてそのスピードは目の前の人のゆったりと耳の脇を流れる毛の流れのスピード(つまり止まっているということ)と一致していて、そんな、目の前の景色と時と自分の目が同期して時間が永遠に伸び縮みするような。で、それが超楽しい、ただおじさんの髪の毛描いてるだけやのに、人生の楽しいランキングベスト5くらいに入るでこれ、このまま永遠に続けばいいのに!!と思いながら、すごいハイテンションでうっとりぐるぐるひたすら描いて、描いて描いて、

LSDをキメたりするとこういう感覚になると聞くけれど、ああそれ自己生成できるんや、映画「恋の門」で、酒井若菜と松田龍平と松尾スズキ演じる漫画家3人が「楽しい~!!!!!」と叫びながら一心不乱にマンガを描くシーンがあって、なにこれうらやましい、こんな気持ちになることなんて私の人生で一体あるのかいなと思いながら見てたけど、それが突然ワーク中にやってきたのである。

村上春樹は20うん時間でノルウェイの森を書いたと言うけれど、あっ意外と、それ、誰でもなれるんじゃん。なれないってことは楽しんでないだけじゃん、っていうか、集中できないことは、楽しくないことなのだな、楽しくできることを、すればいいのだな、という至極単純な結論に落ち着く。

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ワークショップの間中、齋藤先生はにこにこしながら

「まずは、楽しむのが大事です。楽しくないことは伸びません。つらいと思ったら休む。なにやっても自由。とにかく、楽しんでやるために何をするか、を考えてください」

と繰り返し言っていたけど、あ、こういうことかぁ、と。

このワークショップで習う事って、絵だけじゃない。世界とどうやって関わるか、世界との接点をどう持つか。生き方の技法、そのものだ。

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(WS中、深夜に7時間半かけて描いた2枚の模写。左手。)

***

 

ただ、見る、ことの美しさ

 

で、そうこうしているうちに最終日。

最後の課題は「自分の姿を鏡に映して描く」こと。

最終日の課題が自分の姿って、キラーコースらしい、いかにもな課題だ。
だってこれほど「ただ見る」が難しいお題って無いんだもの。
自分の醜い部分はできるだけ見たくない。できるだけ上手く描きたいって欲も出る。
もうまったく楽しくない。齋藤先生に「楽しみましょう」って言われてんのに楽しくない。嘘でしょう、昨日までは楽しかったのに、これじゃ先生に顔向けできないじゃないか、と、半ばパニックになりながら悲壮な気持ちで描いていたけれど、途中、先生に「良く描けてますよ、とりあえず全体を完成させましょう」と言われてから心が落ち着いて、最後の30分でようやくゾーンに入れた。
宿題の自画像アゲイン

A&B3

で、最終日に描いたのがこちら。

A&B1

どうです、この成長っぷり。

いやもう自画自賛しちゃうよ!すごくない?!これ!!!!!しかも、左手だよ!!!!!

それもこれも全ては「ただ見る」を徹底するおかげ。

 

ちゃんと見ることって、世界を知るヒントになるのだなぁと思いながら、WSが終わった日の夜、へとへとになりながらいつもの銭湯に行き、湯船につかっていたら。

ふと顔を上げたその瞬間、目の前のちょっと高い位置にあるシャワーの蛇口のカーブのとこの、人の行き来を映してびかびかともだえまくる銀色、とか、湯船に沸き上がる無数の泡が、天井から降り注ぐ蛍光灯の光のもういちいちすべてを手篭めにするようりやりやとさわいでるとこ、とか、富士山の絵の、何度も固く塗り直されてむっつり黙る青、とか、女の人のお尻の、むりんと弧を描いてせりだしてくる肉の内側のピンク色の血管のもこもこ感、とか。

全部、全部、全部が1ミリ1秒の解像度のまま、球体であるわたしの眼に、全方位からピッチャーの投球速度で飛び込んで来て。

ああ、私が生きている世界は、実は、こんなにも美しかったんだ、

そしてそれはとても幸せなことなんだ、

そう気づいたとたん、涙があふれて、湯船の中でひとり、勝手に泣いてしまった。

 

私は本当はすごく、何かを描いたり、表現したりするのが好きな子どもだったのだ。

けれど、小学校四年の時、マンガを描いて親に見せたら、下品だからこんなもの描くなと言われてものすごくびっくりした。

ああ、私が描きたいものは、描いてはいけないんだな、そう思いそれっきり描くのをやめてしまった。

高校の時、本当はグラフィックの専門学校に行きたかったけど、厳しく反対されて、結局、行きたいのかどうかもよく考えず、興味のない大学に進学してしまった。

 

このワークショップでは、2日目に、子どもの頃に自分がどんな絵を描いていたかを思い出すワークがある。

それをやっている時、不意に、子どもの頃に見ていた世界が、脳の空白地帯に波のように押し寄せて来て、おもわず鉛筆を落としそうになった。

 

三輪車の赤。藤棚の光の緑。木の葉のすすけた茶色。雪道の発光する白。

 

ああ、私はこの綺麗な景色を、ちゃんと、知っていたんだ。

今、かたつむりの速度で見ている世界は、子どもの頃に、見ていた世界だったんだ……。

 

本当は、すごくすごく表現したくて、見たままの世界の綺麗さを表現したくて、でも、なぜか綺麗なものを綺麗なまま表現してはいけないような気がしていて。

勝手に自分をねじりあげて、出口を塞いでいたんだ。

自分で自分の見るものに、蓋をしてきていたんだ。

 

ああ、表現していいんだ、描いてもいいんだ。

今回、絵を描きながら、ずっとその事を思っていた。

好きに生きて良いんだ。

思ったままの事を、口に出してもいいんだ。

本当は文章でなくてもいいのかもしれない。なんでもいいのかもしれない。

 

私はただ、自分の見ている世界の美しさを、もっともっと、表現したい。

 

齋藤先生は、絶対に批判をしない。このワークショップのルールは、絶対に他人の作品の批判をしないことだ。

「日本の美術教育は、批判や批評をするでしょう。

批判を参加だと思っている人は多い。でも、批判されても、人は伸びません。

人の能力を伸ばすというのは、水が必要なら水をやって、日が射せば影を作り、必要に応じて葉をとってやる、そういうものです」

 

批判なんか加えないで、立ち上がってきた世界を、ただ、ただ、見たままに、美しいものは美しいままに、捉えればよかったんだ。

 

自分の力で、きちんと目を開けば、ちゃんと、私の形が見える。

私は私になれる。

 

何かを表現したくて、でもできなくて、病んでいる人はぜったい行くべきだ。

左脳で考えていたことを、右脳で捉えると、全く違った風に捉えられる。

生き方のくせ、考え方のくせ、そういったものを見つめて、でもそれはそのまんまでいいんだ、っていう、視点の書き直しができる。

そういう意味で、このワークショップは、右脳を使って自分をみつめる、自分で自分をカウンセリングできるようになるプロセスなんだなと思う。

 

(あとオタクの人も行くべきだ。自分の好きな対象がもっとかっこよく、もっと綺麗に見えるから。

好きな人やモノを、じっと見つめるっていいな、って思える。)

 

こうやって、いろんな人に出会って、少しずつ自分で自分の蓋を少しずつずらしていって、28年目で、本当にやりたかったことが、ようやくできるようになってきた、という感じがする。

そうであれば、老いるって悪くない。

老いるって成長だ。伸びるってことだ。自分のやり方で、好きな方向に、ぞんぶんに伸びれるようになるってことだ。

このワークショップに自腹で参加して、良さに気づけるぐらい、老いてよかったなぁ、成熟してよかったなぁ。

 

子どもの頃に落とした、かたっぽの靴を、今、拾い上げに行ったような気持ち。

 

これからしばらく、下手でもなんでもいいから、毎日絵を描いてゆきたい。

見える世界の美しさを、ただ、ただ、たのしみたい。

ゆっくりと、かたつむりの速度で。

IMG_3327

(エッシャーさん。)
※次の5デイのワークショップは、8月にあるそうです。
詳しくはこちらをどうぞ

 

 

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セックスとコミュ力―映画「愛の渦」感想

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「愛の渦」を見た。

 

ポツドールの三浦さんが作った舞台の映画化ということで半年前から楽しみにしていて、やっと見た。

 

最初に言うべきことは、この映画は、セックスしたい人と見に行くべきだ、と言う事。

 

友達同士だと、社会性のカラをやぶれないまま、感想戦に突入してしまう恐れがある。

 

映画が終わった直後、明るくなった映画館の中で、サブカル女子っぽい女の子の2人連れがすぐさま大声で

「ってゆーか!超お腹すいたんですけどー!!」

「ほんとーてか映画館乾燥しすぎて喉やばい」

などと話しながら座席を立つのを見てそう思った。

 

不思議だ。映画館という匿名性の高い、それでいて親密な空間の中でさえも、

映画が終われば、すぐに人は、社会性の膜をかぶってしまう。

 

セックスと同じだ。

かなしいことに、人間はイってから1秒も経てば、早々に社会を取り戻してしまう生き物だ。

身体を覆う社会性の皮膜は、どんなに汗をかいたって、決して一緒に落ちてはくれない。ボディーソープでどんなに洗っても、洗い落とせない。

 

自分もまた同じだ、と映画館を出たあとに思った。

 

 

「コミュ力」ってなんだろう。

 

登場人物たちの中で、社会性を比較的、発揮していた人々には、最初から最後まで、「何も」起こらなかった。

 

あるのはただのセックスだった。

 

 

コミュ力がセックスを無効化したとも言えるかもしれない。

 

 

 

(彼らは、比較的社会性を発揮して、とりあえずセックスすることにはこぎつけるものの、でも、一番最初にセックスした相手は、本当に一番セックスしたい相手ではなくて、とりあえずの二番手だった。)

 

そんなもんから、遠く遠くに逃げようとしている人たちには、ディスコミュニケーションと言う名のコミュニケーションが起きた。

 

どっちがいいかは、分からない。社会性から遠い人たちが最終的には得をした映画かと言うとそうでないかもしれないし、

誰も何も変わってないと捉える事もできるかもしれない。

 

 

以前「ホムンクルス」の作者の山本英夫さんに連れて行ってもらって、数人でハプニングバーに行ったことがある。

そこにはたあっくさんの裸体に近い客がいて、みな、エロに興味があるような「ふるまい」をするのだけれど、本当に扇情的な人はごく一部だった。まるで、扇情的なふるまいによって社会的なアイデンティティを獲得しようとしているように思えた。

そんな人たちが、壁にスズメみたいに連なり、だっれも誰にも声をかけることなく、ただ時間が過ぎて行く。

最終的に、友達カップルのセックスをみんなで眺める形になったんだけど、女の子のほうの喘ぎ声もなんだか社会的で、その場が本気で楽しめない、ちょっと高いディズニーランドみたいな感じで、なんだか物悲しい感じがした。

単に、そこに乗り切れない自分の問題かもしれないけれど。

 

刺激は刺激でしかなくて、尖った針の先にある酩酊は、すぐに、ぽろりとくずれて落ちてしまう。

 

 

セックスって聖地だ。

 

たどり着いたら、何かがあるように思う。でも本当は何も無い。そこが聖地であるのは、個人がそこに、内的な意味づけをした時だけだ。

 

社会性のフェンスに囲まれた空の聖地の周りを、私たちは今日もぐるぐる回っている。

 

 

愛が無いのに「愛の渦」。

 

 

女優さんが途中で「ここ、スケベな人しかいない場所なんでしょ?」ってカメラに向かって言うシーン、

映画館の観客全員に向けて、

私に向けて、言われたみたいでどきっとした。

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母、子、ら、せん、

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写真 (2)

 

ふいに人生の隙間にゆるゆると、涙が伝う時があり、

その時に胸の内に起きていることと現実のあわいに起きていることの差に次にわらってしまうのだけど、

過去のもやもやが、人生のある一点において結実して「あああれはそういうことだったんだ」と。そう思えることがふいに、飛び石のように人生に現れることがあり、思ったからってどうなるというわけではないのだけれど、でも少しは心が晴れるような気がして、

私の人生の気鬱はほぼ家族に関することなので仕事のあいまに時折考えたりもするのだけど、

けして考えたいことではないのだけれどもそうするとずんずんと行き止まりの井戸の底を掘り出しているような気になりわぁわぁとスコップを投げて逃げ出したくなることが常なのだけど、

それでも時折自分の人生の中に、たまにぱっくりと時空が割れることがあって、その時わたしは母なのだ。や、妄想ではあるけれど、ときおり、母の生きてきた時間が、ひとすじの波頭のように後ろからおいかけてきて、わたしのいま、生きている時間に一瞬かさなるときがあり、その時わたしは母の人生を生きている。ああ母はあの時こう考えてたのかもしれないとか、母は本当はこうだったのだ、とか、

ただのやわらかい辻褄合わせなのかもしれないけれど、さびしかったんだよね、ね、母さん。と追体験的に相手のことがわかったようになる、

これも「相手を理解した」って呼べるのかしら、ね、母さん。

愛してるはいつも勝手なすれ違いで、その思い込みが相手を傷つけてるかもしれず、

でも思い込みを思い込みと気づかないほど打ちのめされて自分に閉じ込められてしまうこともあるはずで、その結実が私だったとしてもそれはたぶん許すべきことなんだろう、むしろ彼女にとってそれがそうであるならもう許してあげようと思わなくもないけれど、このよくわからない悲しさはなんなんだ、
愛してたから産んだのといい後悔なんてしてないと熱の篭った目でいうのだけれど相変わらずその焦点はあってない。あってないので母の中にはもう入れない。どこまでもはじき出されてもう永遠に交わらない。
人間何かが重なってそうなってしまうということはあるわけで、自分に閉じこもってしまう日はきっとあるのだ。あるのだから仕方が無いと、親といういつまでも交わらない世界を、理解という名の諦め顔で、そっと内包する、そうしないと人の親というものは生きてはゆけぬ、生き直しの幽霊を子が背負わないと、人の親、というものは、ただ知らぬ顔では生きてはゆけないのだ、そう決めつけてまた自分を慰めて、だって慰めずしては生きてはおれなくて。

さみしいふたりの大人が作ったさみしい結実だとは知りつつ、そんな自分を誇りに思ったりもし、

ただ現実はそれ以上にさみしくて、

そのさみしさをべたべたと愚かな期待を手垢に混ぜて触るのだけどけっしてその中には入れない。母の中には戻れない。

けれども母の人生のらせんを、ゆる、と巻かれたそのらせんを、子は一緒におり直すことができる。どちらかが足を踏み外して、どっか行っちまうその時まで、ゆっくりとゆっくりと、彼女の外側を、歩くことはできる。

ただゆっくりとゆっくりと、回遊魚のように、近づけない珊瑚の枝を見つめながら、前を見れずに不器用に、ただ、ゆっくりと回るのだ。その価値を、とおき日に、この世に生を受けた日に、やっぱり知ってしまったから、

ただ、ただ、ゆっくりと、

ね、母さん。

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