レビュー:村上龍「逃げる中高年、欲望のない若者たち」—純化する欲望と自殺回避—



村上龍の新刊「逃げる中高年、欲望のない若者たち」を貰ったので読む。
発売数日ですでに重版が決定したほどの人気らしい。
村上龍のエッセイは縁あって新刊が出るごとに読んでいるが、刊を重ねるごとにつまらなくなっていく気がする。
なぜか。
この本の根幹でもある彼の若者論は、実情とあまりにずれているからだ。
若者の欲望は退化した?
第一章の「草食系と肉食系というごまかし」等でも述べているけど、村上の持論では「今の若者はつまらない、それは若者の欲望が退化しているからだ」。
例として彼が挙げているのは「若者が車を買わなくなった」事。
若者が車を買わなくなったのは、欲望が退化して質の高い物を求めなくなったし、そもそも貧乏だから車を買うお金がないせいだと村上は分析する。
私はそれは違うと思う。
彼の言う「退化」は、“欲望の量的な減少”を指すのか。それとも“欲望の質的な悪化”を指すのか。
量的な減少については、確かにその通りかもしれない。
しかし、質的な悪化の事をさすのであれば、それは違うと思う。
若者の欲望は悪化したのではなく、純化したのだと思う。
欲望の中継地点が要らなくなった

村上いわく、一昔前の欲望の対象はファッション、女、車だった。でも、ファッションだとか車は欲望の最終目的じゃなくて、いい車に乗るのも、いい服を着て良いレストランに行くのも、最終的にはいい女とセックスするための手段だったんでしょ、と今の若者である私からは感じられる。(村上がそう考えているかは分からないが。)
一昔前までは、いい女とセックスしたければ、いい車に乗るしかないという共同幻想があった。だから、いい車に乗るという行為は、いい女とセックスしたいという欲望を叶えるための中継地点でしかなかった。今は違う。キャバクラでも風俗でも素人でも、いい女が驚くほど安いコストで簡単にセックスさせる。ローンを組んで高い車を買わなくても、安い値段でモデル並みの女とセックスできる。お金を払わなくても、恋愛が供給過多なので、いくらでも恋愛できる。今まで中継地点として機能していた物質を得なくとも、ダイレクトに欲望を叶える事ができる。
もちろん本当に金が無くて車が買えないのかもしれないが、もし、心から車が欲しいのであれば、めちゃくちゃ働いてそれを買うだろう。事実、地方の若者の車の購買率はそんなに下がっていないのではないかと思う。金がないから買えないのではなく、そこにベクトルを向ける必要がないから買わないのだ。(こんなこと、わざわざ書くまでもなく皆知っている事だけど、村上龍のエッセイタイトルで検索してレビューを探すのは若者じゃなくて村上くらいの歳の方々だと思うから、念のため)
セックスと車の話は極端な例かもしれない。けれど、90年代まではセックスに帰着していた欲望は、現代においても、セックスという行為に帰着しないかもしれないけど、もっとマイルドな形で若者全体を常に覆っている。それは、「誰かと一緒にいたい、誰かに存在を認めてほしい、誰かと楽しくやりたい」という、人とつながりたい欲望だ。現代の若者の欲望は、この一点のみに集約しているように、私には見える(これについては広告 2010年 10月号「新しい価値感を持つ若者たち」 [雑誌]を読めばより明晰になるし、そもそもこんな事は若者自身なら私がブログに書くまでもなく身を持って知っているだろう)。
そしてその欲望は、モノという中継地点に立ち寄らずとも叶えられる。
群れられなきゃ自殺“しちゃう”社会

若者たちが群れたがるのは、生存本能の賜だ、と私は思う。
人間社会も動物の群れだ。
会社も友人関係も地域コミュニティも全て群れの一種だ。動物が、自分にとっての危機的状況が今まさに迫っている時に、からだを寄せ合って仲間との距離を限りなく近づけて身を守りたいと思うのは本能的な欲望だと思う。あらゆるメディアから、日本は今社会が壊れるか壊れないかのギリギリのラインにいるというメッセージを日常的に受け取っている若者が、まどろっこしい中継地点をすっとばしてダイレクトにつながろうとするのは生存選択として正しい。
その現実での具体化が、コレクティブハウスだったり、シェアハウスだったりNPOだったりジモト飲みだったり会社を離れての小さなコミュニティ志向だったりするわけだ。
「人とつながりたい、コミュニケーションがしたい」と言う欲望は、一部の若者にとっては叶えようと思えば簡単に叶えられる。望めば誰かと一緒に快適な生活ができるし、ソーシャルメディアが、その欲望を叶えるための様々な選択肢を簡単に提示する。
そのために有利なのは、所有物の多さより、EQ(心の知能指数)の高さである。モノがたくさんあると(モノ志向になると)、集うのに物理的に不便だし、モノを独占するヤツは群れの中では好かれない。だから、若者はいい車とかいいファッションとかをあっさりと捨てる。
だから、人と簡単につながる事ができる若者の欲望は、他への欲望を回収してより純化するし、それができない若者は自殺に追い込まれる。今の日本は人とつながれないと、あっさり自殺「できてしまう」社会なのだ。本人の意志と言うより、社会環境的に。若者は、自分が「ともすれば自殺してしまうかもしれない」状況にいる事をよく分かっている。人とつながりたい欲望は、自殺を先まわりして回避するための自己防衛手段なのだ。だから、彼らの「人とつながりたい」欲望は、本能的に正しい。
古代において、氷河期、ジュラ紀と地球環境が変わるごとに、生存欲求の強いやつほど自らの形態を変えたのと同じで、村上の言うダメな若者こそ、生存欲求を一番ローコストで叶える手段を知っている本能的に優れた奴かもしれない。あくまでも、仮説だが。
「自殺よりはSEX」よりTwitter
村上は「自殺するくらいなら、高いヴィトンのバッグを持ったり、美容整形をしたり、援助交際をするほうがましだ」と書いていて、それは6年ほど前のエッセイ「自殺よりはSEX」以来変わらない主張だが、そういうモノとかカネを中継地点にはさむやり方では自殺をふせぐことはできないんじゃないかと思う。だって、それ以外の方法で他人とつながっている人たちを、彼らは横目で見ているから。村上はおそらく、ヴィトンを捨てた若者にとって、TwitterやらFacebookが自殺防止の一助に資しているという所にまでは考えが及ばないのだろう。
「成功を考えてはいけない、考えるべきは、死なずに生き残るための方法である」というのが、本書のボディコピーである。帯にもでかでかと書いてある。その死なずに生き残るための方法を若者が実践している事を、村上はなぜわからないのか。もっとも、からすみと日本酒にワクワクしている貧困層のおじいさんを肯定的に捉える村上には、シェアハウスにワクワクしニコニコ動画でワクワクし地元飲みでワクワクする若者の事はわかりようがないのかもしれない。
おわりに

25年以上にも渡る村上のエッセイは、最近では、メンズJOKERという若者向け雑誌に移行した。これまで消費を煽ってきた中高年向けの雑誌がすべからくつぶれてしまって、メンズJOKERくらいしか村上龍に原稿料が払えないからだそうだが、中高年の雑誌は潰れ、村上の言う「若者の低質な欲望」をよわよわしく煽るだけの雑誌しか、彼に原稿料を払えないという事実はなんだか滑稽だ。
本書の中では欲望を持たない軟弱な若者の例として、若い編集者がひきあいに出されているが、彼の若者批判に対し、その若い編集者たちは誰も「村上さん、それはちがいますよ」と言わないのだろうか。だったら村上龍は可哀想だと思う。
「説教するつもりはない」と書きながら、説教する気がムンムンに漂っているのだから、いっそ説教の一つでもしたら、もっと踏み込んだものが書けるのに。村上龍はツイッターやってないんだっけ?
本書には「優越感に浸る中高年、それをネタ化する若者たち」ってタイトルのほうがお似合いかと。


レビュー:村上龍「逃げる中高年、欲望のない若者たち」—純化する欲望と自殺回避—」への3件のフィードバック

  1. SECRET: 0
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    いや、いいよ。合ってる気がする。でも肝心の「いい女が驚くほど安いコストで簡単に・・・させる」のは、ご縁がないけどねw でも方向性としてはそう。

  2. SECRET: 1
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    なるほど…
    ヒトコトで言うならどうでもいい話ですね。
    ファンの人には申し訳ないけど、人の話をちゃんと聞けない、軽薄なジャーナリズムですな。
    ヤフーブログに見に来てください。
    ちっちきち〜でした。

  3. よく分かりますよ。
    ただ村上さんも分かっていると思います。

    個として、強くなければ(最低限でも)、自立していなければ、良い関係も築けない(表層的で空しい繋がりは沢山得られても)そのためにも欲望は必要不可欠で、このご時勢に全く足りているとは思えない、ということを村上節で語っているのだと思います。まあ多少乱暴ではありますが。(あれは男性向けですよ)1番を目指してやっと100位以内に入れる、とか、そんな厳しい世の中ですから。

    生存本能・自己防衛も分かるのですが、やはり結局個人が、個々人が、それなりでなければ、いい関係にはならない。また『それなり』になるのも難しい。一見、繋がりとコミュニケーションが満ち溢れているように見えても、実際は、内実は、違っている。

    色んなところで、仲間同士潰しあう群れが目立つようになってきた、と私は思っています。

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