私が文章・原案を担当した、「原発絵本プロジェクト」の絵本「ひかりのりゅう」が本日、絵本塾出版さんから発売されました。

 

同内容で違うバージョンの電子版「ひかりのりゅうとぼくの国」も、iBooksストアで発売中です。

 

この絵本は、福島で起きた原発事故、および、原子力発電の歴史をモチーフにしています。

しかし、事故から3年以上が経ち、事態がよりいっそう複雑化する中、最終的には原発そのものの是非を越えて、

「人間がコントロールしきれない、科学技術全般と、私たちはどう付き合ってゆくべきか?」

という普遍的な問いを投げかける内容の絵本になりました。

 

原発事故が起きたとき、私の心に浮かんだのは「ごめんなさい」という言葉でした。

それは、福島の人々に対してなのか、日本全体に対してなのか、世界に対してなのか、それとも、壊れてしまった原発に、なのか、わかりませんが、とにかく、私の心に浮かんで来たのは、その言葉だったのです。

東京に住んで、のうのうと暮らして、電気を使って来た私が、謝らなければいけないような気がした。リクツではないのです。

その謝り先を見つけられぬまま時間が刻々と過ぎてゆき、手に入るのは正しいのか正しくないのか分からない情報と怒りの言葉ばかりで、それらが脳をびゅんびゅん飛び過ぎてゆく。ちがう、と思いました。私は怒りたいのではなく、知りたいのだ、と思いました。

この出来ごとを説明できる言葉を得て、ただ、自分自身が納得したいのだと思いました。ただのエゴですが。

また、寄付もしたいことの一つでした。個人の行いなので、微額ではありますけれども、少しでも福島の役に立ちたいと思ったのです。

その時に、なぜか絵本をつくろうという考えが、ぴーんと降りて来たのです。

 

07-08

絵本を作る中で感じたのは、「何かを正しいとか、正しくないとか、決めつけることの難しさ」でした。

この絵本を作るために、何度も福島に足を運び取材をさせていただきました。本当にたくさんの、福島の方々や、原発関係の方々にご協力をいただきました。

東京で聞いていた通りのこともあったし、東京で聞いていたのとは、180度違うこともたくさんありました。

志田名地区という山奥の限界集落は、高線量を記録しているにも関わらず、行政の対応の遅れで除染が進まず、今もお年寄りばかりが50名ほどひっそりと暮らしていて、福島県外からの「なぜ避難しないのか」という言葉はあまりにも非現実的だと気づかされました。

福島第一原発から一番近いファミリーマートには、棚のひとつがまるまるカップラーメンで埋められていて、その、ずらりと並んでこちらを向いたビニールの丸い面が、スターウォーズの敵のロボットの頭のようにのっぺりてらてらと光っていて、このコンビニの一番多い利用者は、命をかけて事故の収束に向かっている原発作業員の方々であろうに、その方々の食べるものがこれでは、と、いま、自分が吸い込んでいる放射性物質のことよりも、そちらの方に薄ら寒さを感じました。

楢葉町からいわき市に避難して来て、近隣住民とトラブルになり、嫌がらせを受けて自殺してしまった方のご家族から「復興、復興と言っているけど、何が復興だ」という声を聞いたあとで、いわき市の復興に携わるNPOの方に会い、その方は「いわきは比較的放射能の被害が少なくて、もう復興しつつあるのに、『福島』というレッテルを貼られて、差別されるのが本当に悔しい」と言っていて、私は何も言えなくなりました。

そのどちらもが正しいと思います。事態は3年経ってなおいっそう複雑化し、福島内外に関わらず、数えきれない利害が対立していると言うのが、福島の方々の話を聞いて私が得た所感です。誰も何が正しいかなんてわかりません。これからどうなるかも分かりません。その中で私が「これはこうだ」「これは正しい」という考えを人に押し付けることはできないと思いました。そんなわけで、この絵本は、何か特定の考えを「正しい」として押し付けることを、極力除くように作ってあります。

 

15-16

でも、何も分からないからと言って、私たちには何も希望がないのでしょうか?

 

南相馬の沿岸部にあった友人の家は、土台からねこそぎ津波に押し流されていました。それを見たとき、悲しいと感じました。でも、悲しいと感じる一方で、私は、なにかがはじまるような気がしてしまいました。

被害を直接経験していない私には、住んでいた場所や家族を津波で根こそぎ奪われてしまった人のかなしみは、想像できる分量だけしか分かち合うことができません。悲壮感というものを、当事者が感じているようには、感じる事はできません。

なので、ここで感じた素直な感想を書くと、本当に不謹慎かもしれませんが、最初にその何も無い光景を見たとき、私は「能の舞台みたいだ」と思ってしまったのです。

能の舞台のように、ここから何かが、何も無い地平に、すうっと一本、堤防の走っている、この「無」の空間から、何かが始まるような気さえしてしまったのです。

だって、私たちは、生きているのですから。

 

 

福島の人々の踊る「HAPPY」を見た時にも、同じ感想を持ちました。

絵本のラストシーンについてかなり悩んでいたのですが、この動画を見た時に、自然と決まりました。
05-06

この絵本を出版して思う事は、まだ何も終わっていないんだな、まだ何も知らないんだなということです。

私は「できれば原発は無くなってほしいと思っている」のですが、それが現実的にとても困難であることも想像がつきます。それは、今も日本にいてのうのうと電気を使っている人間だからこそ言えることです。

でも、難しいからといって、以前のように何も考えずにのうのうと生きてゆく事はできません。

「安全」という神様はいなくなってしまった。だからこそ、一人一人が、最善と思われる策を探し、実行してゆかなければなりません。

それを考えるためにも、私はこれからも、福島の人々の声に注意を払って聞き続けたいと思っています。

 

福島は今、一番言葉の詰まっている土地です。

これだけ多くの人々が、口に出さないけれども言いたい思いを抱えていて、でもそれが曲解されて伝わってしまう場所。場所の名前だけで、聞いてもらえなくなる場所。

私には福島が、言葉を持った肉体そのものに見えます。飲み込まれた言葉が、福島にはまだまだたくさんある。

福島の詩人の和合さんは、インタビューの中で「ひとつだけ確かなのは、考えるよりも、涙が浮かんでくること、そこになんか真実があるような気がして、僕は詩を書いています」とおっしゃっていました。

私は、人々がそれぞれ抱えている、そういう言葉たち、埋もれている言葉たちに、これからも耳を傾けたいと思っています。

 

言葉がなんだ、言葉なんて無力だと思われるかもしれません。

確かに言葉なんて金に比べたら圧倒的に無力です。

けれど、人が人を知る時に、人が人と関わるときに、一番必要なのは言葉の力です。

金で人の心を知る事はできません。

私はそういう言葉の力を上手くつかって、どうすれば人々が善く生きられるか、その最善の方法を模索してゆきたいと思います。

 

最後になりますが、この絵本の制作にご協力いただいた多くの方々に感謝いたします。本当にありがとうございました。

この絵本の売り上げの一部を、福島の子どもたちの健康を願って、「公益社団法人東日本大震災復興支援財団」に寄付いたします。

BGM、ナレーション入り電子版はこちら→「ひかりのりゅうとぼくの国
 


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

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