小説:あまたの泡【2】偉い人の話は聞かなくていい


 僕が「刻の湯」にやってきたのはつい3週間前のことだ。
 
 大学の卒業式の日はあいにくの曇天だった。ざまあみろ、と僕はひとりごちた。そうしたところで気分はまったく晴れないにせよ。
 卒業式の送辞で学長は4回も「希望ある未来」と言った。
「ええ、皆さんはこれから希望あふれる未来へと旅立って行くわけでして、グローバル・リーダーシップを発揮し、国際社会経済を牽引して行く人材として……」
 自分とはまるでエンのない言葉が紙っぺらみたいに頭上をひらひらと飛んでゆく。周りを見渡せば、みな嬉しそうに手の中に隠し持ったスマホの中を覗き込むか居眠りをしているかで、だぁれも学長の言葉なんか聴いちゃいない。当たり前だ。「偉い人の話は真剣に聞かなくていい」ってのが、僕たちが小学校入学から足掛け16年間の教育機関で学ぶ最も重要なことなんだから。もっとも「聞いてるフリの上手いやつが、世の中で最も重宝される」ってのも同時に学ぶべき2番目に大事なことで、それに気づけるかどうかはそれぞれの裁量次第なんだけど。
 
 心底うんざりした気持ちで、僕は大量のスーツや袴の群れとともに大講堂の外へと出て、4年間通った坂道を下り、大学の最寄りである渋谷駅へと向かった。
 目の前を行く卒業生たちはこんなに肌寒い天気を物ともせずに頬を紅潮させ、わぁわぁと嬉しそうだ。そのうち雨が降り始めて、戯れる学生たちの頭の上を、細やかな銀の水滴が覆ったが、みなさして気にしてもいない。
「24」という映画がある。特殊なスカウターを通すと、人生の残り時間が数字となってその人の頭の上に浮かんで見えるという設定なのだが、今日限りは僕の目にも特殊なスカウターがあるみたいだ。群れながら歩いてく学生たちの頭の上に、文字が見える。内定アリ。内定アリ。人気企業に内定アリ。アリ。アリ。みーんな、内定アリばっかり。曇天にとけ込むような地味な色のスーツの群れは、後ろから見れば誰が誰だかも区別はつかないのに、顔を見れば、肌の張り具合や笑顔の明るさで、その人間の将来のランキングが如実に分かるような気がした。
 僕の頭の上には、たぶん、何の文字も浮かんでない。
「卒業」がおめでたいのは、次の行き先が決まっている人間、だけなんじゃないのかなぁ。
 
 最高に惨めな気持ちで、僕は近くにあった銀色のダスト・ボックスに受け取ったばかりの卒業証書を放り込んだ。この紙が俺の未来にとって何の意味を持つのか、現時点では全くもって分からなかった。
 この、絶えず人を吐き出し、全員がどこかへと消えてゆく渋谷駅前の交差点において、たった一人、僕だけが行き先を持たない気がした。目の前に広がる無数の白線のその一本を超えることすらもためらわれて、僕はどこに行ったらいいのかもわからず、冷たい雨に打たれたまま、濁流のように人の流れ続けるスクランブル交差点の前に佇んでいた。
 
 
 幼馴染の蝶子から一通のメールが届いたのはその時だった。
 
 そこにはたった一言「ここに15時」という文言と、町名と番地のみで構成されたシンプルな住所が書かれていた。
 
 
 やつの呼び出しはいつもこうだ。こちらの都合などお構いなしに、理由も言わず唐突に僕をあちこちに呼びつける。それは陰毛が生え始めたばかりのガキの頃、僕が共に育った気安さをうっかり恋と勘違いしてのぼせ上がり、彼女に告白してこっぴどく振られたという苦々しい思い出があるからで、彼女は僕がそれに負い目を感じていることを知っていて、僕を犬の尾のように振り回す。TSUTAYAでDVDを10本借りたいけれど、彼女のカードが貸出の上限を超えているとか、男との別れ話の際に、彼氏役として何も言わずにカフェの隣の席に座らせておきたい時、だとか。それをシャクに思いつつ、しかし彼女の存在は、友達の少ない僕にとっては大学生活の4年間を乗り切るだけの命綱のような存在だった。
 
 
 僕は雨に濡れてすっかり重たくなった29800円のアオキのスーツと、水を含んでネズミ色になった履きつぶした革靴を引きずって、大学の4年間を通い続けた渋谷駅から電車に乗り、目的地に向かった。
 電車は渋谷でたくさんの人を吸い込んだが、東京の東側に近づくにつれて徐々にまばらになり、目的地の最寄りの駅に着く頃には車内には人はほとんど残っていなかった。俺はやたらに幅の広いホームと、無人の改札にびびりながら駅の外に出た。
 
 駅を出てすぐに道は細かく分かれ、枝葉のように入り組んだ路地へと続いていた。両側には鈍色の雑居が押し合いへし合い並び、大通りの喧騒を遠くに押しやっていた。家々の垣根の向こうからは、曲がりくねった木々たちが裸の枝を寒々しく伸ばしている。
 そろばん教室、やらミシンあります、やらの古い手書きの看板が、曇りガラスに覆われた店の入り口に引っかかっている。渋谷の街のハイビジョンパネルの広告のようなけたたましい主張はないが、文字の筆跡や塗り重ねられたペンキのあとから、描いた人間の人柄がかいま見えるようだった。何かが削れるキィンという音が、工場らしき四角く低い灰色の建物の中から聞こえてくる。
 本当にここは東京なのか。これまで4年間暮らした東京の西半分とはあまりにも違う景色に、俺はおもわず歩幅を狭め、あたりを見渡しながらゆっくりと細い坂を下った。
 
 路地はさらに密になり、かと思うと急に広く、コンビニやらビデオ店やらの並ぶ通りに急に接続したりして、方向感覚を狂わせる。急勾配の坂が続き、降ったかと思えばまた上がり、現在地がつかめない。古い家々の屋根の切れ目から空を見上げると、遠くの方に一筋に煙が立ち上っているのが見えた。俺にはそれが何の煙かわからなかった。
 
 小さな赤い橋の架かる浅い川を越えたあたりから、スマホの地図は急に効かなくなった。
 現在地を示す青い点は、灰色の四角のぎっしりと並ぶ画面の上で情けなくふらふらとさまよっている。整然と並んだビル街では役に立つマップアプリも、こうした細い路地の混み入る場所では案外、役に立たない。どちらに向かうべきか迷っている間にバッテリーが切れてしまった。昨日、やけ酒をあおっているうちにそのまま寝てしまい、充電するのを忘れていたのだ。スマホなしでは行先一つ決められない俺は、ひょっとしたら地上で一番弱い生き物なのではないかと思う。
 一体、これから先どうしたらいいのだろう。今、こうしてしょぼくれたまま平日の昼間の住宅街をさまよい歩いている俺のことを、4年前、希望に満ち溢れながら大学に入学した頃の俺は果たして想像しただろうか。
 
 
 こうなったらもうやけだ。
 俺は方向を気にせず、無茶苦茶に歩き始めた。黒々とした蜜柑の葉の下を通り抜け、寒々しい石塀の間の細い道を、歩幅を大きくしてずんずん進む。くすんだ3月の太陽は石灰層のように分厚い雲の奥から控えめに光を放ち、東京という巨大なボウルの底にひっそりと沈んだような、古い匂いのする街をぼんやりと照らしていた。
 ブロック塀の角を曲がったとたん、突然目の前に現れたものを見て、俺はおもわず足を止めた。
 
<3に続く>
 

(この文章は、来春刊行予定の長編小説の冒頭部の草稿です)


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