絶対触感


調布にある、某カイロプラクティックの先生のところに相談に行く。
紹介してくれた知人曰く、
「身体を触るだけで、その人の悩みや人間関係、今までの生き方」
をぴたりと言い当てるのだそうだ。
診察台に寝かされて、足を交互に上げ、こめかみをトントン、と指で突かれ、、
頭蓋骨を触って、「推理します」と言って考え始めたあと、
いきなり、私自身が今一番心配していることを言い当てられた。
「私には、『絶対触感』というものがあります。」
そういって、先生は手のひらを見せた。白くてすべらかな、羽根のように繊細な手だった。
「私はこの力を使って、20数年間、人の身体を触り続けてきました。
つまり、小野さんが生まれた頃には、私はもう、この道に入っていたことになります。」
私は驚いて目を見張った。
診察室に入ってから、ずっと目の前にいたこの女性を、私は30代前半ぐらいだと思っていたのだ。
この道のプロ、と聞いていたのに、やけに若い先生だなあ、
もしかして本人じゃなくてお弟子さんなんじゃないの、とさえ思っていた。
「私は他人の頭を触っただけで、その人の感情がわかります。
人間の頭蓋骨は、つねにウネウネ動いています。
その凹凸が鍵盤を奏でるようにして、感情を起こ『させ』ているのです。
感情というのは、自分自身の心が感じているもの、だと思われていますが、
実は、体が自分自身に必要なものを察知して、
脳がそれに従った行動を取るように、
そういう感情を呼び起こ『させ』ているのです。」
先生は続けた。
「足が上がらなくなる、というのは、ストレスを感じている証拠です。
特に、左足が上がらなくなるのは、
自分が受けたストレスではなく、他人が受けている苦しみを自分も背負い込んでいるストレスです。
それで、こめかみのこの部分が痛い、というのは、
その相手を助けたい、という苦しさの証なんですね。
いま、あなたの盲腸が非常に弱っています。
盲腸というのは一見、働いていないように見えて、体内の細菌の量を調節し、免疫力の増減をつかさどっています。
いま、盲腸はあなたの免疫力を「わざと」低下させている。
免疫力を落とすことで、外からの刺激を受けやすい敏感な身体にしている。
なぜか。
それは、近しい人、あなたが親密に思っている人の異変を察知し、
危機的状況を細かく把握することで、その人をピンチから救おうとしているからです。
あなたが、相手のストレスや苦しさを背負い込もうとしているから、体が反応しているのです」
ずばっと言い当てられた。
驚きながら、私は今の自分と、自分が心配している相手の事を先生に話した。
先生は、指を私の盲腸のあたりに深くめり込ませた。
深く深く突き入れながら、指先でなにかを探るような動作をした。
まるで私のお腹を通じて、今、ここに居もしない相手の心を触っているような感じだった。
先生に「心配しなくなれば、相手に執着しなくなれば
直るのでしょうか?」と聞くと、
先生は
「執着しているとしたら、
それはあなたの体が必要としているからこそ、
執着するのです。
すべての感情は正しいのです。
それを否定しようとして、離れれば離れるほど、身体は拒否反応を起こしますよ。」
と言っていた。
先生に、ひとしきり悩みを相談したあと、
「免疫力が落ちすぎているので、とりあえず回復させます」と言って、
施術をしてもらって帰った。
感情は体が起こ「させ」るもの。
だったら今の苦しさは、なんのために起きているのだろう。
身体は私にどうさせたいんだろう。
どうやったらこの苦しさは取れるんだろう。
分かりもしない問いが、頭蓋骨の内側でカラカラ鳴って、
調布駅の、白い柵で囲まれた、まるくて入り口のくびれたロータリーが、
不意に髑髏の形に見えた。


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

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