付き合う、とかまるで無意味


10月某日

好きで好きで仕方のない男とカラオケに行って、べろべろに酔っ払い勢いでキスする。相手が自由に振舞っているのを見たら安心して、ぱかっと心の蓋が開いて気づいたらキスしていた。頭の底がスコーンと抜けるような感じ。友達に『セックス中に勝手にキマる女の子いるけど、あれ、だめですよ』って言われたことを思い出すけど心地よくて、勝手にキマッてしまう、でも、相手は私をたぶん受け入れてくれるだろうという安心感があり、抗えない。人生で初めて何も考えないで求めてしまうようなキスをする。手を振って別れる。タクシーの後部座席の窓から眺める相手はなんだかひどく遠く感じる。

11月某日

久しぶりに会う人とデート。この人は本当に優しくてかわいい。優しすぎて大丈夫かなと心配になるくらい。生まれたての子犬みたいにいろいろがだだ漏れしていて、そこまで他人相手に開けるのか、と思う。頑張ってる男の人は皆かわいくて愛でたい。

彼は常に気苦労を抱えている。仕事でやっていることが大変なことばかりでしかも特殊だから人に話せないんだって。大変なことは全部、頭の中に全部しまっておくんですよと言ってた。そういう男の人は別の場所の蓋をどこかで開いておかないと、生きてゆくのが大変そう。だから結婚とかするのかな。

11月某日

昔一瞬だけ付き合っていた男友達と久しぶりに会う。一回セックスしてから友達になった相手はなんでも話せて気が楽。彼は見た目も清廉で、才能もあって心優しいジェントルマンだがもう何年も恋人がいない。付き合うとなるともう傷つきたくなく、結婚のこともあり、つい二の足を踏んでしまうのだそうだ。最近会う30歳前後の未婚の男友達は全員同じようなことを言う。これぐらいの歳でラブ・クライシスが訪れるのか?もったいないこと。私からするとどうでもいい男から順に結婚して行って魅力的な男ばかりが残っているように思えるのだが。

久しぶりに「遊び」らしい遊びをする。真鍋大度、会場を音と映像で抱いてた。MUTEK来年も行きたい。

11月某日

好きな男とデート。好きと言っても付き合いたいとか恋しいとか、そういう感じには全くならない。性的な感じでもない。ただ存在自体が好きで、軌道が重ならない美しい天体を眺めるように見ていたいだけだ。けど同時に、この人といるといつも心に鍵をかけているなと思う。時々、会話の途中で時々相手の言葉の中に『セリフ』が混じるときがあって、お互いに無理をしているのかもしれない。何かひと枠大きなものに自分をあてはめようとしているような。たぶん私も。一体、どうしたいんだろう。

手を繋ぐのは好きだ。相手の手は指が細くて、子供みたいな手。私の手の方が小さいのに、肉厚で、比べると私の方が大きな感じがする。たぶん相手は私の手の感触をそれほど気に入ってない。

めちゃくちゃ丸い月が出ていて、綺麗だね~と言って指差したが相手は首を痛めていたので振り返ることすらできず、夜中に並んでいるときにあ、やっと見れたわと言っていた。

11月某日

熱海に行く。経営者のべらぼうに稼いでいる女の人と、昔べらぼうに稼いでいた男の人と。女の人は無邪気でオーラが明るくて素敵だ、肌なんかヴィクトリア朝時代の陶器みたいでツルッとして雅で何してるんですかといったらココナツオイル塗ってるだけだよと返された。経営をしている人を見ると、現実をばりばりに動かしている感があって、ただただかっこいいなと見惚れる。私なんか半分頭の中に住んでいるもんだから現実がどんどんずれてく、下降するエスカレーターを懸命に昇っているみたい。

11月某日

雨の降る公園を歩いていたらお姫様だっこされた。お姫様だっこと書くとロマンチックな感じだが実際は子供みたいなだっこだ。そういう抱きしめられ方は久しぶりだった。相手の耳の裏を嗅いだら赤ちゃんの匂いがして安心した。この人は私のお父さんじゃないかと思うこともあるが、心の中を覗くと9歳くらいの男の子が住んでいる。たぶんみんな心のうちでは子供だ。鍵をかけているだけで。

好きな男に呼び出される。実のお姉ちゃんとセックスしてるみたいで罪悪感があるから二度はセックスできないと言われる。ふざけんな私はあんたのお姉ちゃんじゃないと思うがよく考えたら私の相手に対する愛で方はお姉さんが弟に対してするそれとほとんど変わらないからそう思われても仕方ないなと思う。相手のセックスについてひどいことを言ってしまって後悔する。どう接していいかわからない。しかし自分のあり方は相手にとっては重いだろうなと思う。自分がなんだかおかしな感じがして、ずっと空振りし続けている感じ。しかし彼にそう言われてとことんしっくりくる感じもあり、円満に別れたが何か大きなものが残った。

友達でいたい。ただただ友達でいたい。大切なものを分け合った友達で。けど私の場合それは粘膜の接触のあるなしとまるで関係がなく、挿入如何にかかわらず皮膚で淡く繋がっていたく、友達だとか恋人だとかの枠組みもどうでもよく、そのあわいの可能性を残しておくほうがよほど気持ちがいいじゃないと思うんだけど相手は枠組みが重要なのだという、彼の描く「友情」と「性愛」を縦横の軸にした4象限のマトリクスに全然私は共感できず、揺らがない象限なんてないし常に直線なxy軸もない、セフレだろうと友達だろうとカップルだろうと、それは社会が勝手に取り決めた枠組みであって、そんなもんを守ろうとした瞬間に関係は崩れてつまんなくなるのにアホか理系め、と心の中で罵ったけど、相手可愛さから言えず。彼がそれを必要としているのならもう仕方がないとも思うし、本当のところは私がただ重いだけじゃないかと思う。たかが友達でいるのに、私たちはどれだけ非効率なプロセスを踏んでいるのだろう。

それはそれとして翌日相手が幸せそうにしているのをSNSで確認して、とても嬉しく、気持ちがほっこりする。そこは変わらない。

現実の言葉は重くねばく、1秒遅れでやってきて何も伝えられない。文章でしか自分の思っていることが表現できない。

付き合ってくださいも一生大切にしますも生活の中の行間の一部でしかなくて、まったく退屈で、一体それに何の意味があるのだろう、彼らはなぜそんなことを……関係に意味づけをしたがるのだろう、社会はなぜそれを求めるのだろう、私は何がしたいのだろう、頑張っている男の人は全員可愛く皆抱ける気がするが、抱かれたいと思う人はこの世で一人だけだ。


投稿者:

miyuki.ono1228

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

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