冬の薔薇より豚バラ


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エッセイが出た。
タイトルに「就活」と入っているので、就活関係の取材がやたら多い。
その中でも最も聞かれて困るのが、
「今の就活がどれだけ苦しくて、学生を圧迫するのもので、理不尽で制度として破綻しているか」を自らの経験として語らせようとする質問だ。
私の本は、2009年当時、就活がピークとなる4月1日、最終面接の五分前に、リクルートの丸の内サウスタワーのビルへと続くエスカレーターに乗る目前で、パニック障害を起こして転倒してエスカレーターに乗れなくなるところから始まるので、そういう質問が来るのは仕方ないかもしれない。
けれど、私は別に「就活」がなくなってほしいとは思わない。
むしろ、その仕組みの中で内定を勝ち取れるのはすばらしいことだと思う。
中川さんの「内定童貞」に書かれているように、面接の中で自分の武器を、めいっぱい発揮できる人もいるだろうし、楽しく就活を終えられる人もいるだろう。
そういう人にとっては、この上なくいい仕組みだと思うし、もし今自分が大学3年生に戻って、就活をもう一度するとしたら、たぶん、ふたたび就活の仕組みに乗るだろうし、そして内定も取れるだろう。(たぶんね)
でも、やっぱりどうしたって世の中には載れる仕組みと載れない仕組みがあって、もしも自分がその仕組みに載れなかった場合、「載れない」ということを理由に命までおとしてしまう人がいることは、聞いていてやはり、どこかおかしい、やるせない、と思ってしまう。
これは、就活にかぎらず、世の中のすべての仕組みに言えることだと思うけど、その仕組みがどんなに素晴らしい仕組みであろうと、あまりにも「載せる圧力」が強すぎると、それだけで、いろいろなものが潰れていってしまう。その潰れてしまったものの中に、小さくてもきらきらした、あまりにも良いものが、あったとしても。
私の絵の先生は、よく
「人の能力を伸ばすには、『冬のバラ』方式では限界があるんです。」と言っている。
冬のバラは、春に美しいバラを咲かせるために冬にわざと枝葉を削ぐ。厳しい環境においてそれでも新しい芽を出したバラは、より強く、美しい花を咲かせるのだ。
けれど、
「それだけじゃだめなんです。その方式で育てられた人には限界が来ます。人間は命ですから。
人を伸ばすということは、水をやり、枯れた葉は取ってやり、日が強ければ日陰をつくり、支えて、伸びたい方向に枝葉を伸ばせるように支えて、やっとその人の花が咲くんです。人を伸ばすというのはそういうことです。
自分の才能を開花させられる天才というのは、自分に自分でそうしてあげられる人のことなんです」
私はその話を聞いてから、ずいぶんとラクになった。

これを読んでいる、就活生のあなた。いや、就活生に限らないかな。

就活のすべてが悪いとはまったく思わないけれど、就活の仕組みが、あまりにもあなたの枝葉の形にそぐわず、あまりにもがちがちに縛ってしまって、もう二度と、伸びることすらもかなわないほどに命を削ぐような気がしてならないのなら、そこから少しの間でも、逃げていいのではないか、と思う。
もし、その仕組みがあなたにとって本当に必要であれば、たぶん少しの間を置いて、その場に戻ってくるだろうし、
その間に、自分で自分の枝葉を伸ばす方法を、誰かと一緒に、あるいはひとりで、考える時間をもっても、いいのではないか、と思う。
あかるいひざしを浴びて、ひなたぼっこでもしながら、さ。


蛸とシャンデリア


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私が銀座の高級クラブでバイトをしていた時、Kさんというお客さんがいた。
Kさんは、ものっすごく、顔が怖い。スキンヘッドに、剃り上がった眉毛をいつもしかめている。道で会ったら、飛び退くレベルだ。
そんなヤクザみたいな見た目だけど、うちの店に来れるくらいだから、たぶん、堅気だ。
70歳のママが仕切るうちの店は、銀座で40年の老舗だった。そのためか、“お姉さん”もお客さんも年季の入ったツワモノばかり。60代はざらで、80代、90代の引退した政治家や経済界のトップもごろごろいた。二十歳になったばかりの私にとって、もくもくの煙草のけむりと、シャンデリアのぎらぎらの光に包まれたそこは、得体のしれない妖怪たちの巣食う城で、日々冷や汗を流しながら格闘していた。

Kさんはそのうちの一人、65歳のお客さんだった。

Kさんのセクハラは豪快だ。
初めて会った日、まだ店に慣れない私が隣に座ろうとすると、いきなり無言でぐわしっとお尻をひっつかんできた。
私はそのとき、まだまともに男性とお付き合いしたこともないおぼこ娘だったから、ぎゃーっと叫んで飛び退いた。
Kさんは「へっへっへ」と笑うと、
「男にケツさわられてビビるようじゃ、銀座じゃとてもやってけねぇな」と、予め私の敗北を見透かしたような事を言うのだった。
「セクハラのコツはよ!女が席について、会話が始まらないうちに、いきなり手えつっこんでおっぱい揉むんだよ!そうすれば怒られねぇんだよ」と、つるつるの頭を真っ赤にして、ニヤニヤしながら言う。
「女の子はヌーブラしてるじゃん。どうするの?」と聞くと 
「ヌーブラの中に、指を入れるんだよ」と言う。
そんな、サイテーのヤツである。
しかしKさんは、見た目と上辺の言動に反して女の子たちには優しく、私がライターの火の長さを見誤ってうっかりKさんの鼻を燃やしそうになったときも、全く怒らず、へらへら笑っていた。
Kさんは何の仕事をしているのか分からないが、うなるほどお金を持っていて、いつも一人で深い時間にふらりと現れた。その横には、この店で3番目にキャリアの長い、50代の“お姉さん”のナツヨさんが、丸太のような身体をソファにみっしりと詰め込んで座っていた。
高そうな着物で簀巻きにされたナツヨさんの胴体は、鬆がなく、むっつりと肉に満ちていて、女の私でも触りたくなるような、ふかふかとした肌をしている。透き通るような白い顔に、真っ赤な唇がちょんと乗っている。
プライドの高いベティー・ブープと、歳を喰ったポパイ。
この2人は20年来の付き合いなのだと、私は白髪頭のママに聞いた。
その時の私は、結婚もしていない男女が20年もどういうわけで連れ添えるのか(しかも、店の女と客という関係で)まったく想像しがたくて、とかく、この世に起こる事は不思議だらけだな、と、目の前で繰り広げられる、時に甘やかで、時に意地汚い男と女の世界を外側からぼーっと眺めつつ、自分はそこに混ざれなくて、必死に水割りを作り続けていた。

そのKさんがいつも出前で頼むのが、銀座「たこ八」のおでんだった。
「たこ八」は夜の店で人気の出前店である。明石焼き風たこ焼きとおでんを、客席まで届けてくれる。泰明小学校の近くに店舗があり、ちょいと飲むのには最適の店だ。
本来はたこ焼きの店だが、Kさんが寒い日に頼むのは、いつだっておでんだった。
ギラギラのシャンデリアの下に、あたたかそうな風呂敷包みが届く。
なよやかなちりめん友仙の風呂敷をほどくと、漆塗りの重箱の中に、ほかほかのおでんの具が、ぎっしり詰まっている。
つやっとした黄金色の汁が、シャンデリアの光をうけてきらきらと震える。その中に、真っ白な湯気を衣装のようにまとって並ぶ、ぷるぷるの具材たち。
Kさんは、テーブルについた女の子にも必ず「食べろ」と言ってくれた。遠慮する私に、ナツヨさんは「いいから」と、いつもの通りの無愛想さで割り箸をよこす。
ふわっふわのはんぺんに歯を立てると、じわあと汁があふれだす。
だしが喉をすべりおちる。こっくりとした鰹ぶしのうまみが、食道に染み込む。
肌理のこまかなちくわぶは、やわらかくて繊細だ。
これまでの人生で食べたことのないくらい、なめらかで味のしみわたった捻りこんにゃく。
厚揚げ豆腐のぷつぷつと粟立つ肌は、適度な弾力で歯を喜ばせる。
Kさんはそれをナツヨさんに「あーん」してもらう。
Kさんはこの時だけ、子供のような顔になる。
たこ八のおでんにはタコ串が入っている。「タコタコ、タコ頭」と言いながらKさんはそれをほおばる。湯気のせいで、Kさんのスキンヘッドは真っ赤に火照っててらてらと光る。共食いですねと言うとKさんはタコをほおばったまま、拳で肩をパンチしてきた。
銀座のお店で出前を取る客は多い。けど、私は高級官僚のお客さんがお祝いで取る豪華な寿司よりも、Kさんの頼む素朴なおでんのほうが、ずっとずっと楽しみだった。
店に勤めて3年が経った頃。
Kさんがガンになった。
半年ぶりに店に来たKさんはひどくやせこけ、髭は真っ白になっていた。
Kさんはそれでも、病気のことなどおくびにも出さず、いつものようにへらず口を叩きながら、ウイスキーグラスを傾ける。ナツヨさんはその横で、まるで何事もないかのように座っている。
いつも通り、たこ八のおでんが運ばれて来た。
「これ喰わなきゃよ、この店に来た気がしねぇよな」とKさんは笑う。「うちはおでん屋じゃないわよ」とナツヨさんは言う。
Kさんが急にいててて、と言って、身体をねじった。腰のあたりをおさえている。ガンが進行して、薬の副作用が出ているんだろうか。
激痛がKさんの身体を蝕んでゆくのが、目に見えて分かった。
顔をゆがめたKさんの頭は真っ赤だ。けれど、Kさんは何事もないかのように、おでん喰わせろ、と言う。
ナツヨさんは、心配するそぶりも見せず、おでんのちくわを一口大に箸で割いて、ふー、ふー、と息を吹きかけ、Kさんの口元に運ぶ。
店のヘルプの、ちょっとだけアタマのたりないAちゃんが「ガン〜!ガンなのにお店に来るなんてすごいですう、私、もし自分がガンになったらたぶんショックで寝たきりになっちゃう」と、場をぶちこわすようなことを言ったけれど、ナツヨさんはAちゃんを、いつもヘルプが粗相をした時にするみたいにぎろっと睨むわけでもなく、黙ってKさんの口元におでんを運び、背中をさすり続けている。

Kさんの顔がよりいっそう険しくなった。
脂汗をながして、ぎゅっと目をつぶる。目尻の皺がいちだんと深くなる。
Aちゃんが、抜きすぎて砂漠の林みたいになった眉根を寄せて「だいじょうぶですかぁ〜?」と言う。
Kさんはそれを無視して、もくもくとナツヨさんが口元に運ぶおでんを食べる。
きっと、Kさんは自分の“痛み”よりも、“痛くてもここに通ってる”ことに注目してほしいのだ。

Kさんのふしくれだった手は、それでもお金持ちのおじいさん特有の、ほかほかとしたピンク色で、桜のでんぶを思わせるような赤い斑が、ところどころに浮き出ている。
私は、なんて声をかけてよいのかわからなくて、Kさんの手をそっとにぎった。
お客さんの手を自分から握るのは、それがはじめてだった。
Kさんは顔をゆがめたまま「おおきに」と言った。
Kさんの大阪弁を聞いたのは、それが最初で最後だった。

今も私は寒い冬には、たこ八ののれんをくぐる。
デートには向かない店だ。なんでこんな店知ってるの、と言われたらなんと答えたらいいかわからないし、男女の会話も似合わない。だから一人で来て、ちょっと飲んで帰る。本来はたこ焼きの店だから、一年中通えるんだけど、ここに来たくなるのは、いつだって冬の日だ。
おでんの湯気が、赤い壁を撫でるように揺れている。
その湯気の向こうに、私はKさんの禿げ頭を探す。

===
たこ八 数寄屋通り店 (たこはち)
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13007812/
東京都中央区銀座7-2-12
平日:18時~2時 土曜:18時~23時
夜10時以降入店可、夜12時以降入店可
JR新橋駅3分 JR有楽町駅6分 地下鉄銀座駅5分
#同時日記 #おでん 


4月9日(木)田房永子×小野美由紀トークイベント「女が病まずに生きるには?」@吉祥寺PARCOブックセンター


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9日(木)漫画家、エッセイストの田房永子さんと、新刊出版記念にトークイベント・サイン会を行います。

田房さんは、非常に聡明な方で、男性中心主義社会の矛盾や、それによってもたらされる女のジレンマについて、とてもわかりやすく、仕組みを描き出すことのできる作家さんです。

今回は、その田房さんがずっと追い続けているテーマと、傷口から人生に通底するテーマである「女が成年してからどうやって自己肯定感を得るか(病まないで生きられるか)についてお話ししたいと思います。女のと銘打っていますが、田房さんの新刊が男社会について書かれたものなので、男の生きづらさについても触れるかと思います。
個人的には田房さんの執筆活動のスタイルというか、どうやってあの個性的な作品群を生み出しているかに興味があるので、それについてもお聞きしたく思っています。
トーク後にサイン会も行います(人生初!)ので、すでに著書をお持ちの方はご持参いただければサインも可能です。

本屋さんでのイベントは初で、気持ちは春と相まりすでに飛び気味。どうぞよろしくお願いします。

 

日時:4月9日(木) 19時~
会場:パルコブックセンター吉祥寺店特設会場

【参加方法】

パルコブックセンター吉祥寺店にて、『男しか行けない場所に女が行ってきました』(1,200円+税 イースト・プレス 2月1日発売)もしくは『傷口から人生。』(580円+税 幻冬舎 2月10日発売)をお買い求めいただいたお客様に整理券を配布いたします。レジにて参加希望の旨お伝え下さい。

※ お電話でのご予約も承ります。(0422-21-8122 午前10時~午後9時)

※ 予定数に達し次第整理券の配布は終了いたします。

詳細はこちらをご覧下さい。


誰かを恨んだり、不幸を人のせいにしないために、好きなように生きたほうがいい。―「傷口から人生。」発売によせて


 

表紙

2月10日に、拙著「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった (幻冬舎文庫、626円)」が発売した。

 

この本を通して私が書きたかったのは、

「他人や社会を恨まないためにも、自分の好きに生きたほうがいいよ」という事だ。

 

インターネットを覗けば、恨みと怒りが溢れている。

ヘイトスピーチ、社会的な不平等、性差、育児問題、恋愛、社会への不満。

「外国人が、男が、女が、夫が、妻が、会社が、上司が、日本の社会の仕組みが、恋愛のあり方が」、“私たちに、不幸を運んでいる”。

誰かのせいにして、批判する意見ばっかりだ。

 

まったくもってくだらないと思う。くだらないけれど、同時に、そうなってしまう仕組みもとてもよく分かる。

 

みな、恨みたくないけど恨んでしまう何か、あるいは恨みたいけど恨みきれない何か、に対して怒っている。

その怒りが、社会や他人への不満として噴出している。

 

また、私はブログで家族問題や対人関係、恋愛について多く書いているせいか、よく読者から悩み相談のメールが来る。

「就活に失敗して苦しいです」

「母が私のことを分かってくれません」

「コミュニケーションが苦手で友達ができません」etc。

私はそういうメールに対して、よほどのことがない限りは返事をしない。他人の悩みに関わり続けるのは、とても難しいからだ。

 

その代わり、そういうメールをくれる人に対して、

「あなたがもし、自分のことを「イケてない」と感じているならば、それは他人や社会を恨んでいるからだ」という事を突きつけたくて、この本を書いた。

 

この話は、「軟弱で、不幸を社会や他人のせいにしていた女の子が、母親を殴り殺して、自立する話」だ。

 

私は長い間、母親を恨んでいた。

母親だけではない。今から振り返ってみれば、就活しかり、仕事しかり、恋愛しかり、その都度、社会や他人も恨んでいた。

そのせいで、だいぶ遠回りしてしまった。

今となっては、それは自分のせいだと分かるけど、その恨みの渦中に居る間は、自分を受け入れてくれない社会や母親を恨んでいた。

恨んで、そして、逃げていた。

本当は、「自分がしたいようにしていない」だけなのに。

 

ずっと前に、毒母問題のシンポジウムを見学しに行った時に、壇上でパネリストの人が、母親から受けた被害やトラウマについて延々と訴えたり、怒りを吐露したりしていた。

その時、パネリストの一人に、有名なカウンセラーの女の人がいて、その人は、会場にいる誰よりも怖い顔で「母親なんか許さなくていいんですよ!」と叫んでいた。

私は、その怖い顔を間近に見ながら、「この人のほうがカウンセリングが必要なんじゃないか」とぼんやり思った。

この会に来ている人たちは、他人の、母親に対する恨みや怒りを聞いて、スカっとするかもしれない。でもそれは、リストカットがスカっとするのと同じで(なぜリスカがスカっとするかについては、拙著の中の「私はいかにして、自傷をやめたのか」という章に書いてある)

根本的な解決にはならないんじゃないかなとは思った。

 

また、よく「他人を許さないと幸せになれないよ」と言う人もいる。

それは圧倒的に正しいとは思うけど、でもそういうことを言う人はたいがい説明不足だ。

「なぜ他人を許さないと」「幸せになれないのか」のロジックについて、恨んでいる最中の人が納得できるように説明している人を、私は今までに見た事が無い。

私もうまく説明できない。だから、代わりにこの本を書いた。

「他人を許さないと幸せになれないよ」とか「親を愛さないと自分も愛せないよ」とか言うことは、「親なんて許さなくていいんですよ!!」と激怒することと、正反対に見えて全く一緒だと思う。

人が、誰かを許したり、恨みを止める過程、そこにたどり着くまでのプロセスというのは千差万別だから(それは佐々木俊尚さんの「愛の履歴書」のインタビューをしてみて思ったことだ)

何が正しいかは私にも分からない。「こうしたらいいですよ」と言うのは言えない。

ただ、この「許さなくていいんですよ!」という怒りと「許さないと幸せになれない」という振り幅の、その間にある繊細な葛藤を書きたいと思った。

 

恨むんだったらとことん恨み尽くしてもいいと思う(それは、たいてい、やる前には思いもしなかった結果をもたらすものだけど)。

ただ、誰かを恨んでしまうことに苦しさを感じたり、恨みたくないのに恨んでしまうのを、もう辞めたいと思うなら、人生の中の、「誰かのせいで好きに生きれないなあ、しんどいなあ」という部分を解決しようとフォーカスするのではなく、「自分の好きに生きる」領域を、少しずつ、押し広げてゆくことが有効なんじゃないかと思う。

“どうにもならない今の時点”の中で、「自分の好きな事、快適にいられること」を押し広げてゆく。本当に、1ミリ1ミリでいいから。

そうしているうちに、思いも知らなかったやり方で、いつか、恨みから脱却していると思う。

 

(蛇足だけれど、「自分の好きな事、快適にいられること」を押し広げるためには、そのことについて、自分で言語化することがけっこう重要だな、と思う。そのために、文章を書いたり、カウンセリングを受けたり、あるいは誰かと話したりすることは、役に立つのかなと思う。)

 

これだけたくさんの人間がいる世の中だから、いつだってままならない事はいっぱいあるし、社会のひずみというのはどうしたって生まれてしまうものだけど、でも、「自分が心地よく、快くいられる方法」を探す事は、誰にだって許された権利だし、今は辛くて、ああ、もうだめだ。自分なんかにはそんな権利がない、と思ってしょげている人にも、それを求める力は、身体の奥深くで眠っているものだと思う。

だから、今、何かが上手くいかなくて、苦しかったりもやもやしたり、自責感に苛まれている人は、安心してほしい。

無理に、元気を出す必要もない。

もやもやした人生を、ただ、快なるままに過ごすだけでいいと思う。誰にどう思われるか、他人に迷惑をかけていないか、社会的にどうかなど気にせずに、ただ、すこしずつ、一個一個の不快のスイッチを、快に切り替える作業に淡々と励めばいいと思う。

そうしているうちに、人生が自分をどこかに運んでくれる、ということがある。

悩みのメールをくれる人に対しては、私は返事はしないけど、ただ、それぞれが、自分の快なる道を歩んでほしいと、そう強く願う。

 

 


満席に付き〆め切りました:【「傷口から人生。」出版記念トークイベント】魁!メンヘラ塾!!~死にたくならずに生きるには?!2月11日(祝)


※満席になりましたので、〆切りました。

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どーして死にたくなっちゃうの~?
こんなに健康なっのっに~?
ト ラ ウ マのー、せいなのね、そうなのね?
(辛いぜ、マジ!)
ウィッス!!!!

……わしがメンヘラ塾塾長であるッッッ!!!!!!

2月10日に初のエッセイ集である「傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった (幻冬舎文庫)」を発売する文筆家の小野美由紀と、「愛の授業」などで宮台真司らと対談し話題となった、元ナンパ師で心理カウンセラーの高石宏輔がメンヘラについて徹底討論!!

メンヘラとは:元々は精神疾患や人格障害など、メンタルヘルスに問題を抱える人を指すネットスラングだが、最近では「私昨日まじメンヘラだった」「元カノから朝起きたらLINE50通来てたんだけどメンヘラなのかな?」などと言うように、悩んでいる人、執着ゆえに何かに振り回されている人々の事を広義に指す。

 

対人関係、家族関係、恋愛……。

なぜ私たちは悩むのか!?

なぜ、朗らかに生きられる時間は短いのか?

できるだけくよくよせずに生きるには、一体どうしたらいいの?

自傷、不登校、毒母、パニック障害、セックス依存症、うつ、摂食障害……etc、
元メンタル問題の総合商社の2人が語る、落ち込みがちな人がこの世で生き延びるための戦略とは何か?!?!?!

今回、質問の時間を多めに取り、皆様から寄せられた疑問に二人が答えます。

・仕事につまずいている
・コミュ障が治らない
・なんでかいつも恋愛が上手く行かない
・飲み会がイヤでイヤで仕方が無い
・毒親、毒家族がマジで重い
………etc、対人関係、家族、仕事の悩みに、劇薬的に効く2時間!

 

ふるってご参加ください!

当日会場では、「傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった (幻冬舎文庫)」の販売も行います。

通常626円のところ、600円で販売いたします。消費税分安くなりますので、ご来場になられる方は、Amazon等で買われるよりも少しだけお得です。

(登壇者)

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小野美由紀
1985年生まれ。慶應義塾大学仏文科卒。ライター。エッセイスト。
コミュニケーションや家族、対人関係を取り扱うブログが人気。
2月10日、自身が経験した家族問題、仕事、対人関係の悩みについてを描いた「傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった (幻冬舎文庫)」を発売する。
他の著書に「ひかりのりゅう」(絵本塾出版)など。
http://onomiyuki.com/

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高石宏輔
1980年生まれ。慶應義塾大学仏文科中退。カウンセラー。催眠療法師。
自身のナンパ経験を元に「ラポールと身体知」など、多数のワークショップを開催。セッションに身体的なアプローチを得意とする。
2012年には、新宿ロフトプラスワンで行われたトークイベント「宮台真司の愛の授業」で、ナンパや性愛について対談し話題に。
http://takaishi-hirosuke.com/

<日時>

2月11日(祝) 18:30開場 19:00開演(終演21:00)

<値段>
1000円

<定員>
40名(先着順:定員を超えてからお申し込みの方は、お立ち見となる可能性がございます。予めご了承ください)

会場:CreativeHub131 5階イベントスペース 「NICAペントハウス (Nihonbashi Institute of contemporary arts)」

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〒103-0011東京都中央区日本橋大伝馬町13-1 地下1階

※1階が「RENSA日本橋」というカフェです。カフェの裏手に周り、エレベータで4階までお越し下さい。その後、階段にて5階までお上がりください。

詳しいアクセス方法はメールにてご案内します。http://publicus.jp/sp/

営団日比谷線小伝馬町駅から徒歩3分 JP総武線快速馬喰町から徒歩4分

地下鉄 都営浅草線東日本橋駅から徒歩5分

他、JR神田駅、秋葉原、浅草橋より歩いて15分程度

<応募方法>
※満席になりましたので、〆切りました。

 


【お知らせ】2月10日、 仕事、恋愛、対人関係、家族について取り扱う処女作エッセイ集「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」が出ます。


 

表紙
傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった

2/10、幻冬舎さんより、エッセイ集

「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」(幻冬舎文庫、626円)

が出ます。

・就活失敗して死にたい

・飲み会がイヤでイヤで仕方が無い

・毒親、毒家族が重すぎて困っている

・仕事につまずいて身動きとれない  

………等の悩みに、劇薬的に効く一冊です。

まだまだ有名ではない、新人なので、全部脱いで書きました。
仕事、恋愛、対人関係、家族について、つまんないジブン地獄にモヤモヤしているすべての人に向けています。メイン読者層は18〜25歳くらいではありますが、不登校とか就活に悩んでる子どもを持つ、お父さんお母さんにも読んで欲しいです。

Amazonで予約を開始していますが、できれば、発売日に書店で購入していただけるととても嬉しいです。

表紙イラストは、でんぱ組等とのコラボで注目度急上昇中の愛☆まどんなさんの絵に一目惚れして、彼女にお願いしました。

キラキラ目のインパクトある表紙が目印です。

電子版も同時発売です。

どうぞよろしくお願いします。

 


2015年の目標 ヒット、お金の使い方、小説


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ふと、2013年の年始に、3つの目標をfacebookのノートに書いた事を思い出して、読み返してみたら、2014年に全部叶っていました。一年遅れで目標は叶うみたいです、どうやら。なので、今年の目標を3つ。

・3冊出して大ヒット

今年は2月10日発売の「傷口から人生。〜メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」も含め3冊刊行予定なので、一冊一冊を丁寧に作り、かつちゃんと売ってく。この一冊にあることもないこともすべてを書いてしまったので、もうなんにも怖いものはないのでパブもがんがんやってく。それで、作るのに協力してくれた編集者さんに、ちゃんと恩が返せるように、一冊一冊をヒットさせる。ちゃんと。

・人のために金を使う

これまでなんで生きてこれたのか自分でもよくわかんないくらい安定しない収入でしたが、フリーになって2年、ようやくちゃんと入るようになってきたので、次は、人のためにお金をたくさん使えるようになる。年下にオゴれない人は、女であろうと男であろうとダサいなって思う。目上の人にそうしてもらってきたからこそ、他人に対して、これからはバンバンお金使えるようになりたい。

私のメンター的な存在である、とある経営者の方は、毎晩、赤坂の高級韓国クラブで好きでもないのにマッコリとワカメスープをすすりまくり、毎晩うん十万円にもなる料金を同席者が何人いようとすべて自分もちで支払っています。なんでそんなことをするのかと聞くとこれが自分の修行なのだ、自分に常に負荷をかけることで稼ぐ意志が湧いてくるのだ、と今にもレッドブル2、3本がぶ飲みしないと倒れそうなほどに苦い顔で言っていました。そこまでとは言いませんがまぁそんくらいのオトコっぷりは見せれるようになりたいすね。金は潔く使う。

・小説を一本書く

最初のエッセイが完成した後、ありがたいことに「次は小説を書きませんか?」と編集者さんからオファーをもらったので、今年は小説を書きます。書いたことないけどたぶん書けます。とはいえやったことないことなのでちまちま少しずつやります。やったことないことは、ゆっくりやるべきなので。これまでの経験則的に。でも面白いの書きたいな。

 

去年でやっと、自分の書くものに自信が持てたので、今年はそれを地道に確実に磨いてゆきたいです。


上手い自己紹介


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自己紹介が下手だ。
人前で、自己紹介をしてください、と言われて、上手い自己紹介をできた、と思った事がいっぺんもない。

あるとき、いわゆるリア充っぽい人たちばかりが集まるパーティーに参加したことがある。
その中でホスト役の男の子が「一人30秒で自己紹介をしよう。」と言い出した。
全員に緊張が走った。
私は焦った。ここで何を言うかが今後の人間関係を決めるかもしれない。順番は10番目だった。あと10番のうちに、面白い自己紹介を思いつかなければ。
一人ずつあいさつをしていく。「○○商社の××です」とか、「某有名IT企業の企画部です」とか。
そのうち一人が言った。
普段滑り慣れている滑り台を、何千回目かに滑り降りるような口調で、抑揚も無く彼は矢継ぎ早に言った。
「東大出て電通行って、アメリカでMBA取って今コンサルです」
ロイヤルストレートフラッシュだと本人だけが言っているけれども、その中の一枚にもキングが描かれていないような、そんな自己紹介だった。
その場にますます、あからさまな緊張が走った。男子も女子も、全員の目の色が変わった。すでに自己紹介を終えた人間からは憎悪が、これから自己紹介をする人間からは怯えが立ち上った。

こんな下手な自己紹介は聞いた事がなかった。
今、この場で、彼ぐらいコミュ障な人はいないだろうな。
こんなに彼自身のことを表している、そして、表していない自己紹介は無いな、と思った。

次に、私のとなりにいた友人が、自己紹介をすることになった。
その会場には大きなテレビがあり、お洒落感の演出のためか、会の最中ずっと、古い白黒のアメリカ映画が流れていた。
彼が自己紹介をはじめたとき、画面の中では、マフィアみたいな、いかにもろくでなしっぽい男の人が、バーでタバコを片手にマリリンモンローみたいな女性を口説いていた。

「自己紹介が始まるまで、ずっと、この映画を眺めてたんですけれど」
彼は言った。会場にいる全員が、思わずテレビの画面を見た。
「この主人公は、毎日、ブラブラして、酒を飲んで、タバコを吸って、女の人とセックスしてるんですけど、ぼくも、ちょうど今、そんな生活を送っています」

会場の全員が笑った。MBAの人は、しまった、みたいな顔をしていた。
なにひとつ彼のことは分からないけれど、彼のことをこれ以上言い表している自己紹介はないなと思った。

このMBAの彼も、後者の彼も、私も、根底では同じ欲望を抱いている。
みんな、良く思われたくて必死だ。
働くために、何かを成すために、コミュ力が必要なのではない。
さびしさを紛らわすために、コミュ力が必要なのだ。

私はまだ、上手い自己紹介ができない。それはたぶん、緊張せずに他人と関わることがまだできない証拠だ。
でもそれでもいいと思う。人とうまく関われないさびしさを否定せずに生きてゆきたい。
そしてもし、次に自己紹介をする機会があるなら、その時は後者の彼のように人を笑わせたい。


人前で話す


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人前で人と話す。

たったそれだけのことなのに、なぜか緊張する。

まるで他人の視線という妖怪に取り憑かれたみたいだ。



「性と生のディアローグ」という連続トークイベントの第二回が終わった。

以前、別のイベントスペースで、「小野さんファシリテーターでなにかイベントをやりませんか」とお声がけいただいたのをきっかけに始まった企画だ。

この会では、私の好きな人を呼んで話している。

来てくれる方々には私の興味にお付き合いいただいている感じだ。お付き合いいただいているのだからもう少し来場者の立場に立って話せればと思うのだが、興味があることしか聞けないので申し訳ないが個人的な聞き方になる。

第一回の代々木忠さんの時には相手が大物で、初回とあって緊張した。

この時は、西村佳哲さんのワークショップの作り方を徹底的に真似した。

西村さんの、「『自分の仕事を考える3日間』を作るワークショップ」を受けたときに習ったことを総動員して、全部ぶち込んだ。なのでこの回の構成は西村さんのやり方の丸パクだと思ってもらってよい。雰囲気づくり、会場との距離、流れ、代々木さんとの関係性。トークの最中も、西村さんになりきるつもりで話した。代々木さんと話しながら、西村さんの目を、声を、手の動きを思い出していた。

真似するのが果たして良いことだったのかどうかは、分からない。

模倣はあくまで模倣であって、話すのはあくまでも私だからだ。

西村さんには見せて恥ずかしくないイベントになったと思うけど、聞き手の方々に随分と助けられたからこそ、そうなったような気がしてならない。



第二回の奥谷さんの時は、ボイストレーナーの徳久ウィリアムさんが教えてくださった、集中と発声のワークが役に立った。

『無理してリラックスする必要は無いんですよ』と徳久さんは言った。

『それよりも、必要なのは集中なのです』

私はこれまで、人と話す時には緊張をほどかなければいけないものだと思っていた。けれどそうではなかった。身体を使って集中状態に持ち込むワークを、徳久さんは教えてくれた。話すというのは頭で行っている行為のようであって、じつは、身体に任せることなのだ。対人関係は身体のことだから、身体に任せたほうがじつは上手くのだと言う事に、私はこの時、はじめて気づいた。

奥谷さんの身体の底からいくらでも湧いてくるパワフルなトーク力と、楽しんでくれた来場者の方々の柔軟性で成り立ったイベントだなと思う。



当たり前のことだけど、イベントというのは毎回、雰囲気が違う。

同じ箱でも、来場者の方とゲスト、全員のその日のテンション、それが全部合わさって場を作る。私の企画だとしても、それは私のものではない。本当に何が起きるのか私にも分からない。私にできることは、ただ、はじまりの合図をすることだけだと思う。この場に生まれる雰囲気にたゆたうつもりで、今後も好きな人たちとしゃべりたいなと思う。




絵本「ひかりのりゅう」発売によせて―原発という、答えの出ない”問い”とどう付き合うのか


 

 

私が文章・原案を担当した、「原発絵本プロジェクト」の絵本「ひかりのりゅう」が本日、絵本塾出版さんから発売されました。

 

同内容で違うバージョンの電子版「ひかりのりゅうとぼくの国」も、iBooksストアで発売中です。

 

この絵本は、福島で起きた原発事故、および、原子力発電の歴史をモチーフにしています。

しかし、事故から3年以上が経ち、事態がよりいっそう複雑化する中、最終的には原発そのものの是非を越えて、

「人間がコントロールしきれない、科学技術全般と、私たちはどう付き合ってゆくべきか?」

という普遍的な問いを投げかける内容の絵本になりました。

 

原発事故が起きたとき、私の心に浮かんだのは「ごめんなさい」という言葉でした。

それは、福島の人々に対してなのか、日本全体に対してなのか、世界に対してなのか、それとも、壊れてしまった原発に、なのか、わかりませんが、とにかく、私の心に浮かんで来たのは、その言葉だったのです。

東京に住んで、のうのうと暮らして、電気を使って来た私が、謝らなければいけないような気がした。リクツではないのです。

その謝り先を見つけられぬまま時間が刻々と過ぎてゆき、手に入るのは正しいのか正しくないのか分からない情報と怒りの言葉ばかりで、それらが脳をびゅんびゅん飛び過ぎてゆく。ちがう、と思いました。私は怒りたいのではなく、知りたいのだ、と思いました。

この出来ごとを説明できる言葉を得て、ただ、自分自身が納得したいのだと思いました。ただのエゴですが。

また、寄付もしたいことの一つでした。個人の行いなので、微額ではありますけれども、少しでも福島の役に立ちたいと思ったのです。

その時に、なぜか絵本をつくろうという考えが、ぴーんと降りて来たのです。

 

07-08

絵本を作る中で感じたのは、「何かを正しいとか、正しくないとか、決めつけることの難しさ」でした。

この絵本を作るために、何度も福島に足を運び取材をさせていただきました。本当にたくさんの、福島の方々や、原発関係の方々にご協力をいただきました。

東京で聞いていた通りのこともあったし、東京で聞いていたのとは、180度違うこともたくさんありました。

志田名地区という山奥の限界集落は、高線量を記録しているにも関わらず、行政の対応の遅れで除染が進まず、今もお年寄りばかりが50名ほどひっそりと暮らしていて、福島県外からの「なぜ避難しないのか」という言葉はあまりにも非現実的だと気づかされました。

福島第一原発から一番近いファミリーマートには、棚のひとつがまるまるカップラーメンで埋められていて、その、ずらりと並んでこちらを向いたビニールの丸い面が、スターウォーズの敵のロボットの頭のようにのっぺりてらてらと光っていて、このコンビニの一番多い利用者は、命をかけて事故の収束に向かっている原発作業員の方々であろうに、その方々の食べるものがこれでは、と、いま、自分が吸い込んでいる放射性物質のことよりも、そちらの方に薄ら寒さを感じました。

楢葉町からいわき市に避難して来て、近隣住民とトラブルになり、嫌がらせを受けて自殺してしまった方のご家族から「復興、復興と言っているけど、何が復興だ」という声を聞いたあとで、いわき市の復興に携わるNPOの方に会い、その方は「いわきは比較的放射能の被害が少なくて、もう復興しつつあるのに、『福島』というレッテルを貼られて、差別されるのが本当に悔しい」と言っていて、私は何も言えなくなりました。

そのどちらもが正しいと思います。事態は3年経ってなおいっそう複雑化し、福島内外に関わらず、数えきれない利害が対立していると言うのが、福島の方々の話を聞いて私が得た所感です。誰も何が正しいかなんてわかりません。これからどうなるかも分かりません。その中で私が「これはこうだ」「これは正しい」という考えを人に押し付けることはできないと思いました。そんなわけで、この絵本は、何か特定の考えを「正しい」として押し付けることを、極力除くように作ってあります。

 

15-16

でも、何も分からないからと言って、私たちには何も希望がないのでしょうか?

 

南相馬の沿岸部にあった友人の家は、土台からねこそぎ津波に押し流されていました。それを見たとき、悲しいと感じました。でも、悲しいと感じる一方で、私は、なにかがはじまるような気がしてしまいました。

被害を直接経験していない私には、住んでいた場所や家族を津波で根こそぎ奪われてしまった人のかなしみは、想像できる分量だけしか分かち合うことができません。悲壮感というものを、当事者が感じているようには、感じる事はできません。

なので、ここで感じた素直な感想を書くと、本当に不謹慎かもしれませんが、最初にその何も無い光景を見たとき、私は「能の舞台みたいだ」と思ってしまったのです。

能の舞台のように、ここから何かが、何も無い地平に、すうっと一本、堤防の走っている、この「無」の空間から、何かが始まるような気さえしてしまったのです。

だって、私たちは、生きているのですから。

 

 

福島の人々の踊る「HAPPY」を見た時にも、同じ感想を持ちました。

絵本のラストシーンについてかなり悩んでいたのですが、この動画を見た時に、自然と決まりました。
05-06

この絵本を出版して思う事は、まだ何も終わっていないんだな、まだ何も知らないんだなということです。

私は「できれば原発は無くなってほしいと思っている」のですが、それが現実的にとても困難であることも想像がつきます。それは、今も日本にいてのうのうと電気を使っている人間だからこそ言えることです。

でも、難しいからといって、以前のように何も考えずにのうのうと生きてゆく事はできません。

「安全」という神様はいなくなってしまった。だからこそ、一人一人が、最善と思われる策を探し、実行してゆかなければなりません。

それを考えるためにも、私はこれからも、福島の人々の声に注意を払って聞き続けたいと思っています。

 

福島は今、一番言葉の詰まっている土地です。

これだけ多くの人々が、口に出さないけれども言いたい思いを抱えていて、でもそれが曲解されて伝わってしまう場所。場所の名前だけで、聞いてもらえなくなる場所。

私には福島が、言葉を持った肉体そのものに見えます。飲み込まれた言葉が、福島にはまだまだたくさんある。

福島の詩人の和合さんは、インタビューの中で「ひとつだけ確かなのは、考えるよりも、涙が浮かんでくること、そこになんか真実があるような気がして、僕は詩を書いています」とおっしゃっていました。

私は、人々がそれぞれ抱えている、そういう言葉たち、埋もれている言葉たちに、これからも耳を傾けたいと思っています。

 

言葉がなんだ、言葉なんて無力だと思われるかもしれません。

確かに言葉なんて金に比べたら圧倒的に無力です。

けれど、人が人を知る時に、人が人と関わるときに、一番必要なのは言葉の力です。

金で人の心を知る事はできません。

私はそういう言葉の力を上手くつかって、どうすれば人々が善く生きられるか、その最善の方法を模索してゆきたいと思います。

 

最後になりますが、この絵本の制作にご協力いただいた多くの方々に感謝いたします。本当にありがとうございました。

この絵本の売り上げの一部を、福島の子どもたちの健康を願って、「公益社団法人東日本大震災復興支援財団」に寄付いたします。

BGM、ナレーション入り電子版はこちら→「ひかりのりゅうとぼくの国
 


台風は日本の味


 

台風は日本の味がする。

 

今、本郷三丁目のスタバにいる。
台風前なのに、すごい人だ。学生さんがノートをひろげて、必死に勉強している。台風前なのだから、家にいればいいのになぁ…とおもうのだけど、そうはならないところが、学生さんと、スタバらしいのだなぁ、とおもう。そういう私も、家にいないで、わざわざスタバに来ているのだった。 さきほど、カミーノ中に出会った外国人の友達からメッセージが来ていた。 彼は私が帰国したあとも巡礼を続けていて、今、聖地サンティアゴの15km手前にいるとのことだった。朝ごはんを食べていて、そこには大きなテレビがあって、日本の台風のニュースが流れていて、心配になってメッセージをくれたようだった。スペインの片田舎にも、日本の台風のニュースが流れていることに驚きを覚えるのだけど、彼に、「心配ないよ」と言う事を伝えたくて、 「それは日本の風物詩だよ」とか 「日本らしい天候だよ」みたいなことを言いたくて、 英語でなんて書こうか、と一瞬考えたあとに、出て来たのは

 

「it’s a Japanese flavor.」

だった。

 

台風は日本の味がする。

 

きっと、英語的には間違っているのだろうし、伝わるのかどうかわからない。書いたあとに「flavor」じゃぁないだろうなぁ、とは思ったのだけど、周りを見渡して、うん、確かに、この、風が強くなる前の、スタバに、わざわざ学生さんがいっぱいきて、勉強してる、この感じが、「日本の味」なんだろうなぁ、と思って、そのまま消さずに、エンターキーを押した。

  


身体をつかって、今を生きる――整体師の奥谷まゆみさんと、トークイベントを開催します。


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10月13日(祝)の夜、整体師であり、女性の身体や妊娠出産について、数々の著書を書かれている、奥谷まゆみさんとトークイベントを開催します。
トークイベント:性と生のディアローグvol.2 奥谷まゆみさんと語る、イイ女、イイ男になる身体の活かし方ー身体を知れば、恋愛・結婚・セックスが見えてくる!

 

奥谷まゆみさんは、私の整体の師匠である。

昔、私が仕事と恋愛の両方に疲れて心身ともにボロボロで、人間らしい生活すらもままならなかった時、どうにかして身体だけでも立て直したいと、奥谷さんの整体サロン「きらくかん」を訪れたのが始まりだった。

奥谷さんの整体は、一般的なイメージ通りの「人をばきばきやって、治す」整体ではない。

身体を触ってその人の不調の原因を探り当て、その人が日常の動作の中でそれを改善してゆけるよう、ストレッチやボディワークの方法を指導する。その人が自力で不調を治せるように指導する整体だ。奥谷さんの整体には、依存がない。使うのはすべて、その人自身の持てる力だからだ。私は奥谷さんの著書を読んで、そういうところにも惹かれていた。

 

奥谷さんはどっしりとした岩みたいな女性だ。樹木と言った方がいいかもしれない。屋久島の大自然とか、アンデス山脈の麓の森に生えていそうな、樹齢を重ねた、たくましい太い木の幹。ちょっとやそっとじゃ動じなさそうな、経験を盾に変えた人の、ふてぶてしい輝きがある。でも反対に、奥谷さんの指先は、おどろくほど繊細で、あったかい。

奥谷さんに身体を触られると、指先が触れた場所が、じんわり溶けてゆくかんじだ。骨の内側に、あたたかいものが広がってゆく。もしも人間に「気」というものがあるとすると、奥谷さんの気が私の中に入って来て、ミックスジュースみたいに混じりあう感じだ。触られているだけで、涙が出そうになる。

 

最初にぼろぼろの状態できらくかんを尋ねたとき、奥谷さんは私の身体を触ったあとで言った。

「大丈夫、悪い身体じゃないよ」

これが悪い身体じゃなければ、何が悪い身体だと言うのだ。私はびっくりした。

奥谷さんはこう言った。「身体っていうのは、その人の生きて来た結果なんだよ。これまでの生活パターンとか、ライフスタイルとか、生い立ちとか、その人の経験の結果が、その人を作るの。身体をさわるとね、その人の生き方のクセ、みたいなものが、だいたい分かるよ。

頭でっかちな人は、実際に頭をさわってみると、現実にちょっとブヨブヨ、膨らんでる。何事にも動じない、俺は俺だ!って豪胆な人は、文字通り、“腰が据わってる”んだよね。ひっこみじあんな人は、胸がうしろにひっこんだ、文字通り“開襟できない”身体。

身体はあなた自身の、これまでの生き方の集大成なんだよ」

 

そうか。じゃあ、私の抱えている身体の不調は、これまでの私のダメな生き方のせいなのか。私は少し憂鬱な気持ちになった。

 

そんな私に、奥谷さんは続けて言った。

「でも、大丈夫。だからこそ、身体を変えれば、人生も変えられる。不調の身体っていうのはね、使い方をちょっと間違っちゃっているだけなんだ。使い方さえ変えれば、身体は答えてくれるんだよ」

 

そう言われてから、私は奥谷さんの整体講座に通い、身体の使い方を学びはじめた。

 

 

身体というのは、知れば知るほど面白い。私たちが「身体」と呼んでいるものは、じつは一枚岩ではなくて、骨と内臓、それと筋肉、神経系統と生殖器、そうした膨大なパーツの寄せ集まりによってできているということが分かる。それらがなぜだか分からないけれど、複雑に絡まりあって、人体と言う一つの塊を作り上げている。

身体と思考と感情もまた、驚くほどに繋がっている。

身体が変わると思考も変わるし、感情も変わる、ということを、私は実践しながら学んでいった。

 

 

「体の軸は時間軸なんだよ。」

と奥谷さんは事あるごとに言っていた。

「未来のことばっかり心配していたり、余計な思考に振り回される人は、立ってみると、おでこがちょっと前に出てる。身体の真ん中に自分がのっかってないかんじね。腰で立ってないの。逆に、過去にばっかり囚われて、なかなか行動できない人は、腰がひけてて、すぐに動き出せない身体なのね。

今・ここにしっかりフォーカスして、自分のやるべきことにコミットして生きられるようになるには、身体の中心に一本、すーっと通った体軸を作る事が大事。

それにはまず、下半身を育てることが必要なんだよ。

立つ、歩く、座る。人間の基本の三動作がしっかりできることが人間の生きる力を育てるんだね。

自分の足でしっかり立つ、ってことを身体で覚えると、生き方って言うのは、変わってくるんだよ」

 

 

身体を使ううちに、私はどんどん、元気になっていった。それとともに、自分の足でしっかり立つ事、自分で自分の責任を引き受ける、ということを覚えていった。

 

私はそれまで、いろいろなことを人のせいにしてきたんだなと思う。それは全部自分が選びとってきたことなのに。

自分の身体を使うと言う事は、そのまんま、自分にコミットすることなんだ。自分の生き方を知り、生き方を選ぶ事。そういうことを、私は奥谷さんから学んだ。

 

 

「どんな身体だろうと、よくなることはできる。人は、変わりたいと思った時に、変われる」。

人は変われるのか、変われないのか。よく聞かれることだけど、私は、人は変われると思う。

人は変わりたい時に変われる。それが奥谷まゆみさんに教えてもらったことだ。

それにはまず、自分の身体を知る事。身体は今の自分を知るための糸口なのだ。そうして、今の自分をまるごと受け止めて、現実の足場に、しっかりと立つことなんだなと思う。

 

 

彼女の話の魅力は決して精神論に留まらないこと。気がついたら実践と結びついている。今回のテーマは女と男の性だけど、セックスの話だけじゃない。生殖の話は人間の生き方まるごとと深く関わっている。それを机上の空論ではなく、体感として「なるほど!」と思わせてくれる、「手応え」のある会話。

何かしら、活きる話ができるはずだ。

ぜひ、ご来場をお待ちしています。
トークイベント:性と生のディアローグvol.2 奥谷まゆみさんと語る、イイ女、イイ男になる身体の活かし方ー身体を知れば、恋愛・結婚・セックスが見えてくる!