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絵本「ひかりのりゅう」発売によせて

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私が文章・原案を担当した、「原発絵本プロジェクト」の絵本「ひかりのりゅう」が本日、絵本塾出版さんから発売されました。

 

同内容で違うバージョンの電子版「ひかりのりゅうとぼくの国」も、iBooksストアで発売中です。

 

この絵本は、福島で起きた原発事故、および、原子力発電の歴史をモチーフにしています。

しかし、事故から3年以上が経ち、事態がよりいっそう複雑化する中、最終的には原発そのものの是非を越えて、

「人間がコントロールしきれない、科学技術全般と、私たちはどう付き合ってゆくべきか?」

という普遍的な問いを投げかける内容の絵本になりました。

 

原発事故が起きたとき、私の心に浮かんだのは「ごめんなさい」という言葉でした。

それは、福島の人々に対してなのか、日本全体に対してなのか、世界に対してなのか、それとも、壊れてしまった原発に、なのか、わかりませんが、とにかく、私の心に浮かんで来たのは、その言葉だったのです。

東京に住んで、のうのうと暮らして、電気を使って来た私が、謝らなければいけないような気がした。リクツではないのです。

その謝り先を見つけられぬまま時間が刻々と過ぎてゆき、手に入るのは正しいのか正しくないのか分からない情報と怒りの言葉ばかりで、それらが脳をびゅんびゅん飛び過ぎてゆく。ちがう、と思いました。私は怒りたいのではなく、知りたいのだ、と思いました。

この出来ごとを説明できる言葉を得て、ただ、自分自身が納得したいのだと思いました。ただのエゴですが。

また、寄付もしたいことの一つでした。個人の行いなので、微額ではありますけれども、少しでも福島の役に立ちたいと思ったのです。

その時に、なぜか絵本をつくろうという考えが、ぴーんと降りて来たのです。

 

07-08

絵本を作る中で感じたのは、「何かを正しいとか、正しくないとか、決めつけることの難しさ」でした。

この絵本を作るために、何度も福島に足を運び取材をさせていただきました。本当にたくさんの、福島の方々や、原発関係の方々にご協力をいただきました。

東京で聞いていた通りのこともあったし、東京で聞いていたのとは、180度違うこともたくさんありました。

志田名地区という山奥の限界集落は、高線量を記録しているにも関わらず、行政の対応の遅れで除染が進まず、今もお年寄りばかりが50名ほどひっそりと暮らしていて、福島県外からの「なぜ避難しないのか」という言葉はあまりにも非現実的だと気づかされました。

福島第一原発から一番近いファミリーマートには、棚のひとつがまるまるカップラーメンで埋められていて、その、ずらりと並んでこちらを向いたビニールの丸い面が、スターウォーズの敵のロボットの頭のようにのっぺりてらてらと光っていて、このコンビニの一番多い利用者は、命をかけて事故の収束に向かっている原発作業員の方々であろうに、その方々の食べるものがこれでは、と、いま、自分が吸い込んでいる放射性物質のことよりも、そちらの方に薄ら寒さを感じました。

楢葉町からいわき市に避難して来て、近隣住民とトラブルになり、嫌がらせを受けて自殺してしまった方のご家族から「復興、復興と言っているけど、何が復興だ」という声を聞いたあとで、いわき市の復興に携わるNPOの方に会い、その方は「いわきは比較的放射能の被害が少なくて、もう復興しつつあるのに、『福島』というレッテルを貼られて、差別されるのが本当に悔しい」と言っていて、私は何も言えなくなりました。

そのどちらもが正しいと思います。事態は3年経ってなおいっそう複雑化し、福島内外に関わらず、数えきれない利害が対立していると言うのが、福島の方々の話を聞いて私が得た所感です。誰も何が正しいかなんてわかりません。これからどうなるかも分かりません。その中で私が「これはこうだ」「これは正しい」という考えを人に押し付けることはできないと思いました。そんなわけで、この絵本は、何か特定の考えを「正しい」として押し付けることを、極力除くように作ってあります。

 

15-16

でも、何も分からないからと言って、私たちには何も希望がないのでしょうか?

 

南相馬の沿岸部にあった友人の家は、土台からねこそぎ津波に押し流されていました。それを見たとき、悲しいと感じました。でも、悲しいと感じる一方で、私は、なにかがはじまるような気がしてしまいました。

被害を直接経験していない私には、住んでいた場所や家族を津波で根こそぎ奪われてしまった人のかなしみは、想像できる分量だけしか分かち合うことができません。悲壮感というものを、当事者が感じているようには、感じる事はできません。

なので、ここで感じた素直な感想を書くと、本当に不謹慎かもしれませんが、最初にその何も無い光景を見たとき、私は「能の舞台みたいだ」と思ってしまったのです。

能の舞台のように、ここから何かが、何も無い地平に、すうっと一本、堤防の走っている、この「無」の空間から、何かが始まるような気さえしてしまったのです。

だって、私たちは、生きているのですから。

 

 

福島の人々の踊る「HAPPY」を見た時にも、同じ感想を持ちました。

絵本のラストシーンについてかなり悩んでいたのですが、この動画を見た時に、自然と決まりました。
05-06

この絵本を出版して思う事は、まだ何も終わっていないんだな、まだ何も知らないんだなということです。

私は「できれば原発は無くなってほしいと思っている」のですが、それが現実的にとても困難であることも想像がつきます。それは、今も日本にいてのうのうと電気を使っている人間だからこそ言えることです。

でも、難しいからといって、以前のように何も考えずにのうのうと生きてゆく事はできません。

「安全」という神様はいなくなってしまった。だからこそ、一人一人が、最善と思われる策を探し、実行してゆかなければなりません。

それを考えるためにも、私はこれからも、福島の人々の声に注意を払って聞き続けたいと思っています。

 

福島は今、一番言葉の詰まっている土地です。

これだけ多くの人々が、口に出さないけれども言いたい思いを抱えていて、でもそれが曲解されて伝わってしまう場所。場所の名前だけで、聞いてもらえなくなる場所。

私には福島が、言葉を持った肉体そのものに見えます。飲み込まれた言葉が、福島にはまだまだたくさんある。

福島の詩人の和合さんは、インタビューの中で「ひとつだけ確かなのは、考えるよりも、涙が浮かんでくること、そこになんか真実があるような気がして、僕は詩を書いています」とおっしゃっていました。

私は、人々がそれぞれ抱えている、そういう言葉たち、埋もれている言葉たちに、これからも耳を傾けたいと思っています。

 

言葉がなんだ、言葉なんて無力だと思われるかもしれません。

確かに言葉なんて金に比べたら圧倒的に無力です。

けれど、人が人を知る時に、人が人と関わるときに、一番必要なのは言葉の力です。

金で人の心を知る事はできません。

私はそういう言葉の力を上手くつかって、どうすれば人々が善く生きられるか、その最善の方法を模索してゆきたいと思います。

 

最後になりますが、この絵本の制作にご協力いただいた多くの方々に感謝いたします。本当にありがとうございました。

この絵本の売り上げの一部を、福島の子どもたちの健康を願って、「公益社団法人東日本大震災復興支援財団」に寄付いたします。

BGM、ナレーション入り電子版はこちら→「ひかりのりゅうとぼくの国
 

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台風は日本の味

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台風は日本の味がする。

 

今、本郷三丁目のスタバにいる。
台風前なのに、すごい人だ。学生さんがノートをひろげて、必死に勉強している。台風前なのだから、家にいればいいのになぁ…とおもうのだけど、そうはならないところが、学生さんと、スタバらしいのだなぁ、とおもう。そういう私も、家にいないで、わざわざスタバに来ているのだった。 さきほど、カミーノ中に出会った外国人の友達からメッセージが来ていた。 彼は私が帰国したあとも巡礼を続けていて、今、聖地サンティアゴの15km手前にいるとのことだった。朝ごはんを食べていて、そこには大きなテレビがあって、日本の台風のニュースが流れていて、心配になってメッセージをくれたようだった。スペインの片田舎にも、日本の台風のニュースが流れていることに驚きを覚えるのだけど、彼に、「心配ないよ」と言う事を伝えたくて、 「それは日本の風物詩だよ」とか 「日本らしい天候だよ」みたいなことを言いたくて、 英語でなんて書こうか、と一瞬考えたあとに、出て来たのは

 

「it’s a Japanese flavor.」

だった。

 

台風は日本の味がする。

 

きっと、英語的には間違っているのだろうし、伝わるのかどうかわからない。書いたあとに「flavor」じゃぁないだろうなぁ、とは思ったのだけど、周りを見渡して、うん、確かに、この、風が強くなる前の、スタバに、わざわざ学生さんがいっぱいきて、勉強してる、この感じが、「日本の味」なんだろうなぁ、と思って、そのまま消さずに、エンターキーを押した。

  

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想念の溜まる場所

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教会が好きなのは、想念の篭る場所だからだ。

今、スペインの巡礼路に来ている。

スペイン北部にある聖地を目指して、約800kmの道を1ヶ月かけて歩く訳だけれども、一年に約2万人もの人が世界中から訪れるこの場所は、ちょっとした想念のたまり場になっている。

たくさんの人が、なんらかの理由を抱えて、ひとつの場所に泊まり、寝て、食べて、歩いて、語り合う。けれど、一日として同じ場所には留まらない。人が流れてゆく場所だ。澱の溜まらない、ただ、想念の残滓だけが、ふよふよと道の形を作る場所。

ある日、歩いている途中にとある小さな教会に足を踏み入れた。13世紀に建てられた、とても小さな、名もない教会だが、一歩足を踏み入れたとたん、涙が溢れて止まらなくなった。

教会や寺院などの宗教施設は、そこを訪れた人の感情を受け止める器そのものだ。人は立ち去るけど、祈られた感情は残る。石でできた古い外壁に、内側の象牙色の塗り壁に、何万、何十万、何百万もの人々の祈りが、800年続く人々の想念が、手あかのようにびっしりとこびりつき、教会そのものになっていた。

その教会はメインの巡礼路からは少し外れているため、観光地化されていない。来るのは地元の人々と、通り過ぎてゆく巡礼者たちだけだ。純粋な人々の感情が光の速さで降り積もった場所。

周りを見ると、号泣している巡礼者もいた。

入り口でぼーっと佇んでいると、教会の管理人のスペイン人の女性に、ポストイットを渡された。イエス像のそばに、自分の祈りを貼り付ける方式だ。イエス像の周りには、ブドウの葉のように黄緑色のポストイットがびっしりと貼付けられていた。

何を書こうか、考えるより先に答えが身体からやってきた。
福島のことだった。

気がついたら私は、ポストイットをにぎりしめて、泣きながら福島について祈っていた。

福島。私は別に、福島に親戚が居るわけでもない。知人はたくさんいる。絵本をつくるために、仕事のために、何回も足を運んで取材に行ったからだ。でも、だからってべつに彼らのことをいつも心配しているわけではない。

3年前のあの時は、日々、そのことを、考えざるをえない雰囲気があったものの、3年が経ち、日々の暮らしに忙殺される中で、わたしはそれを忘れてーいや、正確に言うと、思い出さないようにしてすらいる。

日々、そのことを気にかけていたら、生きてゆけないから。そんなことは心の奥底に沈殿させておけばよいものだと、私の理性が判断して、私はそれを、心のどこかに、押し込めている。日常を「正しく」送るために。

「前向きに生きる」という言い訳をして。都市で生活するとは、そういうことだ、と自分に言い聞かせて。

けれどもなぜかこの場所で、私の心をつきやぶっていきなりあふれてきたのはそれだったのだ。

日常の、誰彼が幸せに暮らせますようにとか、自分が健康でありますようにとかそういうどこからかやってくる願望の速さを追い抜いて我先にと心の弁を押しわけて現れてきたのはそれだった。

福島の人々を気にかける気持ち。そこで暮らす友達の安否を気にする気持ち。どうにか、どうにか原発事故が、収束してくださいっていう、普段、生活してゆくために、無理やりねじふせておしこめている気持ち。

それが今、急に掻き出されて、表面に全部、浮上してきた。

心臓から目に管が生えたようになって、どろどろの涙になって流れ出てきた。

心配してたら生きてゆけないから、日々の小さな局面で、気にしないことを選択してきたけれど、それは実はすごく無理して行ってきたことなんだ、本当は自分はこんなにも、福島とそこで起こったことについて気にしているんだ、ということが、この小さな教会に入った途端、全部、溢れ出てきてしまった。先人たちが残した、圧倒的な量の想念たちによって、私の心のどこかのバーが、ぴんと押し上げられて、ダムが決壊してしまった。

なぜかわたしは祈って「しまった」のだ。それは自分の意志ではなかった。裸の私の上に、福島について、祈る気持ちが降って来た。

リクツではないのだ。

祈る。私は別に熱心なキリスト教徒ではない。特定の宗教を信仰したこともないから、祈るという行為は全然身近ではない。信仰に人生を捧げる人々の、祈りの実直さには遠く及ばない。でも、思わず手を組んでうつむいてしまうことにおいて私と彼らは平等だった。聖地と名指される場所は、簡単に、人々の気持ちをこじあける。余計なものを削ぎ落としてしまう。巨大な歴史、人の行いの蓄積。匿名の大きな力が、自分一人ではけして取り払えない外殻を、簡単に取り払う。

自分が実は、日々生活してゆく中でどれだけ福島のことを気にしているか、こんな遠くの場所にきて、やっと気づいた。

この道で多くの人にあったけど、フクシマについて聞いてくる人はほんの少数だった。もっと聞かれると思っていたのに。ヨーロッパの小国出身の人に、「ヨーロッパにいると、フクシマの情報は入ってこないんだよ」と言われた。世界の人々は、もう、フクシマのことを忘れている。私たちも忘れようとしている。

本当は、忘れたくないのだ。

原発事故が起きたとき、私の心に最初に浮かんだのは「ごめんなさい」だった。なぜか私は謝っていた。誰に対して?分からない。けれど、とにかく私の中には、私があやまらなければ、という気持ちが生えてきたのだった。テレビであのもくもくとあがる煙を見た時に。

それは福島の人になのか、日本全国になのか、世界中の人々になのか、それとも壊れてしまった原発に対してなのか分からないけれど、なんでかしらないけれど、東京に住んで、のうのうと電気を使って暮らして来た私が、あやまらなければいけないと思ってしまったのだ。思った所でどうにかなるわけではないけれど、私はとにかく、謝りたかったのだ。「起こってしまった」なにかに。

そのあやまりの先を、正確な先を、見つけぬままに3年が経ってしまった。福島と聞いて一番最初に思い浮かぶのは、そこで日々暮らす友達たちの顔、飯館村の避難所でうなだれていたおじちゃんの顔、志田名で泊めてくれた酒井のおかあさん、それから、楢葉町まであと14kmの道路標識。福島の地形。福島に対する想念は、いろいろな形になってあらわれてくるんだけど、とにかく、「福島」という巨大な概念を前にして、一対一でどうにかできることじゃなくて、巨大なまるっとの相手に対しての返答を考えたときに、わたしができること、したいこと、それはまず間違いなく最初に「祈り」だったのである。今まで、気づかずにいたけれど。

私は一心不乱に祈っていた。お腹の底から神様福島をお守りくださいわたしたちが私たちの友達が平和に暮らせますようにと祈っていた。今まで、寺やら神社やらで、形式にまかせてへらへらと自分のことを祈って来た、あれは祈りなんかじゃなかった。チベットとかでよく五体投地して祈る人、いるけれど、その映像を見ては「そんなんなるほどまで祈りたいことってあんねんか」とか今までぼへっと思っていた。その欠片が、私の中にも、じつはあったんだ。

今日の体験で分かったこと、それは、人って多分、自分のためだけに真剣に祈ることってないんだなってことだ。祈りっていうのは、なんかしらが用意されてあらかじめ約束された形で行われるものではなくて、いきなりはじまるものなんだ。自分以外の大きなものに動かされて、なんでかしらないけれど、いきなり祈ってしまうのだ、人は。そこには形式なんて無用なのだ。なんだかしらないけれど、突然自分以外の何かについて、祝福やら加護やらお願いしたくなる、それが祈りなのだ。想念はどこからともなくやってきて人の意志を流してゆく。他の自分以外の大きな力、人が紡いで来た、巨大な想念の集積を前にして、こざかしい一人一人のの意図なんて、あまりにも無力なのだ、たぶん。

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自分探しは悪なのか?

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この記事がシェアされて来たので読んだけど、内容とイントロの文言の不一致感と、それから「お前が言うなや」感がすごかった。

 

「自分探し」の奴隷から脱出せよ! クリエイター紀里谷和明、蜷川実花が熱く語る

http://enrique5581.net/post-10501/

 

>「アナと雪の女王の「ありのままの〜〜♪」ではないですが「自分探し」という言葉が流行しています。」

 

っていう書き出しからしてセンスなくて笑っちゃいそうになるんだけど。何年前の話だよって言う。5年くらい前の記事かと思ったら一昨日のだった。


いつも思うけど、たいてい「自分探しなんてしなくていい」っていう有名人に限って、いやお前まだ自分探してるやろって感じがしたり、自分探しさんざんし終わってドヤってる感じがして、いやそれ、し終わった人間が「する必要ない」って言ったからって、それって童貞脱した人間が童貞に向かって「いや童貞のままでいいって。大した問題じゃないって!!」っていうようなもんででもそれ当の童貞からしたら納得するのなんてまず無理で、いやそれお前が言うなやぁ!!!!って本人にとっては大問題なんだってばってな感じが童貞じゃない私にもすごくよくわかるんだけど。
この人は「流行ってる」っていうけど、どっちかっていうともう「自分探し」ってカッコワルイものみたいに思われている気がする。この前もある学生さんに
「世界一周したいけど、周りに『お前、自分探しかよ』って言われていじられたら恥ずかしいし…」って言われてえーーーーっ!!!お前はときめきメモリアルの藤崎詩織かぁ!!!って思わずのけぞってしまった。そんなこと言われんのかよ。どういうこっちゃねん。
で、試しに周りに「自分探しってどういうイメージ?」って聞くと、これがだいたい「インドに行く」とか「海外を一人で放浪する」とか、陳腐なイメージしか出てこないのだ。旅=自分探しかよ。ステレオタイプすぎだろ。


私は自分探しって、旅に出る事でもなんでもなくて、「本人が“こう生きる”と決めるまでの迷走の過程」だと思う。
今の自分は嫌いで、だから変わりたくて、でも、変わり方も、変わった先の理想の自分も、上手く想像できないから、よくわかんないまま宛先不明の手紙をずっと出し続けて返事が来ないからずっと海老ぞりと胎児のポーズを繰り返して、そのままどこにもいけないイメージ。

だから、そういう意味では、丸の内のオフィスビルで働いていたって自分を探している例もあるし、インドを何年、旅していたって、自分探しじゃない例なんて多分にある。

生き方をある程度決めてしまったらあとは楽だ。村上春樹の小説みたいに、たんたんと事を運べばいい。けど、自分探ししている人たちには、それができない。「こう生きる」と決めたい自分と、今の自分の不一致が苦しいから。どう生きたらいいかわからなくて苦しんでいる。

ずっと前にナンパ師の男の子の話をブログに書いたけど、彼のやっていることだって立派な自分探しだ。異性愛に関する、理想と現実の自己像の不一致を埋めたくて、必死にもがいている。

私がシェアハウスに引きこもって暮らしていた時にも、周りには定職に就かずにふらふらしている子がいっぱいいた。彼ら、彼女らはよく「やりたいことが見つからないんだよね」とか「働きたくねーから」みたいなことを言う。でも、そういう悪ぶった、ちょっとふてくされたようなことをいう人たちに限って、本当はもう一段階、深刻な悩みを抱えている。つまり、「どう生きていいのか、わからない」っていう。

そういう、だれもつまづかなそうなところでつまづいてしまった自分に苦しんでいる。誰もつまづかなそうなところだから、誰にも相談できない。本当は社会に適合したいし、自分なんか探さないですんなり生きたい。けれど、誰もつまづかなそうな所でつまづいている自分が、またつまづいたらどうしよう。そういう、「まさかの葛藤」が、彼らを苦しめている。

そういう人に「四の五の言わずに適当なところに就職して働け」と言ったって、無駄である。

言われて聞くようなら彼らは最初からうだうだ自分探ししていない。

聞けないから迷っているのだ。自分探しする人は、頑固なのだ。

 

もうこのさい、不謹慎を覚悟ではっきり言うけど、自分探しをせずに何の疑いもなく大人になれた幸せな人たちを健康体だとすると、自分探しをしてしまう人たちというのは、もう、ビョーキみたいなもんである。
幼少期にアタマ打ってどうにかなっちゃったんだよ。だからしょうがない。そういう人は。周りが「自分探しなんて辞めろ」なんて言うだけ無駄。
そういう人は、もう、諦めて自分探しに邁進するしかない。
「自分探しなんてするな」というマトモな大人の意見なんか、聞いてはいけない。脳のビョーキなんだから、聞こうとするとエラーを起こしてますます迷走の期間が延びるだけ。
自分探しなんて、まじで超超超カッコワルイものなのだ。
みじめだしじめじめしていてもう途方も無くカッコ悪くてやばい。まじやばい。そんなもう超自明のことを、「自分探しかっこわりいww」とかって笑うヤツは、カッコワルイものをカッコワルイとそのまま笑うっていうなんのクリエイティビティも芸もないことをやっているだけだという自覚をしたほうがいいと思う。
自分探ししているやつなんて世間的には基本大メーワクだし、家族にもヨメにも夫にも上司にもあらゆる人から褒められないし、まんがいちそういう人が「自分が見つかった!」なんて喜び勇んではしゃいでも返ってくるのは「あっそう」だけである。
だからこそ、カッコワルイものをカッコワルイままやればいいんじゃんと思う。カッコワルイ事をわざわざ避けても、じぶんがひしゃげるだけだからつまんないと思う。自分を探したくなるカッコワルイ自分を抑えて社会にテキゴーしようとするとカッコワルイ自分が心の中で暴れ回るのを黙殺しないといけなくなるから、反動で年取ってから若者に飲み屋で説教するような「俺すごい」って言わないと気が済まないような、影で若い人に後ろ指さされまくるようなカッコワルイ大人になっちゃうと思う。
もう、自分がカッコワルいことを分かった上で、開き直らずに、淡々ともがけばいいと思う。他人のカッコワルさって他人はあんまり気にしてないから。やれるだけ、社会と自意識の狭間で七転八倒して、Mr.ドリラーみたいに掘りまくって掘り尽きて、自分を延々と微分しまくってああもうなんにも出てこないよなんも見えねぇってなった時に、はじめて、社会に目を向けられるんだから。

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4日間徹夜で踊り狂う岐阜の奇祭「郡上おどり」に行ってきた

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gujoodori

えーと、すみません今回はいつものようにコラムじゃないんですけど、

岐阜県郡上八幡で行われる、町を挙げて徹夜で踊り狂うハードコアな祭り「郡上おどり」に行って来ました。

 

郡上おどりとは

 

日本で最も長い期間にわたって開催される祭り「郡上おどり」。

8月13日〜16日の4夜は名物「徹夜おどり」が4日間連続で行われます。「見るおどり」ではなく「踊るおどり」といわれ、10パターンある伝統の踊りを観光客も地元の人もみなが巨大な輪になって朝まで踊り続けます。

 

…と、岐阜に縁もゆかりもない私がよくわからんままに参加してきたのですが、

まーとにかく輪がデカい。

踊っている人だけで数千人?地方の夏祭りなんてレベルじゃありません。

延々と…延々と延々と!!!!!!踊り続けます。

赤ちゃんもおじいちゃんもおばあちゃんもオネェさんもコスプレの人も踊ってる

今まで私は日本のお祭りがそんなに好きじゃなかったんですが、それはえてして「見る」系だから。

見るだけってそんなに面白くないんですよね。ワンパターンだし。

浅草サンバカーニバルにも参加した事があるんですが、練習に数ヶ月かかるし、フラッと遊びに行くような、軽いノリで参加するのは難しい。

しかし、郡上おどりは観光客も地元の人も関係ありません。おどりも10パターンあって、多彩。スロー系からユーロビート系までいろいろあります。

そのぶん、覚えるの最初は大変なんですが、不思議と踊り続けているうちに身体にしみ込んで来て、覚えられるんですねー。

数千人の人が、ピッタリ同じ動きになったときの一体感ったらありません!

 

「徹夜おどり」は郡上地域にいくつかある町で同時に開催されているのですが、中心である郡上八幡町以外の地域の郡上おどりもかなり特色があります。

1日目に行った白鳥の郡上おどりはかなり特徴的。

郡上八幡のおどりが4ビートだとしたら白鳥は16ビート。

ハードすぎる踊りに、ぐるぐる回りながら完全にイッちゃってる顔をした人も見受けられました。

最後は完全にトランス状態。あれですね。脱法ハーブ要らずですね。

 

まー楽しい楽しい!

日本の地方の祭りでこんなにも盛り上がるのかって、新鮮な驚きでしたよ!

2日目は滝のような大雨で、すわ中止かと危ぶまれたんですが、もちろんおかまいなし。全員ずぶ濡れになりながらもめげずに踊る踊る。

私も人生で初めて、街中で水着になって踊りました。

 

とにかく……とにかく楽しいのでみなさんも来年はぜひ行ってみてください!一度行ったらハマる!!!!

というブログで初のなんのひねりもない「行って来たよ」系の記事書いてしまうくらいにはヤミツキになったので来年もまた行きます!!!!

 

郡上八幡 公式ホームページ

http://www.gujohachiman.com/kanko/index.html

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やりまんにならない勇気

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今、3冊の本の原稿を抱えている。秋に出版される予定の絵本も含めると4冊が同時進行だ。
一冊も本を出したことがなく、キャパシティも知識も経験もないのに、3冊の原稿を同時に書いていて、頭の中は渋谷の駅構内みたいにわっちゃわちゃだ。

 

依頼がたくさん来るのはうれしい。チョーうれしい。当たり前だ。4歳のころから、「本を書く人」になるのが私の夢だったのだ。それが叶うんだったら他に何にも要らないと思って生きてきた。文章を書くのが好きだ。正直結婚とかにあんまり興味がわかない。一生文章だけ書ければ、それだけでいいと思う。いつか老婆になって、しわしわのよれよれで汚い4畳間とかに暮らしてても、文章が書けるんだったらそれでいいじゃん、とリアルに思う。

 

でも、今の自分のざまはどうだ。
ふと、私は3冊全部に対して、「やりまんみたいな感じ」になっているのではないか、と思う。

 

ミシマ社の三島さんは「一冊入魂」と言っていた。
一冊一冊を丁寧に、心を込めて作る。他の事業に浮気はしない。
私はその三島さんの姿勢に惹かれて、学生時代にミシマ社でバイトしていたのだ。
まあ、あまりにも事務作業ができなすぎて、数ヶ月でマイルドにクビになったんだけど……。
でも、自分の中で、「本を作る人」の後ろ姿はいつだって三島さんなのだ。

 

去年、付き合っていた男の子のことを思い出す。ケンカ別れになってしまったが、振り返れば、彼の言っていることはいつもだいたい正しかった。
彼には、私にはない自信があった。就活のときも、自分が本当に受けたい数社しかエントリーしていなかった。
焦って周りが何十社もエントリーしているのに、気にしていない様子だった。
「○○君は、あれもこれも、って、手を出さないんだね」と言ったら、
「そう。全部に対してやりまんみたいな感じになったら、結局どっこも受かんないからね」と彼は答えた。
それはこれまで舞台を作ってきた中で、学んだことだからね、と。私はそれを聞いて、 はっ、 とした。

 

そう、あのときは はっ、 としたのに、あの はっ、 は今までどこ行っていたんだろう。

 

就活のときも、私はリクナビでエントリーした50社くらい全部にやりまんになって、結局どこも受からなかった。
自信がないからやりまんになるのだ。一冊とランデヴーするだけの、気概と自信がないからそうなる。

 

心は時々、頭ん中の欲望に振り回されて、本当に大事にしたいものをわすれる。
現実をわすれて、風船みたいにどっかに行っちゃいそうになる事がある。でもそれを、
「私は現実にうまく対処している」と錯覚してしまう事がある。
そうやって達成した事は、自信にならない。自信になるのは、いつだって、心で現実にぶつかっていった時だ。それが頭の中にはねかえってきて、面白いものが書ける、面白い、ものが作れる、気がする。

 

とりあえずは、「やりまんにならない」勇気を持つ事だな。

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「老い」と「恨み」

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今、南の島でサーフィンをしている。
28年間生きてきて、今が一番元気だ。

一年前に整体を習い始めてから、私の身体は劇的に変わった。

続いて、サーフィンをすること、また平均化訓練を覚えたことで、私の身体はどんどんたくましく図太く、「イイ」身体になってきている。

同時に、まったく逆説的だけど、身体が元気になればなるほど、自分の中の「老い」を感じるようになってきた。

一番強烈に「老い」を感じたのは、
今年の2月に、元引きこもりでホストの男の子に会った時のことである。
彼は私に、「自分は社会を恨み、女性を恨んでいる」と言った。
そして「自分と同じ、元不登校の私のことも、同族嫌悪だ」と言った。

でも、正直、それを聞いた私には、彼の言っていることが全く分からなかったのである。

恨み?同族嫌悪?

彼のように、社会を恨んだりすることが、私にも過去に、果たしてあっただろうか。

はっきり言って、私の目に映る社会はけっこう、美しい。
他人もだいたいは美しい。
働きはじめてから、さらに美しくなった。
働くという行為は、自分が無力ではないということを証明してくれる。与える相手、与えられる相手が居ること、それだけで、世の中の美しさが身にしみて感じられる。
今は、物を書くという、「これ自分の仕事だ」と胸を張って言える仕事があるから、ますます働くことが楽しい。

恨みと言うのは強烈なエネルギーだ。
私が整体を習った奥谷さんも、「ネガティブな感情というのは、発散しきれていない余剰なエネルギーを吐き出すためのもの。
若くて身体が未発達で、骨の開閉がうまく行ってない時には、ありあまるエネルギーをそうやって外へ発散しようとするんだよ」

と言っていた。
リストカットも食べ吐きも、鬱病も引きこもりもエネルギーだ。自分自身に負のエネルギーをぶつけて、一人で処理しているわけ。

今の私には、そのホストの男の子が持っているような、社会や何かを強烈に恨むエネルギーが、ない。

歳を取ったせいでエネルギーの相対量が減ってしまったことも大きいけど、身体のことをやるうちに、結局「自分は自分である」ということを身に沁みて感じ、自分以外にエネルギーをだんだんと割けなくなって来ているのだ。
世界で何が起こっても、周りが何を言っても、今を生きているのは、他でもない、私のこの身体一つ。

他人は他人。
自分は自分。
同族なんて、いるわけない。

だから、Twitterとかで社会や何かに対する恨みを撒き散らしている人を見ると、「おお、すげぇ」と思ってしまう。
莫大なエネルギーを、持っていてすげぇ、うらやましい、と。

さっき、社会を恨むことがあっただろうか、と自問したけれど。
私にも、もちろん、あった。

中学で不登校だった時。あの時自分は確かに、学校を恨んでいた。
なんで分かってくれないのと言って、周りの大人たちに、ナイフを振り回すようなことをしていた。

でも、大学を卒業したころ、ちょっとした用事があって中学の職員室に足を運んだ時、中3の時に教わっていた、抑圧的で教育的で、一番大嫌いだった国語の先生に、偶然鉢合わせした時、そのとたん、先生がはらはらと大粒の涙をこぼされて、

「お前、生きてたのか!

…お前は感受性が鋭すぎて、
ある時期は本当に脆くて危なかったな。
40年教師やってて、 初めての経験だった。
でも、 生きてて本当に良かった」

と言われた時に、抱えていた積年の恨みは、一気に氷解してしまった。

大人はだいたい、見ている。
しょうもない大人もいるかもしれないけど、若者のことを、だいたい見ている。
見えてなかったのは、自分のほうだ。
そう気づける年齢になった時に、人生の再編集が起きて、「あの時の大人の気持ち」が、分かる時が来る。

そうやって過去に起こった事を、たびたび編集し直す余地が、14歳から28歳までの間にあったから、
今、生きていられるのかもしれない。

そして、忘れる。再編集したとたんに忘れてしまう。
女の人は、この「忘れる」という作用が激しいなと思う。毎月の生理で、過去の一ヶ月間に起こった事を全部洗い流せるから。
生理期間というのはだいたい再編集の期間なのだ。一ヶ月経てば、一ヶ月前に起きたどんな失敗も恨みも怒りも、チャラになってしまう。
男の人は、というか男の子は、生理がないぶん、忘れる機会が少ないから、しんどいだろうなと思う。

忘れるというのは過去の自分の気持ちにシンパシーを感じなくなるということである。
自分の過去である他人に、共感できなくなるということである。
説教臭い大人が生まれるのはこのためだ。
私ももしかしたら、説教臭い大人になるんだろうか。まぁ、それでもいいけど。

「忘れられること」「自分の過去の人生を、編集し直せること」が、老いの特効薬であるとするなら、老いは、悪くない。
今の自分と、過去の地点の自分の間にある余白。
これまでたっぷり有してきた、過去の自分の人生を、編集し直す余地がたくさんあるというのが、「老い」の良さである。

そして、元気に、ポジティブに、悪いことを忘れて、生きてゆく。
あー、ほうれい線やばい、とか言いながら、人生を再編集して、これからも、どんどんしぶとく、老いてゆくのだなぁ、と思う。

「だてに歳食って」、よかったなぁ。

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見ることは生きること―「脳の右側で描け」のワークショップに参加した

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IMG_3327

 

アート・アンド・ブレインの「脳の右側で描け」のワークショップに参加した。

 

参考:「脳の右側で描け」のワークショップで自画像を描いたよ:小鳥ピヨピヨ

見るって魔法だ。
ゆっくり、丁寧にものを見ると、世界は美しくなる。
私は、私になれる。

 

***

 

四月、私は出版社に依頼されたエッセイの原稿がうまく書けずに悩んでいた。

面白い物を書きたいと思えば思うほど迷走し、頭はかんかんに煮詰まっていまにも爆発しそうで、喫茶店の氷の溶けきったグラスをいつまでもちびちび舐めては、ああ私ってなんて没個性なんだろうと、しくしく自分を苛めていた。

そんな時、偶然小鳥ピヨピヨさんのレビューを見て衝撃を受け、「これ絶対に受けた方がいいわ」という勘というかなんというか、よくわからないパッションに突き動かされて、速攻で申し込んだのである。

 

とはいえ絵を習ったことなんて、それこそ中学の美術の授業まで。しかも、成績は10段階中6(赤点ギリギリ)。

WSが始まる前に宿題で描いた自分の顔がこちら。

A&B3

 

ぶっちゃけ、微妙じゃん。

マジでこれがピヨピヨさんのブログの通り上達すんの?嘘でしょ。

 

基本はゆっくりよく見る。ただそれだけ

 

このWSでは5日間、毎日毎日、1日10時間ほどかけて、さまざまなアプローチで絵を描いて行く。

WSの効果を高めるため、私もピヨピヨさんに習い、全ての絵を左手で描く事にした。

さらに、WS中は携帯の電源を極力入れず、インターネットもせず、完全に右脳モードになるよう努めた。

 

ここで習う事の基本は、たった1つ。

ゆっくりよく見ること。

ただ、それだけ。

そのためこのWSでは、「1mm1秒で手元を見ずに描く」という基本のワークを大事にする。

1mm1秒の速度で、対象物の上で目を動かして、見たままを片手で描いてゆく。

 

そんなにゆっくりの速度でものを見るなんて、普段の生活の中ではめったにない。

むしろ、短い時間でどれだけたくさんの情報を得られるか、いつも必死だ。

電車の到着時刻、到着駅の名前のプレート、電光掲示板のニュース、ツイッター、facebookのフィード。

 

ここでは、そうした目の動きはいったんおいて、ただ見る事に集中する。

1mm1秒で、いろんなものを描いてゆく。

葉っぱ、手のシワ、目、鼻、口。

自分の好きなもの。

私は途中までこのワークがすごく苦手だった。ゆっくり描いていると、ものすごくイライラする。

齋藤先生曰く、「途中で発狂して教室を飛び出して行ってしまい、そのまま帰ってこなくなる人もいる」というから恐ろしい。

 

でも、この作業がめちゃくちゃ大事なのだ。

飽きずに淡々と続けていると、不思議とある時、世界と自分の視点がちゃんと交差して、対象の方が、勝手に目と結びついてくれる瞬間が来る。

皮膚のシワの一つ一つ、繊維の一本一本、毛羽立った隆起、細胞の一個一個が、ぐわっと向こうから迫ってきて、どんどんはっきり見えてくる。

勝手に世界の肌理が細かくなって、目がその中に入り込む感じ。目の前の世界の立体感が、いちいちすべて際立って、その面白さにただ没頭しているうち、不思議と手と目の動きが同調して、紙の上に現れてくる。とても気もちがいい。上手く描こうなんて全く思っていないのに、なぜだかちゃんと、見たまんまが絵になっている。

小学校の時のプールの授業で、水の上になーんにも考えずにぷかぷか浮いてるときの、あの感じ。自分の内側と外側が、ふいに一致して、世界の一部になったような気持ち。

ああ、自分は今まで、周りのものを見ているようで、何も見ていなかったのだ。

私の暮らしている世界は、こんなに凸凹して、隆起があって、平面でも垂直でもなく、2次元でも3次元でも4次元でもなく、目との結ばれ方によって、絶えず変化し、移ろうものだったなんて。

 

先生は

「現代人は、物体を見る時に、焦点をついつい、モノの手前に合わせて、ふわーっと全体を捉えるようにモノを見る癖がついているんですね。でも、アフリカのサバンナなんかで暮らしてる人は、遠くの敵が見えないと、命があぶない。だから視力が5.0あったりするんです。本当は、モノの上に焦点をピタっと合わせる事ができると、誰でも良く見る事ができるんですよ」って言ってた。

そういえばめがねのとよふくの先生も、

「イチローは視力0.5だけど、あんなにヒットが打てるのは、飛んでくるボールにぴったり焦点を合わせられる、そういう目の使い方をしているからだよ」と言っていた。

そういう力は、決して先天的な才能とか、限られた人の特殊能力じゃなかったのだ。

見えないのではない。見ていないだけだったんだ。

そしてそれは、自分で見ようとしさえすれば、ちゃんと、誰でも見えるものだったんだ。

 IMG_3372

積み上げた椅子のネガポジを描くワーク

IMG_3369

20分で耳を描くワーク

1日8時間、絵を描き続けて、脳は右側がじんじんとうなってとても痛い、アンド熱い、でとても体力的に持ちこたえられない。

先生曰く「今まで使っていなかった脳を使うため、1日目と2日目は脳と身体が疲労を起こして、帰りに道路で倒れてしまったり、バイクで事故を起こしたりする人がたくさんいて危ないので宿泊を推奨することにした」とのことだけど、本当にそんな感じ。

これは寝なあかんと思い、1日目は疲れ果て、倒れるように寝てしまったのだけど、夜中2時、はっと飛び起き、今まで書こうとしても書けなかったエッセイの原稿が、突然、書けた。超不思議。

先生は「睡眠中に、左脳と右脳の橋渡しが起きて、情報が整理されると飛躍的に能力が伸びる事があるので、だから睡眠が大事なんですねぇ」とおっとりとおっしゃっていたけれど、寝る事にそんな意味があったとは。なるほど寝ずに頑張ることで能力が伸びるとは限らないわけで。もっと寝よ。

***

4日目のフロー状態

 

で、不思議な事に、よーく物を見ていると、なんだか急にスイッチが入って、ものすごい集中に入る瞬間がやってくる。

 

良く、天才的なクリエイターとかスポーツ選手が、「ゾーンに入る」とか「フロー状態」になるって言うじゃん?

私はあれがいまいち信じられなかった。

でもね、それがなんと、1mm1秒でモノを見ていると、自然にやってくるのである。

4日目、目の前に座っている人の横顔の、髪の毛の一本一本を描いている時。

突然、急に時間と空間が、なんていうの、縁日の水飴みたいに、ぐんにゃりふわふわになってそこに包み込まれるような、ドラえもんのタイムマシンみたいな、虹色の光が高速でうねりながら自分の横を流れて行く感じ、その流れがとてもゆっくりと感じられる感じ、しかしてそのスピードは目の前の人のゆったりと耳の脇を流れる毛の流れのスピード(つまり止まっているということ)と一致していて、そんな、目の前の景色と時と自分の目が同期して時間が永遠に伸び縮みするような。で、それが超楽しい、ただおじさんの髪の毛描いてるだけやのに、人生の楽しいランキングベスト5くらいに入るでこれ、このまま永遠に続けばいいのに!!と思いながら、すごいハイテンションでうっとりぐるぐるひたすら描いて、描いて描いて、

LSDをキメたりするとこういう感覚になると聞くけれど、ああそれ自己生成できるんや、映画「恋の門」で、酒井若菜と松田龍平と松尾スズキ演じる漫画家3人が「楽しい~!!!!!」と叫びながら一心不乱にマンガを描くシーンがあって、なにこれうらやましい、こんな気持ちになることなんて私の人生で一体あるのかいなと思いながら見てたけど、それが突然ワーク中にやってきたのである。

村上春樹は20うん時間でノルウェイの森を書いたと言うけれど、あっ意外と、それ、誰でもなれるんじゃん。なれないってことは楽しんでないだけじゃん、っていうか、集中できないことは、楽しくないことなのだな、楽しくできることを、すればいいのだな、という至極単純な結論に落ち着く。

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ワークショップの間中、齋藤先生はにこにこしながら

「まずは、楽しむのが大事です。楽しくないことは伸びません。つらいと思ったら休む。なにやっても自由。とにかく、楽しんでやるために何をするか、を考えてください」

と繰り返し言っていたけど、あ、こういうことかぁ、と。

このワークショップで習う事って、絵だけじゃない。世界とどうやって関わるか、世界との接点をどう持つか。生き方の技法、そのものだ。

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(WS中、深夜に7時間半かけて描いた2枚の模写。左手。)

***

 

ただ、見る、ことの美しさ

 

で、そうこうしているうちに最終日。

最後の課題は「自分の姿を鏡に映して描く」こと。

最終日の課題が自分の姿って、キラーコースらしい、いかにもな課題だ。
だってこれほど「ただ見る」が難しいお題って無いんだもの。
自分の醜い部分はできるだけ見たくない。できるだけ上手く描きたいって欲も出る。
もうまったく楽しくない。齋藤先生に「楽しみましょう」って言われてんのに楽しくない。嘘でしょう、昨日までは楽しかったのに、これじゃ先生に顔向けできないじゃないか、と、半ばパニックになりながら悲壮な気持ちで描いていたけれど、途中、先生に「良く描けてますよ、とりあえず全体を完成させましょう」と言われてから心が落ち着いて、最後の30分でようやくゾーンに入れた。
宿題の自画像アゲイン

A&B3

で、最終日に描いたのがこちら。

A&B1

どうです、この成長っぷり。

いやもう自画自賛しちゃうよ!すごくない?!これ!!!!!しかも、左手だよ!!!!!

それもこれも全ては「ただ見る」を徹底するおかげ。

 

ちゃんと見ることって、世界を知るヒントになるのだなぁと思いながら、WSが終わった日の夜、へとへとになりながらいつもの銭湯に行き、湯船につかっていたら。

ふと顔を上げたその瞬間、目の前のちょっと高い位置にあるシャワーの蛇口のカーブのとこの、人の行き来を映してびかびかともだえまくる銀色、とか、湯船に沸き上がる無数の泡が、天井から降り注ぐ蛍光灯の光のもういちいちすべてを手篭めにするようりやりやとさわいでるとこ、とか、富士山の絵の、何度も固く塗り直されてむっつり黙る青、とか、女の人のお尻の、むりんと弧を描いてせりだしてくる肉の内側のピンク色の血管のもこもこ感、とか。

全部、全部、全部が1ミリ1秒の解像度のまま、球体であるわたしの眼に、全方位からピッチャーの投球速度で飛び込んで来て。

ああ、私が生きている世界は、実は、こんなにも美しかったんだ、

そしてそれはとても幸せなことなんだ、

そう気づいたとたん、涙があふれて、湯船の中でひとり、勝手に泣いてしまった。

 

私は本当はすごく、何かを描いたり、表現したりするのが好きな子どもだったのだ。

けれど、小学校四年の時、マンガを描いて親に見せたら、下品だからこんなもの描くなと言われてものすごくびっくりした。

ああ、私が描きたいものは、描いてはいけないんだな、そう思いそれっきり描くのをやめてしまった。

高校の時、本当はグラフィックの専門学校に行きたかったけど、厳しく反対されて、結局、行きたいのかどうかもよく考えず、興味のない大学に進学してしまった。

 

このワークショップでは、2日目に、子どもの頃に自分がどんな絵を描いていたかを思い出すワークがある。

それをやっている時、不意に、子どもの頃に見ていた世界が、脳の空白地帯に波のように押し寄せて来て、おもわず鉛筆を落としそうになった。

 

三輪車の赤。藤棚の光の緑。木の葉のすすけた茶色。雪道の発光する白。

 

ああ、私はこの綺麗な景色を、ちゃんと、知っていたんだ。

今、かたつむりの速度で見ている世界は、子どもの頃に、見ていた世界だったんだ……。

 

本当は、すごくすごく表現したくて、見たままの世界の綺麗さを表現したくて、でも、なぜか綺麗なものを綺麗なまま表現してはいけないような気がしていて。

勝手に自分をねじりあげて、出口を塞いでいたんだ。

自分で自分の見るものに、蓋をしてきていたんだ。

 

ああ、表現していいんだ、描いてもいいんだ。

今回、絵を描きながら、ずっとその事を思っていた。

好きに生きて良いんだ。

思ったままの事を、口に出してもいいんだ。

本当は文章でなくてもいいのかもしれない。なんでもいいのかもしれない。

 

私はただ、自分の見ている世界の美しさを、もっともっと、表現したい。

 

齋藤先生は、絶対に批判をしない。このワークショップのルールは、絶対に他人の作品の批判をしないことだ。

「日本の美術教育は、批判や批評をするでしょう。

批判を参加だと思っている人は多い。でも、批判されても、人は伸びません。

人の能力を伸ばすというのは、水が必要なら水をやって、日が射せば影を作り、必要に応じて葉をとってやる、そういうものです」

 

批判なんか加えないで、立ち上がってきた世界を、ただ、ただ、見たままに、美しいものは美しいままに、捉えればよかったんだ。

 

自分の力で、きちんと目を開けば、ちゃんと、私の形が見える。

私は私になれる。

 

何かを表現したくて、でもできなくて、病んでいる人はぜったい行くべきだ。

左脳で考えていたことを、右脳で捉えると、全く違った風に捉えられる。

生き方のくせ、考え方のくせ、そういったものを見つめて、でもそれはそのまんまでいいんだ、っていう、視点の書き直しができる。

そういう意味で、このワークショップは、右脳を使って自分をみつめる、自分で自分をカウンセリングできるようになるプロセスなんだなと思う。

 

(あとオタクの人も行くべきだ。自分の好きな対象がもっとかっこよく、もっと綺麗に見えるから。

好きな人やモノを、じっと見つめるっていいな、って思える。)

 

こうやって、いろんな人に出会って、少しずつ自分で自分の蓋を少しずつずらしていって、28年目で、本当にやりたかったことが、ようやくできるようになってきた、という感じがする。

そうであれば、老いるって悪くない。

老いるって成長だ。伸びるってことだ。自分のやり方で、好きな方向に、ぞんぶんに伸びれるようになるってことだ。

このワークショップに自腹で参加して、良さに気づけるぐらい、老いてよかったなぁ、成熟してよかったなぁ。

 

子どもの頃に落とした、かたっぽの靴を、今、拾い上げに行ったような気持ち。

 

これからしばらく、下手でもなんでもいいから、毎日絵を描いてゆきたい。

見える世界の美しさを、ただ、ただ、たのしみたい。

ゆっくりと、かたつむりの速度で。

IMG_3327

(エッシャーさん。)
※次の5デイのワークショップは、8月にあるそうです。
詳しくはこちらをどうぞ

 

 

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母、子、ら、せん、

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写真 (2)

 

ふいに人生の隙間にゆるゆると、涙が伝う時があり、

その時に胸の内に起きていることと現実のあわいに起きていることの差に次にわらってしまうのだけど、

過去のもやもやが、人生のある一点において結実して「あああれはそういうことだったんだ」と。そう思えることがふいに、飛び石のように人生に現れることがあり、思ったからってどうなるというわけではないのだけれど、でも少しは心が晴れるような気がして、

私の人生の気鬱はほぼ家族に関することなので仕事のあいまに時折考えたりもするのだけど、

けして考えたいことではないのだけれどもそうするとずんずんと行き止まりの井戸の底を掘り出しているような気になりわぁわぁとスコップを投げて逃げ出したくなることが常なのだけど、

それでも時折自分の人生の中に、たまにぱっくりと時空が割れることがあって、その時わたしは母なのだ。や、妄想ではあるけれど、ときおり、母の生きてきた時間が、ひとすじの波頭のように後ろからおいかけてきて、わたしのいま、生きている時間に一瞬かさなるときがあり、その時わたしは母の人生を生きている。ああ母はあの時こう考えてたのかもしれないとか、母は本当はこうだったのだ、とか、

ただのやわらかい辻褄合わせなのかもしれないけれど、さびしかったんだよね、ね、母さん。と追体験的に相手のことがわかったようになる、

これも「相手を理解した」って呼べるのかしら、ね、母さん。

愛してるはいつも勝手なすれ違いで、その思い込みが相手を傷つけてるかもしれず、

でも思い込みを思い込みと気づかないほど打ちのめされて自分に閉じ込められてしまうこともあるはずで、その結実が私だったとしてもそれはたぶん許すべきことなんだろう、むしろ彼女にとってそれがそうであるならもう許してあげようと思わなくもないけれど、このよくわからない悲しさはなんなんだ、
愛してたから産んだのといい後悔なんてしてないと熱の篭った目でいうのだけれど相変わらずその焦点はあってない。あってないので母の中にはもう入れない。どこまでもはじき出されてもう永遠に交わらない。
人間何かが重なってそうなってしまうということはあるわけで、自分に閉じこもってしまう日はきっとあるのだ。あるのだから仕方が無いと、親といういつまでも交わらない世界を、理解という名の諦め顔で、そっと内包する、そうしないと人の親というものは生きてはゆけぬ、生き直しの幽霊を子が背負わないと、人の親、というものは、ただ知らぬ顔では生きてはゆけないのだ、そう決めつけてまた自分を慰めて、だって慰めずしては生きてはおれなくて。

さみしいふたりの大人が作ったさみしい結実だとは知りつつ、そんな自分を誇りに思ったりもし、

ただ現実はそれ以上にさみしくて、

そのさみしさをべたべたと愚かな期待を手垢に混ぜて触るのだけどけっしてその中には入れない。母の中には戻れない。

けれども母の人生のらせんを、ゆる、と巻かれたそのらせんを、子は一緒におり直すことができる。どちらかが足を踏み外して、どっか行っちまうその時まで、ゆっくりとゆっくりと、彼女の外側を、歩くことはできる。

ただゆっくりとゆっくりと、回遊魚のように、近づけない珊瑚の枝を見つめながら、前を見れずに不器用に、ただ、ゆっくりと回るのだ。その価値を、とおき日に、この世に生を受けた日に、やっぱり知ってしまったから、

ただ、ただ、ゆっくりと、

ね、母さん。

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偽リアの憂鬱

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わたしが出版業界に入るきっかけになった、離島経済新聞社の鯨本編集長が、こんなことを言っていた。

「25歳まで、誘われた飲み会は全部、断らないで行くようにしてたけん」

 

私は20代前半はほぼ精神的ひきこもりで、怖くて飲み会に行けなかったし、行きたいと思っても、ぎりぎりになって急に嫌になってドタキャンしていた。

そのせいか「まともな」社会人になるのがだいぶ遅れてしまったのだが、いちおう、社会人の切れっぱしになった今、それを取り返すがごとく、鯨本さんの訓示を遵守し、誘われた飲み会は全部行くようにしている。

ところが、である。

飲み会に参加すると、その場は楽しいのだが、その後、ひどく落ち込むのである。

多くの人と話したあとの、あの落ち込み。

飲み会から帰って来て、へべれけな状態で自分の鏡の中の姿を見たとたん、取り憑いたものがすっと離れるように上気した気分がそがれてゆく。

飲んではしゃいで楽しく過ごせたはずなのに、次の日、前借りしたものがどっしりと返ってくるように、疲れが残って布団から出れなくなったりする。

 

別に、人とはなすのが嫌とか、飲むのが嫌いとかではない。

でも、楽しそうに話し、オーバーリアクションでへーとかほうとかあいづちを打ち、場の対流を崩さないように、かき混ぜてかき混ぜてかき混ぜて盛り上がった飲み会ほど、すごく疲れる。

 

内蔵にどすっと来るような疲れが取れないのだ。

 

この「コミュニケーション・リバウンド」とも呼べるような疲れに、対処のしようがあるのかどうか。

知り合いの社長さんに聞いたら「すごくしんどいけれどもどうにかして出かけないといけない時は、レッドブルを2、3本がぶ飲みしてから行く」と言っていた。

それはただの寿命の前借りである。却下。

 

なんでだろう。なんで自分は大勢の場に適応できないんだろう。

そう思っていたら、精神科医の名越康文先生の本にヒントがあった。

 

「相手を楽しませるために、10の話を100にして話したり、逆に関心も無いのに関心のあるようなリアクションを取ったり、楽しそうに振る舞ったりして、自分を「盛ってしまったりという経験は、誰にでもあると思います。こうした『舌が勝手につく嘘』は、実は「過去の渇き」と密接に関係しています。

こういう「舌が勝手につく嘘」は、誰しも身に覚えがあるものだし、ちょっと話を大きくしたり、尾ひれをつけたりするだけであれば、実害はないように感じます。しかし、これを放置しているとボディブローのように、自分の心にダメージを蓄積してしまうんです。

(中略)友人と飲みに行った帰りがけに、えもいわれぬ「挫折感」を覚えた経験はないでしょうか。飲み会で楽しく過ごしたときほど、帰り際、別れ際に不全感、挫折感を覚えてしまう。たいていの場合、僕らはそれを人と別れる事によるさびしさと理解しがちなんですが、実は、宴席において「舌が勝手につく嘘」を重ねてしまった、後悔による疲れであることが、少なくないんです。」(名越康文「驚く力」より)

 

 

そうか。そうだったのか。

 

実は「リア充」に見える人の、あんがい多くの割合、たぶん、30%くらいは、これに当てはまっていると思う。

 

リア充が集まる飲み会の、全員が場の雰囲気を壊さないように、流れを止めないために、大きなシーツのすそをひっぱって、うまく落とさないように支えている感じ。

流れを途絶えさせないように、壊さないように、絶え間なく気を使ってしまう感じ。

自分をこの場にふさわしい、朗らかで、好き嫌いがなくて、コミュニケーションの上手な人間のように見せかける。

飲み会が楽しくないのではない。自分が、その場から、滑り落ちなくてすむように、すむように、周到に、リア充シールドを張り巡らせて人と接しているから、緊張してエネルギーを消耗しているだけだ。

 

そっか。

適応できないから疲れるんじゃなく、適応過剰だから疲れるのか。

 

でも、飲み会の場をよく観察していると、流れなんてあるようでいて、実は霧散している。

本当は無いはずの流れを壊さないように、壊さないようにと、つい浮き足だってシーツを掴んでしまうから、自分で作り出した、よくわからないイキオイについつい飛ばされて、名越先生の言うような状態になってしまうんだろう。

 

気を使う人と飲むと疲れる。すごく。キャバ嬢と飲んでも安らげない人はこのタイプである。気を使う人に気を使ってしまって疲れるのだ。

家入さんとか、繊細なタイプの経営者には、こういう人が多いなぁ、という印象を受ける。

飲み会に参加したら、全員のシーツを落とさないように一身に引き受けてしまう。シーツをつい、落としてしまいそうなあぶなっかしい人のことも気にかけてしまう。

結果、消耗して自分の中に、大きなクレーターを残してしまう。

だから、全員が真のコミュ障の飲み会はとっても気楽だ。だれも気を使えないから、疲れもへったくれもないのである。

 

全員がリア充ぶり、いかにもコミュニケーションが上手そうにふるまう綺麗すぎる飲み会ほど、とても疲れるわりに全然楽しくないのである。

そんなところに、コミュ障が一人いるとなんだか全員がほっとするかんじがある。例えば岡田智博さんとか。

コミュ障は、全員が、やぶらないようにやぶらないようにしているシーツに、容赦なく裂け目を入れる。だからちょっとだけ安心する。

全員が、演技するのをちょっとだけ止められる。

反論する人もいるだろうが、コミュ障はヘタなコミュニケーション強者より、よっぽどコミュニティの潤滑油である。

 

最近、飲み会でもうあんまり話さなくなった。

飲み会で、ああ、自分は今、勝手に嘘をついてるなあと思ったら、試しに黙ってみる。黙ってぼーっとする。ぼーっとしていると、会場の中の、なんとなく流れのほころびのようなものが見える。

ほころびの中に、自分と同じようにぼーっとしている人がいる。

そういう人と、ぽつんぽつんと話してゆくと、さっきまでとは違った場所に、2人の輪が出来る。ぽっと三月兎の穴が開いて、みんなが保とうとしているシーツの下の秘密の世界に、行けるんである。

 

みんながわいわい盛り上がっているところに一生懸命ついていこうとするから疲れるのだ。

話そうと思って一生懸命話している中に、コミュニケーションは生まれない。コミュニケーションは、自分に「待て」を課したところ、止まったところから、いきなり生まれるのである。

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落ちる力

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写真

サーフィンを始めて3ヶ月が経つ。

今のところ、週に1、2度のペースで通い続けている。

 

サーフィンをしていて、一番大事だと思うのは

「落ちる」ことだ。

以前の私はとんだくよくよ虫だった。

一度、気持ちが落ちると、砂底にまで深く沈みこんで、なかなか浮上することができない。

肺魚のように底に埋まったまま、

「なんで自分はだめなんだろう」と、悩んでも仕方のない悩みをくよくよと悩み続けることが多かった。

しかし。

海の中では、そうはいかない。

落ちたら、すぐに立ち上がらなければいけない。次の波がやってくるからだ。いつまでも水中にいたら、次の波に流されてしまう。

沖から飛んでくる自分のボードに当たってケガをしてしまうかもしれない。

そうして、立ち上がって、向かいくる波を避け、すぐ沖に向かう。

このすぐ沖へ向かう動作が、私を強くする。

 

次の波の予感を、いつも、ほのかに感じながら生活をする。

さみしさにとらわれなくなったし、他人の挙動にいちいち、傷ついたり押し流されたりしなくなった。

一度落ちても、すぐに次の波がやってくる。

大丈夫、次の波に乗れば良いのだ。波の上に、板一枚をはさんで立てた時、そこにはすばらしい景色が待っている。

 

 

昨年友人に、言いがかりをつけられて、一方的に交友関係を断絶されるという「事件」があった。

その時に、会った事のない私の家族への罵倒や、「これから病気になる」などの呪いめいた言葉を投げかけられた。

なんでこの人にこんなことを言われなければいけないんだろう、自分の何が悪かったのか、とずっと考えていたが、

最近、その答えに思い当たった。

よく考えなくても、簡単なことだ。

私は彼にとっくに捨てられていたのである。私がどうこうというより、向こうのほうで私が要らなくなっていたから、理由はどうであれ、切り落としたというだけの話だった。

以前から、あれっ、なんかおかしいなと思うようなことをされたり言われたりしていたが、

両者とも、互いに要らなくなっていたことに気づくのが遅かっただけのことだ。

 

捨てた人間になら、自分の弱さをすげかえてぶつけることだってできるし、相手の気持ちを考えずにどんな事だって出来る。それが人間というものだ。

自分が今まで容赦なく捨てた人間のことを考えた。

なぁんだ。捨てられただけだったんだ。

 

この、「捨てられる」というのをもっと大事にしようと思う。

捨てられたら、どこかから落ちたら、「落ちた」と感じて、立ち上がって、すぐに沖を見なければ。

次の波はもう、すぐやってくるのだから。

 

 

 

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そろそろ「モテ」とか言ってる女子はヤバい

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最近思うのは、「そろそろ“モテ”とか言ってる女子は、オワコンなんじゃないか?」ということである。

 

モテをめぐるメディア界に異変が起きている。

 

長い間、モテない女たちの不安を必死に煽っては消費へと駆り立てていたananですら、最近、カルチャー誌っぽい路線にリニューアルしたし、

「○○でモテるための3つの方法」など、しょうもないモテテクニックを二足三文ライターに書かせて垂れ流してきたウェブメディアですら、記事の結びでライター自ら「こういうモテマニュアルみたいなのを鵜呑みにしてたからって、決してモテるわけではありませんが…」と、自己言及しはじめる始末(お前がいうなよって感じだけど)。

極めつけは「恋より楽しいことがある」というキャッチコピーをひっさげて登場した、女性カルチャー誌「RoLa」だ。ディープな趣味に焦点を絞り込み、「モテ」や「綺麗になること」「男に愛される事」をきれいさっぱりと脱ぎ捨てた潔さが光る。

 

カンのいい女たちは「モテ」に飽き始めている。

というよりも、もう、モテてもあんまりいいことないんじゃないか、

自分を抑えて、男ウケを目指しても、あんまりいいことないんじゃないか、とうすうす感づきはじめている。

 

とはいえ私もかつてはモテに必死だった。

大学に入学したての頃の私は、どうにかしてモテたくて、でも圧倒的にモテなくてモテなくてモテなくて、ヤバいくらいにモテなかった。

 

必死に声をワントーン高くする練習とかしてたし、マルイで好きでもないピンクのニットを買い、似合いもしない茶髪のゆるふわパーマを無理してかけてた。でも剛毛な上にホリが深いので、似たのはえびちゃんではなくジ・アルフィーのたかみーだった。蝶蝶さん系の恋愛マニュアルを読みまくり、「さりげないボディタッチ」を繰り出そうとして全くさりげなくない気持ち悪い感じになってた。

どんだけ容姿を磨いても、なんで自分はモテないんだろう。どうやったら他人に好かれるんだろう、そればっかり考えてた。

で、あまりにもモテないもんだから、勉強してこよう!と思い、飛び込んだのが銀座の高級クラブ。

銀座のお姉さんたちは「モテ」が仕事。モテマニュアルを書くような、キレイな銀座のホステスさんたちから、なんとか男心を掴むコツを盗んで、この非モテ地獄から抜け出そう…と画策したのである。

 

けれど、私がバイトを始めた銀座で45年の老舗のクラブは、「モテの殿堂」というよりもどちらかというと

「モンスターズユニバーシティ」だった。

 

客の話をさえぎり、自分が空中浮遊した話を延々とし続けるママ。

IKKOを70kgまで太らせたようなお姉さん。

VIPルームでは、全身白いファーに、青いアイシャドウを塗りたくったファービー×マツコデラックスみたいな女性が、大企業の社長をはべらせながらも全ラメのケータイをいじくっている。

 

モンスターばっかりやんけ!!!!!つーか、モテはどこに…?

 

しかし実際、綺麗なホステスさんよりもぶっとい客をくわえこんでいるのは、こういうピクサー系のお姉さんたちだったし、同伴でママに行ってきなさいと送り出された、看板のない寿司屋の奥座敷で、某銀行の元重役のとなりに座っていた愛人の女性は、そのへんのスーパーにいそうな、サザエさんみたいな服を着たおばさんだった。

 

「ああ、この人たちは、”モテ”とかじゃなく”自分”を仕事にしているんだな」と思った。

自分という魔力で、男を惹き付けてるんだろうな、と。

 

男ウケする容姿や服装を追求するより、好きなスタイルを追求したほうが、結局モテるのでは…?
そう、うすうす感じつつも、私はその後も必死でモテの鋳型に自分をハメつづけ、フラれてフラれてフラれ続けた。

 

が、卒業後。

ひょんなことから生きる気力自体が萎え、シェアハウスでニート兼引きこもりになり、他人の目を気にすることすらもめんどうくさくなって、風呂にも入らず死にそうなアライグマみたいな風貌で人前に出るようになった途端。

なんか、びっくりするほどモテるようになったのである。

特に、経営者とか、自分でなんかやってるような人たちに。

 

彼らには2種類いて、一つは金を稼ぐ事で、コンプレックスを克服したい与沢翼系。もう一つは、こだわりが強くて、自分の好きなことを追い求めていたら社長業に行き着いてしまった、でも女の子は口説けない精神的童貞系。

後者のタイプは、CamCan系の外見に気を使い、グラスが空くやいなやスナイパーのごとく瞬時に酒を注ぎ込む女子とは話せなくても、アライグマみたいな相手とは「ボクでも話せる相手がいる!」と目をうるうるさせる。

こうして、外見に気を使わず、相手にも気を使わないようになればなるほど、私はモテていった。

「死にそうなアライグマでも、男に愛されたり、好かれたりするんだ!!!!」

いったい今まで自分がピンクのニットとゆるふわパーマ代につぎ込んできたお金はなんだったのか。マルイに落とせる金があるなら、「少女革命ウテナ」のDVD-BOX(上下)を買っておけばよかった。

 

…こうして、念願だったモテを実現したものの。

でも、モテるようになったからといって、幸せになれるか、っていうと、はっきり言って、そうじゃないんだなー。

 

モテても手に入るのは、男の数だけであって、自分からわき上がる愛ではない。

電池が切れていればモーターは回らないように、自分で自分を満たせなければ、他人からの好意をいくら注ぎ込んだって、何も生まれない。

どんだけステータスの高い相手に好かれたって、ちんこをまんこに導いたって、自分自身の欠乏は、埋まるもんじゃない。

 

結局、自分の心を本当に満たすのはやっぱり、仕事だ。

モテる喜びはいつか消えてしまうけれど、仕事の達成感は、人と共有できるカタチでいつまでも残り続ける。

これまで「異性には事欠かないけれど、なんだか幸せそうじゃない」女子が、打ち込める仕事に出会ったとたん、憑き物が落ちたように幸せになっていくのを間近で見てきたし、私も「これは自分の仕事だ」と思える仕事が見つかってからは、最後にちょっとだけ残ってた、モテたい願望はさっぱり消えた。

 

もうね、はっきり言って、モテを目指さないほうが、結果としてモテるから!!男子も女子も!!!

二村ヒトシさんが「モテたくて仕方がない男子はキモいからモテない」と書いていたけど、モテたい女子にも、それは当てはまる。

モテを目指す女子or男子からは「私、人に好かれたいんです」ってオーラがぷんぷんに出てる。

「愛されたいの!」と顔に書いてある人を、愛したいと思う人なんか、果たしているだろうか?

 

この記事(「他人から求められたい」)にも書いたけど、求められることを求めると、誰にも求められない。

「人に好かれる」ことを求めてると、けっきょく「人に好かれたい人の類型」みたいな、輪郭のはっきりしないマシュマロのお化けができあがるだけで、あなたの姿はどこにもなくなってしまう。

それで人に好かれて、結局、嬉しいんだろうか?

 

もう、世の女子たちは、モテマニュアルや女性誌を鵜呑みにして、

「スゴーイ」とか「そうなんだー」とか言ってる場合じゃないよ。

 

あんなの、嘘だから!!!!!!

 

本当のところ、ほんとに「スゴーイ」男は、女の子に「スゴーイ」って言われてもあんまり喜ばないから。

「スゴーイ」て言われて喜ぶ男は、すごくない男だけだから。(もしくは、社会的には一定の評価を得ていても、自尊心が満たされてない幼稚な男だけ)

 

「そうなんだー」とかオウムみたいに言ってても、頭の良い男には「こいつ、頭悪いんか」と思われるだけだからね。

聞き上手になりましょうとか言ってる場合じゃない。

男の話黙って聞いてあげて、好かれるとか、それ、お金もらってない風俗嬢と一緒だから。

 

まあ、結婚したいのなら、それでもいいのかもね。

(でも、今年取材で出会った、豊洲のタワマンに住むセレブ奥様は「女の幸せは男に選ばれる事」と口で言いつつ、全く自分の人生に納得してなかったよ。彼女たちが渇望してるのは「仕事」。社会に求められる、自分だけの武器がないのが苦しい、と彼女は語っていた。モテ界の大貧民で、大富豪アガりをキメたような彼女たちでも、最終的に求めるものは「自分自身の納得」なんだよねぇ。)

 

もうね、いいかげん、モテとかいうの、やめればいいじゃん!!

また、モテを放棄したことを、世間に申し訳なさそうに「こじらせ」とか言って言い訳する必要もないのでは?

 

モテないことや、自分がモテ系じゃない事に悩んでいる女子は、モテないことこそ、喜んだらいいと思う。

自分には類型化されない魅力があるんだからさぁぁ。

 

モテとか言ってる女子の方がはっきり言ってこの先ヤバいし、そんなことで自意識をこじらせてる場合だったら、まず、誰にも左右されない自分だけの基準を作ったら?

 

もちろん、異性を意識するのは、すごく良い事ではあると思う。何歳になっても、男女問わず、おしゃれで色気のある人は素敵だし。

ただ、世間が提案するガイドラインに従って、行動するのはもうあんまそれ、メリットないんじゃない、って事。

もうね、モテるかどうかで勝ち負けの決まる時代じゃないし、

2014年以降は、「モテ」とか言ってる男女は非モテよりもむしろ痛々しい目で見られるようになると思うよ。

 

 

…あ、本にはこーゆーこと、書けばいいのか。

納得。

 

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