違和感ありあり、瀬戸内国際芸術祭


瀬戸内国際芸術祭に行ってきた。
瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内海に点在する7つの島々(直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島)を、あのへん特有のものっそい痛い日差しを直にザクザク浴びつつフェリーで移動しながら、各島に設置された作品を見て回る、という仕組みになっている。
同行者が瀬戸内芸術祭の内情に詳しい人だったので、「出展作品は玉石混合だからね」と言われつつ、出展作品を見てまわった。
うん、確かに島は良かったよ。
路上に脈絡なく咲きあふれるヒマワリと色あせたトタン屋根と潮風で表面がそげ落ちて黒ずんだ板張りの家家と、クリーム色のセメントの壁、日差しを凝縮してぎゅよんぎゅよんに濃い緑とぼたぼた落ちるバター色の日の光、その全ての具合が、昔見たイスラエルの空港からエルサレムの市街地へ抜ける、あのオリーブ畑続く国道に激似でふとした拍子に懐かしさが迫ってきて感慨。海も綺麗。
だけど、だけども。
アート作品自体はというと、うーん。なんというか、とっても微妙。
あまりに微妙すぎて、4日滞在の予定を2日に短縮して帰ってきてしまった。
なんでかっていうとそれは、展示作品と、それを置かせてもらってる島との「文脈」が、さっぱり見えてこないからだと思う。
私はアート素人だし、作品の背景を知らないままに見ても、見たままの事しか感じ取れんし、なぜこの島にこの作品なのか、とか、そういう事前情報を一切仕入れないまま見に行ったという事もある。
だけど、それを差し引いても、普通にガイドブックを見て、作品を見に行く、という、多くの人が取るであろうごく一般的な鑑賞法を取ったところで、なんでこの島にこの作品で、この展示に関わった人のこんな思いがあってこれはここにあるんです、というのが、全く伝わってこず。
島の町屋を改造して無理やり作品をはめ込んでても「なんで?なんでそこなん?」という違和感がありあり、
それらの質問を投げかけるために周りを見渡してもボランティアスタッフの人は客をさばくのにせいいっぱいでなんか話しかける隙もないといった雰囲気。
ボランティアスタッフが圧倒的に足りてないらしい、と同行者から聞いてたけどほんとそんな感じでコミュニケーションは果たせず。
たぶん一般のお客さんとかもっとそんな感じじゃないかしら。
そもそも島になんかつくればそれで地域活性、ってゆうのもなんか、なんか違和感ありありでして、美大の子らの出展作品で、古民家を改造して作ったイベントスペース、というのがあったけど、島とアートの融合を目指してるのかわからんけど、古民家を改造してなんか作ればそれは地域活性になるん?という疑問もあり。
でもどちらかっというと私には、海水浴客が捨てて行ったプリキュアのビーチボールがドブに詰まってんのを誰も片づけないままになってるのの、アニメ色のどぎついピンクとナチュラルなドブ色が図らずもいい具合のコントラストになってるのとか、「めぎほいくじょ」の看板とか、モアイ愛好会とかゆう脱力系の人がつくった似てるのか似てないのかわかんない何で君、ここに建てた?!と思ってしまうようなモアイ像のほうが、無文脈だけど島感にじみ出過ぎてて愛着。こういう暮らしの偶然が作った景観のほうがよっぽど島アートや!と思うんですよ。
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そう愛着。
島から作品への愛着も作品から島への愛着もいまいち感じられんよ。
なんか島とアートの間の関係性が見えなくて、まるでヨソの子をいきなり預けられたお母さん、みたいな感じで島からアートが思いっきり浮いてた。
今回の同行者は瀬戸内芸術祭に知り合いが多数参加してて、内幕や裏事情に精通してるから、そういう話を聞いた上でウォッチャー的な目線で見ればそれはまた面白いのかもしれんけど、そういう内輪のルールが分からないと参入できず、ハタから見てても面白くない、例えるならマージャンみたいな、そんなお祭りにしたかったわけじゃないよねぇ。
美大生と関係者とその周辺、しか楽しくないんだったら、島でやらんでもいいんじゃ。
ただ、芸術祭側の願いとして、アート目当てで来たお客さんが島の魅力に気付いて、芸術祭後もリピーターになってほしい、というのはあるみたい。
その気持ちはよくわかるし、実際、島はすてきだな、と思うんだけど、の割にみんな注目してるのはどうも直島ばっかなのよね。
閑古鳥の鳴いてる他の島をヨソに、直島行きのフェリー乗り場は人でごったがえして乗りきれず、地中美術館は3時間待ち、とかなっててディズニーか!状態で。
直島、瀬戸内芸術祭の作品は展示されてへんで!!ベネッセばっかりや!みんなそれ分かって行っとるんか。余計なお世話か。
これ島が潤うというよりベネッセが潤うために芸術祭やったんとちゃうの。と思わざるを得ない。
でも、くやしいかなどう考えてもベネッセ美術館群のほうが圧倒的に見ごたえアリという事実は否定できず。ベネッセはベネッセっつう文脈で完結してるからね。
聞くところによると、瀬戸内芸術祭に関わっている方々は、「開催すること」そのものより、「開催後に何をするか」のほうをすでに見ているらしく。そっちに期待しろ、っつうことなん?
というわけで微妙な手ごたえのなさを味わいつつ4日滞在を2日に切り上げて帰ってきたわけだが、瀬戸内芸術祭よりもぶっちゃけ、最終日に泊まった岡山県・倉敷の美観地区のほうがよっぽどおすすめの場所ですわ。
昔ながらの町屋が並ぶ通りには伝統工芸のお店が軒を連ね、日本全国の粋な土産物が集まった「平翠軒」は1時間以上眺めていても飽き足らず。特に「倉敷町屋トラスト」は町屋を改造した宿泊施設で外は昔の雰囲気ありありなのに中はデザインホテルみたいな作りでセンスがエロいね。このクオリティで11800円。
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あと芸術祭はあれでも香川県の骨付き鶏肉専門店「一鶴」とデザイナーズ・温泉である「仏生山温泉」は大大大マスト。温泉だけでアートを制した気になるね。本持って湯船に入れます。
というわけで瀬戸内国際芸術祭自体はあれやったんだけれども、芸術祭に関わっている方々が今後どんな展開を見せるのか見守りたい、そんで小さいひなびた島々が芸術祭以降どうなっていくのか、楽しみに見ていきたいと思っております。


投稿者:

miyuki.ono1228

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

「違和感ありあり、瀬戸内国際芸術祭」への12件のフィードバック

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    折角の4日間の予定を2日にしてしまうなんて、もったいない。きっと駆け足で全ての島をご覧になったんでしょうね。でも、裏事情なんか知らなくってもよいと思うのです。現代アートは無関係なところにでも、異空間を作り出すのが現在の流れです。島と置かれたアートに脈絡を見つけられなくても、脈絡が無いとしても、そこにその作品が存在する事自体がすでに現代アートなのです。
    主催者側(特に県)の人々が祭りの後の島に着目するのは当然です。ほとんどが過疎の島ですから。私はそれでも、「島でアート」は県が島に着目した点でステキ!と思うのです。すみません、私は香川県民です。ちなみに、倉敷市の美観地区ですが、”観光に特化し過ぎ””作り過ぎ”とも言われています。最後に、私は小豆島の竹で出来た大きな家に行って見たいです。女木島、男木島にもいってみたいな。体調が悪く、まだどこにも行けていません。秋が勝負です。行けたあなたがうらやましい!

  2. SECRET: 0
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    確かに、女木は私もなんでここにこれ?って気はしました。女木では現代アートを謳ってるのもあって、島にはなじまなかったのではないでしょうか。
    私はその前に行った男木がとっても地域に密着していて、あぁ、こういう感じでアートを展開したら島民も観光客も同じような目線で見られるんだろうな〜と思いました。
    直島と女木だけめぐって今回の芸術祭を否定するのはちょっとどうかと思い、コメントさせていただきました。
    小野さんも男木のアートと島のおじいさん、おばあさんとお話しをすると違った感想を持たれたのではないかなと、ただただ残念です。
    私は今回の芸術祭、アートだけをめぐる旅ではなく、「島」を知ることの意味を、トレッキングしながら味わえました。私には有意義な島巡り+芸術祭でしたよ。

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    来場者60万人突破!!!
    一度行くとまた行きたくなる大人気芸術祭!
    見る目がなかったとしか言えませんねぇ。小野さん。

  4. SECRET: 0
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    ご指摘の通り今まで積み重ねてきた裏打ちがないがない為の結果かとは思います。改造乳母車を床の間においてみたり和紙の照明を巨大にしてみたり既設の建物を只単に地中に埋めただけの物 三島由紀夫の作品を配置云々との記述がありましたがこれら全てに共通しているのはあくまで大半が既成の物を加工している結果。いわゆるインスタント・・・そこに違和感を感じられたのはしようがないかと思います。芸術の捉え方は多種多様でありこうで在るべきと言う物もないのですが。
    直島の地中博物館にしろ当時としては斬新でありかつ他に類がない状況であった事もあり(淡路のお寺とかも)
    人気の一つかと思います。丹下健三、船型体育館、イサムノグチ、速水史郎さん等の物がありますのでそちらも見られてもいかがでしょうか。まったくの0の地点からの作品もありますので。個人的には正直お金を払ってまでは・・・とも思いましたが最初はトレース(模倣)から初まるのも一つであり今後作品を作られた方が個性あふれる作品を作って頂ければと思います。

  5. SECRET: 0
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    楽しみにしてたのにケチつけられた気分です。
    目立つ事したら批判があるのも当たり前だけど、アート素人さんがねぇ・・・。
    初の試みで完全に馴染むのはなかなか難しいと思います。
    私はアート作品も島の自然も瀬戸内の美味しいモノも全部めいっぱい楽しみたいと思います♪
    申し訳ないですが、このブログ読まなきゃよかった!って気分になりました。
    Google検索のバカ〜!!!!!

  6. SECRET: 0
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    なんにでも難癖をつけたがる人っていますよね。
    でもやっぱりいろんな人にあなたのセンスの方が違和感ありありだと理解されているようですね。
    日を追うごとに人気が出てくる状況を見てあなたも日々自分のダサさを反省することですねぇ。

  7. SECRET: 0
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    瀬戸内国際芸術祭は素晴らしい。北川フラムおそるべし。芸術祭の作品に島との文脈が感じられないというコメントがありましたが、そもそもアート作品に文脈が必要なのでしょうか?楽しめなかったのはイマジネーションが足りなかっただけでは?

  8. SECRET: 0
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    私はあなたの書いている事共感持てますよ。その土地の人々が重ねてきた伝統・文化・暮らしが漂う空気の中、展示される作品の雰囲気に違和感を感じる部分は私はあります。もちろん好きな作品もあります。ただ、『この島に在る意味』が弱いように感じる。芸術は感じるものである以上、人によっては賞賛あり、批判あり。仕方ないんじゃないですか。来場者数がどうとかコメントに書いてる方がいますが、芸術は多数決の世界じゃないですよ。心に響くかどうかですよ。賞賛だけの意見があるはずない。ただ、作品がその島にじんわりと馴染んでいくにはもう少し時間も必要かもしれませんね。

  9. 私は地元民なので気負いなしでふらっと行けるので、これも作品の見方に影響するのでしょうか。アート作品は発信する側がいて、それをキャッチする側がいて初めて成立するものだと思います。その発信する側だけを切り取ってもそれは単なる事象でしかないのではないでしょうか。これを読んでいる人は批判や賞賛に惑わされず、ぜひ実際に来ていただきたいです。大切なことは体験すること、行動することなのです。アートを過保護にするのは私も反対ですね。ようやく涼しくなってきたので秋の開催に行こうと思ってます。

  10. 逆に全ての作品に脈絡などこじつけられても困るし深く考えずただ直感で観ればいいんです。
    そこから興味を持ったものに由来や作品への取り組みを知ればいいんです。
    アートなんてキッカケですそれを通じ島の人とふれあいや交流が生まれる
    それが瀬戸内国際芸術祭の意義です。

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