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想念の溜まる場所


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教会が好きなのは、想念の篭る場所だからだ。

今、スペインの巡礼路に来ている。

スペイン北部にある聖地を目指して、約800kmの道を1ヶ月かけて歩く訳だけれども、一年に約2万人もの人が世界中から訪れるこの場所は、ちょっとした想念のたまり場になっている。

たくさんの人が、なんらかの理由を抱えて、ひとつの場所に泊まり、寝て、食べて、歩いて、語り合う。けれど、一日として同じ場所には留まらない。人が流れてゆく場所だ。澱の溜まらない、ただ、想念の残滓だけが、ふよふよと道の形を作る場所。

ある日、歩いている途中にとある小さな教会に足を踏み入れた。13世紀に建てられた、とても小さな、名もない教会だが、一歩足を踏み入れたとたん、涙が溢れて止まらなくなった。

教会や寺院などの宗教施設は、そこを訪れた人の感情を受け止める器そのものだ。人は立ち去るけど、祈られた感情は残る。石でできた古い外壁に、内側の象牙色の塗り壁に、何万、何十万、何百万もの人々の祈りが、800年続く人々の想念が、手あかのようにびっしりとこびりつき、教会そのものになっていた。

その教会はメインの巡礼路からは少し外れているため、観光地化されていない。来るのは地元の人々と、通り過ぎてゆく巡礼者たちだけだ。純粋な人々の感情が光の速さで降り積もった場所。

周りを見ると、号泣している巡礼者もいた。

入り口でぼーっと佇んでいると、教会の管理人のスペイン人の女性に、ポストイットを渡された。イエス像のそばに、自分の祈りを貼り付ける方式だ。イエス像の周りには、ブドウの葉のように黄緑色のポストイットがびっしりと貼付けられていた。

何を書こうか、考えるより先に答えが身体からやってきた。
福島のことだった。

気がついたら私は、ポストイットをにぎりしめて、泣きながら福島について祈っていた。

福島。私は別に、福島に親戚が居るわけでもない。知人はたくさんいる。絵本をつくるために、仕事のために、何回も足を運んで取材に行ったからだ。でも、だからってべつに彼らのことをいつも心配しているわけではない。

3年前のあの時は、日々、そのことを、考えざるをえない雰囲気があったものの、3年が経ち、日々の暮らしに忙殺される中で、わたしはそれを忘れてーいや、正確に言うと、思い出さないようにしてすらいる。

日々、そのことを気にかけていたら、生きてゆけないから。そんなことは心の奥底に沈殿させておけばよいものだと、私の理性が判断して、私はそれを、心のどこかに、押し込めている。日常を「正しく」送るために。

「前向きに生きる」という言い訳をして。都市で生活するとは、そういうことだ、と自分に言い聞かせて。

けれどもなぜかこの場所で、私の心をつきやぶっていきなりあふれてきたのはそれだったのだ。

日常の、誰彼が幸せに暮らせますようにとか、自分が健康でありますようにとかそういうどこからかやってくる願望の速さを追い抜いて我先にと心の弁を押しわけて現れてきたのはそれだった。

福島の人々を気にかける気持ち。そこで暮らす友達の安否を気にする気持ち。どうにか、どうにか原発事故が、収束してくださいっていう、普段、生活してゆくために、無理やりねじふせておしこめている気持ち。

それが今、急に掻き出されて、表面に全部、浮上してきた。

心臓から目に管が生えたようになって、どろどろの涙になって流れ出てきた。

心配してたら生きてゆけないから、日々の小さな局面で、気にしないことを選択してきたけれど、それは実はすごく無理して行ってきたことなんだ、本当は自分はこんなにも、福島とそこで起こったことについて気にしているんだ、ということが、この小さな教会に入った途端、全部、溢れ出てきてしまった。先人たちが残した、圧倒的な量の想念たちによって、私の心のどこかのバーが、ぴんと押し上げられて、ダムが決壊してしまった。

なぜかわたしは祈って「しまった」のだ。それは自分の意志ではなかった。裸の私の上に、福島について、祈る気持ちが降って来た。

リクツではないのだ。

祈る。私は別に熱心なキリスト教徒ではない。特定の宗教を信仰したこともないから、祈るという行為は全然身近ではない。信仰に人生を捧げる人々の、祈りの実直さには遠く及ばない。でも、思わず手を組んでうつむいてしまうことにおいて私と彼らは平等だった。聖地と名指される場所は、簡単に、人々の気持ちをこじあける。余計なものを削ぎ落としてしまう。巨大な歴史、人の行いの蓄積。匿名の大きな力が、自分一人ではけして取り払えない外殻を、簡単に取り払う。

自分が実は、日々生活してゆく中でどれだけ福島のことを気にしているか、こんな遠くの場所にきて、やっと気づいた。

この道で多くの人にあったけど、フクシマについて聞いてくる人はほんの少数だった。もっと聞かれると思っていたのに。ヨーロッパの小国出身の人に、「ヨーロッパにいると、フクシマの情報は入ってこないんだよ」と言われた。世界の人々は、もう、フクシマのことを忘れている。私たちも忘れようとしている。

本当は、忘れたくないのだ。

原発事故が起きたとき、私の心に最初に浮かんだのは「ごめんなさい」だった。なぜか私は謝っていた。誰に対して?分からない。けれど、とにかく私の中には、私があやまらなければ、という気持ちが生えてきたのだった。テレビであのもくもくとあがる煙を見た時に。

それは福島の人になのか、日本全国になのか、世界中の人々になのか、それとも壊れてしまった原発に対してなのか分からないけれど、なんでかしらないけれど、東京に住んで、のうのうと電気を使って暮らして来た私が、あやまらなければいけないと思ってしまったのだ。思った所でどうにかなるわけではないけれど、私はとにかく、謝りたかったのだ。「起こってしまった」なにかに。

そのあやまりの先を、正確な先を、見つけぬままに3年が経ってしまった。福島と聞いて一番最初に思い浮かぶのは、そこで日々暮らす友達たちの顔、飯館村の避難所でうなだれていたおじちゃんの顔、志田名で泊めてくれた酒井のおかあさん、それから、楢葉町まであと14kmの道路標識。福島の地形。福島に対する想念は、いろいろな形になってあらわれてくるんだけど、とにかく、「福島」という巨大な概念を前にして、一対一でどうにかできることじゃなくて、巨大なまるっとの相手に対しての返答を考えたときに、わたしができること、したいこと、それはまず間違いなく最初に「祈り」だったのである。今まで、気づかずにいたけれど。

私は一心不乱に祈っていた。お腹の底から神様福島をお守りくださいわたしたちが私たちの友達が平和に暮らせますようにと祈っていた。今まで、寺やら神社やらで、形式にまかせてへらへらと自分のことを祈って来た、あれは祈りなんかじゃなかった。チベットとかでよく五体投地して祈る人、いるけれど、その映像を見ては「そんなんなるほどまで祈りたいことってあんねんか」とか今までぼへっと思っていた。その欠片が、私の中にも、じつはあったんだ。

今日の体験で分かったこと、それは、人って多分、自分のためだけに真剣に祈ることってないんだなってことだ。祈りっていうのは、なんかしらが用意されてあらかじめ約束された形で行われるものではなくて、いきなりはじまるものなんだ。自分以外の大きなものに動かされて、なんでかしらないけれど、いきなり祈ってしまうのだ、人は。そこには形式なんて無用なのだ。なんだかしらないけれど、突然自分以外の何かについて、祝福やら加護やらお願いしたくなる、それが祈りなのだ。想念はどこからともなくやってきて人の意志を流してゆく。他の自分以外の大きな力、人が紡いで来た、巨大な想念の集積を前にして、こざかしい一人一人のの意図なんて、あまりにも無力なのだ、たぶん。


投稿者:

miyuki.ono1228

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

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