惑星の軌道と恋の話


好きな男がいる、というだけで、なぜこんなにも幸せなのだろう。
朝、目が覚めて、彼がこの世に存在することを考える。それだけで幸せな気持ちになる。twitterのタイムラインをチェックして、彼の「いいね!」リストの数が増えていることを確認して、彼の生存を確認して、くすっとする。それだけで、今日1日に意味があるような気がする。
付き合いたいわけじゃない。タイトルには便宜的に恋、と書いたけど、恋愛かというとそうでないような気もするし、そうであるような気もするし、(そうでないような気、が先に来るということはきっとそうではない、よりだろう)それでも、好き、という感情はダイヤモンドの純度と硬さでごろりとこの胸の内側に転がっていて、氷柱のように体の内側を頭から足の先まで貫いている。

繰り返すが、付き合いたいわけじゃない。自分でもおかしいと思うが、彼が存在してくれているだけで幸せなのだ。ただ、愛でたい。彼の体の髄を引っこ抜いて舐め尽くしたい。彼の、一本、すきっと芯の通った体を、柔らかそうな内臓ごと抱きしめたい。少しかさっとした障子紙のような皮膚を撫でたい。ただ胸をくっつけて、心臓の鼓動を体に移して、彼の心臓が逐一絶え間なく動いていることを、確かめたい。空中に漂う透明な毛布のお化けになって、彼が落ち込んでいる時には、後ろからそっと抱きしめたい。

独占したいとはつゆほども思わない。もし、彼に他に好きな女が出来て、相手に恋い焦がれて、仲良く手をつないでデートしたり、したとしたら?……うーん、想像しても、嫉妬の気持ちも芽生えないどころか、もし彼がそれで幸せならうれしいとさえ思ってしまう。
それじゃ、アイドルとかと一緒じゃん、って思われるかもしれないけど、そうじゃない。弱音があれば吐き出してほしい。困ったことがあったら共有して、相手の感情を感じたい。喜んだり、悲しんだり、仕事で嫌なことあってうへぇ、とか、小さなやった、とか、美味しいもの食べてるんるん、とか、そういう微細な変化を知りたい(まあそんなの、最近はSNSでもできるんだけど)。尊敬する部分も大きいし、30前後の男の、肉体の重みを持つ存在として彼を捉えたい。

女友達にそこまで話したら、怪訝な顔をされた。付き合いたいわけじゃないって、付き合えないことの言い訳にしてない?……答えはノーだ。だってもし、万が一相手に「付き合って」と言われても断るもの。

そういうんじゃないのだ。
ただ、私は彼と並行したいだけなのだ。

いつだったか、前の前の前の、その前の思い出せないくらい前に付き合っていた恋人が言ってた。
「僕は人と人との関係を、惑星みたいなものだと思ってる」って。
その時、私は恋人と別れた後に会えなくなるのが怖くてそのことばかりを心配していた。そう伝えると、彼は冷静な顔をしてこう言った。
「惑星はその惑星だけの軌道を描いて回る。大きな周期のも、小回りのもある。ぐにゃぐにゃ、ジグザグの軌道のやつだっているかもしれない。その中でたまたま、互いの軌道が偶然重なり合ったら、しばしの間ともに宇宙を旅する。長く連れ沿う軌道もあれば、一瞬、強烈に近づいて、また離れて行く星もある。どんなにぴったり軌道が重なっていると思えても、永遠はない。いつか少しずつずれて、離れて行く」
「それじゃあ、結局離れていっちゃうじゃない」と言ったら、彼はこう続けた。
「その時は反れて離れたとしても、惑星は回り続けるだろう?何度も繰り返す長い周回のどこかで、再び近づくことだってある。軌道の大きさはそれぞれ違うんだ。広い宇宙の別の場所で、あるいは違う角度から、再び並行することもある。繰り返すけど、永遠はないんだよ。別れに関してもね」って。
きざだなぁ、と思う一方で、不思議とその考え方に納得もした。

私たちは、自分の軌道しか描けない。どんなに頑張ったって、他人と同じ線は辿れない。
近くなったり遠くなったり、交わったり、並行したり。それを無数の天体たちと繰り返す。生まれてから、死ぬまで。他の星々が織りなす宇宙の景色に見惚れ、偶然、隣り合った惑星たちの、その煌めく配置の妙味を味わいながら、ゆっくりと、また次の場所へ。

そうだ。私は彼と「並行したい」だけなのだ。彼と言う星を、できれば軌跡の余韻を感じられるくらいの近さで、ただ見ていたいだけなのだ。できる限り並行して、彼の軌道をいいね、いいね、って言祝ぎたいだけなのだ。私は私の軌道の上をただひた走るだけ。彼もそれでいい。それで、軌道が遠ざかれば、またばいばいして、でも、彼という星の美しさは、その時、地表に映し出された陰影の表情は、私の目から入り、一生、身体の奥に残る。
誰かと付き合う、というのは、できるだけ軌道を共にしたい、に近しい。結婚の契約は無理やり引力でもって惑星同士をくっつける行為。でも、私が望むのは、そんなことじゃない。いつかは軌道を異にして離れて行く、それがわかっているから、無理にくっつけたいと思わない。性質も違う、ぱかんと割ったら、中から鉄と水くらい違うものが溢れるはずだ。お互いに、長い期間を共にする惑星は他にある。だけど、今は、彼のそばを並行したい。ただ、銀河を回る君を見ていたい。星の表面の凸凹がわかるくらいの距離で。

そういう感じ。

(2017.10.18)


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

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