IMG_3327

 

アート・アンド・ブレインの「脳の右側で描け」のワークショップに参加した。

 

参考:「脳の右側で描け」のワークショップで自画像を描いたよ:小鳥ピヨピヨ

見るって魔法だ。
ゆっくり、丁寧にものを見ると、世界は美しくなる。
私は、私になれる。

 

***

 

四月、私は出版社に依頼されたエッセイの原稿がうまく書けずに悩んでいた。

面白い物を書きたいと思えば思うほど迷走し、頭はかんかんに煮詰まっていまにも爆発しそうで、喫茶店の氷の溶けきったグラスをいつまでもちびちび舐めては、ああ私ってなんて没個性なんだろうと、しくしく自分を苛めていた。

そんな時、偶然小鳥ピヨピヨさんのレビューを見て衝撃を受け、「これ絶対に受けた方がいいわ」という勘というかなんというか、よくわからないパッションに突き動かされて、速攻で申し込んだのである。

 

とはいえ絵を習ったことなんて、それこそ中学の美術の授業まで。しかも、成績は10段階中6(赤点ギリギリ)。

WSが始まる前に宿題で描いた自分の顔がこちら。

A&B3

 

ぶっちゃけ、微妙じゃん。

マジでこれがピヨピヨさんのブログの通り上達すんの?嘘でしょ。

 

基本はゆっくりよく見る。ただそれだけ

 

このWSでは5日間、毎日毎日、1日10時間ほどかけて、さまざまなアプローチで絵を描いて行く。

WSの効果を高めるため、私もピヨピヨさんに習い、全ての絵を左手で描く事にした。

さらに、WS中は携帯の電源を極力入れず、インターネットもせず、完全に右脳モードになるよう努めた。

 

ここで習う事の基本は、たった1つ。

ゆっくりよく見ること。

ただ、それだけ。

そのためこのWSでは、「1mm1秒で手元を見ずに描く」という基本のワークを大事にする。

1mm1秒の速度で、対象物の上で目を動かして、見たままを片手で描いてゆく。

 

そんなにゆっくりの速度でものを見るなんて、普段の生活の中ではめったにない。

むしろ、短い時間でどれだけたくさんの情報を得られるか、いつも必死だ。

電車の到着時刻、到着駅の名前のプレート、電光掲示板のニュース、ツイッター、facebookのフィード。

 

ここでは、そうした目の動きはいったんおいて、ただ見る事に集中する。

1mm1秒で、いろんなものを描いてゆく。

葉っぱ、手のシワ、目、鼻、口。

自分の好きなもの。

私は途中までこのワークがすごく苦手だった。ゆっくり描いていると、ものすごくイライラする。

齋藤先生曰く、「途中で発狂して教室を飛び出して行ってしまい、そのまま帰ってこなくなる人もいる」というから恐ろしい。

 

でも、この作業がめちゃくちゃ大事なのだ。

飽きずに淡々と続けていると、不思議とある時、世界と自分の視点がちゃんと交差して、対象の方が、勝手に目と結びついてくれる瞬間が来る。

皮膚のシワの一つ一つ、繊維の一本一本、毛羽立った隆起、細胞の一個一個が、ぐわっと向こうから迫ってきて、どんどんはっきり見えてくる。

勝手に世界の肌理が細かくなって、目がその中に入り込む感じ。目の前の世界の立体感が、いちいちすべて際立って、その面白さにただ没頭しているうち、不思議と手と目の動きが同調して、紙の上に現れてくる。とても気もちがいい。上手く描こうなんて全く思っていないのに、なぜだかちゃんと、見たまんまが絵になっている。

小学校の時のプールの授業で、水の上になーんにも考えずにぷかぷか浮いてるときの、あの感じ。自分の内側と外側が、ふいに一致して、世界の一部になったような気持ち。

ああ、自分は今まで、周りのものを見ているようで、何も見ていなかったのだ。

私の暮らしている世界は、こんなに凸凹して、隆起があって、平面でも垂直でもなく、2次元でも3次元でも4次元でもなく、目との結ばれ方によって、絶えず変化し、移ろうものだったなんて。

 

先生は

「現代人は、物体を見る時に、焦点をついつい、モノの手前に合わせて、ふわーっと全体を捉えるようにモノを見る癖がついているんですね。でも、アフリカのサバンナなんかで暮らしてる人は、遠くの敵が見えないと、命があぶない。だから視力が5.0あったりするんです。本当は、モノの上に焦点をピタっと合わせる事ができると、誰でも良く見る事ができるんですよ」って言ってた。

そういえばめがねのとよふくの先生も、

「イチローは視力0.5だけど、あんなにヒットが打てるのは、飛んでくるボールにぴったり焦点を合わせられる、そういう目の使い方をしているからだよ」と言っていた。

そういう力は、決して先天的な才能とか、限られた人の特殊能力じゃなかったのだ。

見えないのではない。見ていないだけだったんだ。

そしてそれは、自分で見ようとしさえすれば、ちゃんと、誰でも見えるものだったんだ。

 IMG_3372

積み上げた椅子のネガポジを描くワーク

IMG_3369

20分で耳を描くワーク

1日8時間、絵を描き続けて、脳は右側がじんじんとうなってとても痛い、アンド熱い、でとても体力的に持ちこたえられない。

先生曰く「今まで使っていなかった脳を使うため、1日目と2日目は脳と身体が疲労を起こして、帰りに道路で倒れてしまったり、バイクで事故を起こしたりする人がたくさんいて危ないので宿泊を推奨することにした」とのことだけど、本当にそんな感じ。

これは寝なあかんと思い、1日目は疲れ果て、倒れるように寝てしまったのだけど、夜中2時、はっと飛び起き、今まで書こうとしても書けなかったエッセイの原稿が、突然、書けた。超不思議。

先生は「睡眠中に、左脳と右脳の橋渡しが起きて、情報が整理されると飛躍的に能力が伸びる事があるので、だから睡眠が大事なんですねぇ」とおっとりとおっしゃっていたけれど、寝る事にそんな意味があったとは。なるほど寝ずに頑張ることで能力が伸びるとは限らないわけで。もっと寝よ。

***

4日目のフロー状態

 

で、不思議な事に、よーく物を見ていると、なんだか急にスイッチが入って、ものすごい集中に入る瞬間がやってくる。

 

良く、天才的なクリエイターとかスポーツ選手が、「ゾーンに入る」とか「フロー状態」になるって言うじゃん?

私はあれがいまいち信じられなかった。

でもね、それがなんと、1mm1秒でモノを見ていると、自然にやってくるのである。

4日目、目の前に座っている人の横顔の、髪の毛の一本一本を描いている時。

突然、急に時間と空間が、なんていうの、縁日の水飴みたいに、ぐんにゃりふわふわになってそこに包み込まれるような、ドラえもんのタイムマシンみたいな、虹色の光が高速でうねりながら自分の横を流れて行く感じ、その流れがとてもゆっくりと感じられる感じ、しかしてそのスピードは目の前の人のゆったりと耳の脇を流れる毛の流れのスピード(つまり止まっているということ)と一致していて、そんな、目の前の景色と時と自分の目が同期して時間が永遠に伸び縮みするような。で、それが超楽しい、ただおじさんの髪の毛描いてるだけやのに、人生の楽しいランキングベスト5くらいに入るでこれ、このまま永遠に続けばいいのに!!と思いながら、すごいハイテンションでうっとりぐるぐるひたすら描いて、描いて描いて、

LSDをキメたりするとこういう感覚になると聞くけれど、ああそれ自己生成できるんや、映画「恋の門」で、酒井若菜と松田龍平と松尾スズキ演じる漫画家3人が「楽しい~!!!!!」と叫びながら一心不乱にマンガを描くシーンがあって、なにこれうらやましい、こんな気持ちになることなんて私の人生で一体あるのかいなと思いながら見てたけど、それが突然ワーク中にやってきたのである。

村上春樹は20うん時間でノルウェイの森を書いたと言うけれど、あっ意外と、それ、誰でもなれるんじゃん。なれないってことは楽しんでないだけじゃん、っていうか、集中できないことは、楽しくないことなのだな、楽しくできることを、すればいいのだな、という至極単純な結論に落ち着く。

IMG_3313 IMG_3314

ワークショップの間中、齋藤先生はにこにこしながら

「まずは、楽しむのが大事です。楽しくないことは伸びません。つらいと思ったら休む。なにやっても自由。とにかく、楽しんでやるために何をするか、を考えてください」

と繰り返し言っていたけど、あ、こういうことかぁ、と。

このワークショップで習う事って、絵だけじゃない。世界とどうやって関わるか、世界との接点をどう持つか。生き方の技法、そのものだ。

IMG_3324

IMG_3332

(WS中、深夜に7時間半かけて描いた2枚の模写。左手。)

***

 

ただ、見る、ことの美しさ

 

で、そうこうしているうちに最終日。

最後の課題は「自分の姿を鏡に映して描く」こと。

最終日の課題が自分の姿って、キラーコースらしい、いかにもな課題だ。
だってこれほど「ただ見る」が難しいお題って無いんだもの。
自分の醜い部分はできるだけ見たくない。できるだけ上手く描きたいって欲も出る。
もうまったく楽しくない。齋藤先生に「楽しみましょう」って言われてんのに楽しくない。嘘でしょう、昨日までは楽しかったのに、これじゃ先生に顔向けできないじゃないか、と、半ばパニックになりながら悲壮な気持ちで描いていたけれど、途中、先生に「良く描けてますよ、とりあえず全体を完成させましょう」と言われてから心が落ち着いて、最後の30分でようやくゾーンに入れた。
宿題の自画像アゲイン

A&B3

で、最終日に描いたのがこちら。

A&B1

どうです、この成長っぷり。

いやもう自画自賛しちゃうよ!すごくない?!これ!!!!!しかも、左手だよ!!!!!

それもこれも全ては「ただ見る」を徹底するおかげ。

 

ちゃんと見ることって、世界を知るヒントになるのだなぁと思いながら、WSが終わった日の夜、へとへとになりながらいつもの銭湯に行き、湯船につかっていたら。

ふと顔を上げたその瞬間、目の前のちょっと高い位置にあるシャワーの蛇口のカーブのとこの、人の行き来を映してびかびかともだえまくる銀色、とか、湯船に沸き上がる無数の泡が、天井から降り注ぐ蛍光灯の光のもういちいちすべてを手篭めにするようりやりやとさわいでるとこ、とか、富士山の絵の、何度も固く塗り直されてむっつり黙る青、とか、女の人のお尻の、むりんと弧を描いてせりだしてくる肉の内側のピンク色の血管のもこもこ感、とか。

全部、全部、全部が1ミリ1秒の解像度のまま、球体であるわたしの眼に、全方位からピッチャーの投球速度で飛び込んで来て。

ああ、私が生きている世界は、実は、こんなにも美しかったんだ、

そしてそれはとても幸せなことなんだ、

そう気づいたとたん、涙があふれて、湯船の中でひとり、勝手に泣いてしまった。

 

私は本当はすごく、何かを描いたり、表現したりするのが好きな子どもだったのだ。

けれど、小学校四年の時、マンガを描いて親に見せたら、下品だからこんなもの描くなと言われてものすごくびっくりした。

ああ、私が描きたいものは、描いてはいけないんだな、そう思いそれっきり描くのをやめてしまった。

高校の時、本当はグラフィックの専門学校に行きたかったけど、厳しく反対されて、結局、行きたいのかどうかもよく考えず、興味のない大学に進学してしまった。

 

このワークショップでは、2日目に、子どもの頃に自分がどんな絵を描いていたかを思い出すワークがある。

それをやっている時、不意に、子どもの頃に見ていた世界が、脳の空白地帯に波のように押し寄せて来て、おもわず鉛筆を落としそうになった。

 

三輪車の赤。藤棚の光の緑。木の葉のすすけた茶色。雪道の発光する白。

 

ああ、私はこの綺麗な景色を、ちゃんと、知っていたんだ。

今、かたつむりの速度で見ている世界は、子どもの頃に、見ていた世界だったんだ……。

 

本当は、すごくすごく表現したくて、見たままの世界の綺麗さを表現したくて、でも、なぜか綺麗なものを綺麗なまま表現してはいけないような気がしていて。

勝手に自分をねじりあげて、出口を塞いでいたんだ。

自分で自分の見るものに、蓋をしてきていたんだ。

 

ああ、表現していいんだ、描いてもいいんだ。

今回、絵を描きながら、ずっとその事を思っていた。

好きに生きて良いんだ。

思ったままの事を、口に出してもいいんだ。

本当は文章でなくてもいいのかもしれない。なんでもいいのかもしれない。

 

私はただ、自分の見ている世界の美しさを、もっともっと、表現したい。

 

齋藤先生は、絶対に批判をしない。このワークショップのルールは、絶対に他人の作品の批判をしないことだ。

「日本の美術教育は、批判や批評をするでしょう。

批判を参加だと思っている人は多い。でも、批判されても、人は伸びません。

人の能力を伸ばすというのは、水が必要なら水をやって、日が射せば影を作り、必要に応じて葉をとってやる、そういうものです」

 

批判なんか加えないで、立ち上がってきた世界を、ただ、ただ、見たままに、美しいものは美しいままに、捉えればよかったんだ。

 

自分の力で、きちんと目を開けば、ちゃんと、私の形が見える。

私は私になれる。

 

何かを表現したくて、でもできなくて、病んでいる人はぜったい行くべきだ。

左脳で考えていたことを、右脳で捉えると、全く違った風に捉えられる。

生き方のくせ、考え方のくせ、そういったものを見つめて、でもそれはそのまんまでいいんだ、っていう、視点の書き直しができる。

そういう意味で、このワークショップは、右脳を使って自分をみつめる、自分で自分をカウンセリングできるようになるプロセスなんだなと思う。

 

(あとオタクの人も行くべきだ。自分の好きな対象がもっとかっこよく、もっと綺麗に見えるから。

好きな人やモノを、じっと見つめるっていいな、って思える。)

 

こうやって、いろんな人に出会って、少しずつ自分で自分の蓋を少しずつずらしていって、28年目で、本当にやりたかったことが、ようやくできるようになってきた、という感じがする。

そうであれば、老いるって悪くない。

老いるって成長だ。伸びるってことだ。自分のやり方で、好きな方向に、ぞんぶんに伸びれるようになるってことだ。

このワークショップに自腹で参加して、良さに気づけるぐらい、老いてよかったなぁ、成熟してよかったなぁ。

 

子どもの頃に落とした、かたっぽの靴を、今、拾い上げに行ったような気持ち。

 

これからしばらく、下手でもなんでもいいから、毎日絵を描いてゆきたい。

見える世界の美しさを、ただ、ただ、たのしみたい。

ゆっくりと、かたつむりの速度で。

IMG_3327

(エッシャーさん。)
※次の5デイのワークショップは、8月にあるそうです。
詳しくはこちらをどうぞ

 

 


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

コメントなし

コメントを残す