“マイナビ2013の広告が気持ち悪い”と話題みたいですね。

 

マイナビ2013の広告が気持ち悪すぎる」というブログ記事がアクセスを集めているようですし、twitterでは「気持ち悪い」とか「うわぁ」とか、批判的な感想が多く述べられています。

 

わたしは最初これを見たとき、「なんて素晴らしい広告なんだ!」と思いました。


なぜか。

それは、あの広告がとても「正直」だから。誠実とさえ言えます。

 

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マイナビのターゲットは、あれを見ても「気持ち悪い」と感じない、もしくは感じたとしてもその自身の感覚を無かったことにしてしまえるほどには身体的・生理的感度の低い学生だと思います。

あの広告を見て生理的嫌悪感を感じる人は、ハナっからマイナビのアクティブユーザーになんかならないだろうし、

そんな人たちはハナっからマイナビのターゲットではないからです。

ですから、ユーザーの選別という意味ではあの広告は非常に精度が高い。

たぶんあれを作ったクリエイターは、生理的気持ち悪さみたいなものに対する感覚が鋭敏な人なんじゃないかと思う。

「生理的感覚によって、人は仕分けされる」ということをよく分かっている。

だからこそあの異様な広告表現を採択したのでしょう。

マイナビの空気感とか、性質とか、「マイナビのほうで」必要としているターゲットをとてもわかりやすく表している。透徹したクリエイティビティ。

 

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すごく当たり前のことですけど、

“広告が何を表現するか”は、

“広告主が何を求めていないか”の裏返しです。

豪華絢爛な広告のロレックスは、貧乏人はハナから相手にしていないし、

ベネトンのあの広告を見て怒り出す人を、ベネトンはハナからターゲットとしていないでしょう。

わたしも就活していた時、一瞬だけマイナビに登録してすぐ使うのをやめたので知っていますが、

マイナビに出してる企業って基本、日本的なモッサリした企業ですよね。

そういう企業が求めるのは、企業風土と同じくモッサリした、“自分が鈍感でいること”が苦痛でない新卒生でしょう。

この広告を見て、マイナビを使うのを辞めてしまうほど、自分の生理に敏感な学生がそんな古典的企業でやっていけるはずがなく、企業はそんな学生ハナっから求めていません。

内田樹先生は自身の著書の中で、CanCam系の服装について、

女子が大学デビュー等で新しいコミュニティに順応せねばならない時、

「“何を着るべきか”は分からないけど、“何を着るべきわからないときに何を着るべきか”を私は分かっている人間です」

と周囲にアナウンスするための記号であると述べています。

同様にマイナビは、

職業選択を迫られる期間に突入し、周囲からのプレッシャー等でいやがおうにもアクションを求められてしまった学生、つまり

「“何をするべきか”は分からないけれど、“何をするべきか分からない時に何をするべきか”は分かっている学生」が、

いちっばん最初にとりあえず登録して、知ってる有名企業にかたっぱしからエントリするためのツールです。その中から内定をどうにかこうにかゲットするような学生が使ってくれればよい。

自分がどうすべきかをその優れた生理感覚で把握できている学生だったら、ハナッからマイナビなんて登録しません。

だから、マイナビの広告はあれで成功なんです。

 

 

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広告は前時代のようにだれでもかれでも囲いこむのではなく、これからは広告のほうでユーザーを選別する、ふるい落とす力を強めたほうがいいのではないでしょうか。

これだけモノも売れないし、消費者も多様化した時代だからこそ、その商品にとっての適切なユーザーをはっきりと示してくれたほうが、消費者にとってもハッピー。

「僕たちはこういうユーザーしかいらんから、違う人はヨソのとこ行って!」って。

ガラパゴス諸島はガラパゴス諸島であるというアイデンティティをきちんと示してくれこそ、そこに適性のある生き物たちだけが残ってくれる。双方にとって便利です。

ユーザーと商品のハッピーマリアージュ。

マイナビはそれを先陣切ってやってくれてる。すばらしいじゃないですか。

 

ま、広告のことなんて知らんけど。

 

 

え?わたしが学生だったら?

もちろん使いませんよ。だって気持ち悪いもん。

 

ちゃんちゃん♪


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

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