写真 (2)

 

ふいに人生の隙間にゆるゆると、涙が伝う時があり、

その時に胸の内に起きていることと現実のあわいに起きていることの差に次にわらってしまうのだけど、

過去のもやもやが、人生のある一点において結実して「あああれはそういうことだったんだ」と。そう思えることがふいに、飛び石のように人生に現れることがあり、思ったからってどうなるというわけではないのだけれど、でも少しは心が晴れるような気がして、

私の人生の気鬱はほぼ家族に関することなので仕事のあいまに時折考えたりもするのだけど、

けして考えたいことではないのだけれどもそうするとずんずんと行き止まりの井戸の底を掘り出しているような気になりわぁわぁとスコップを投げて逃げ出したくなることが常なのだけど、

それでも時折自分の人生の中に、たまにぱっくりと時空が割れることがあって、その時わたしは母なのだ。や、妄想ではあるけれど、ときおり、母の生きてきた時間が、ひとすじの波頭のように後ろからおいかけてきて、わたしのいま、生きている時間に一瞬かさなるときがあり、その時わたしは母の人生を生きている。ああ母はあの時こう考えてたのかもしれないとか、母は本当はこうだったのだ、とか、

ただのやわらかい辻褄合わせなのかもしれないけれど、さびしかったんだよね、ね、母さん。と追体験的に相手のことがわかったようになる、

これも「相手を理解した」って呼べるのかしら、ね、母さん。

愛してるはいつも勝手なすれ違いで、その思い込みが相手を傷つけてるかもしれず、

でも思い込みを思い込みと気づかないほど打ちのめされて自分に閉じ込められてしまうこともあるはずで、その結実が私だったとしてもそれはたぶん許すべきことなんだろう、むしろ彼女にとってそれがそうであるならもう許してあげようと思わなくもないけれど、このよくわからない悲しさはなんなんだ、
愛してたから産んだのといい後悔なんてしてないと熱の篭った目でいうのだけれど相変わらずその焦点はあってない。あってないので母の中にはもう入れない。どこまでもはじき出されてもう永遠に交わらない。
人間何かが重なってそうなってしまうということはあるわけで、自分に閉じこもってしまう日はきっとあるのだ。あるのだから仕方が無いと、親といういつまでも交わらない世界を、理解という名の諦め顔で、そっと内包する、そうしないと人の親というものは生きてはゆけぬ、生き直しの幽霊を子が背負わないと、人の親、というものは、ただ知らぬ顔では生きてはゆけないのだ、そう決めつけてまた自分を慰めて、だって慰めずしては生きてはおれなくて。

さみしいふたりの大人が作ったさみしい結実だとは知りつつ、そんな自分を誇りに思ったりもし、

ただ現実はそれ以上にさみしくて、

そのさみしさをべたべたと愚かな期待を手垢に混ぜて触るのだけどけっしてその中には入れない。母の中には戻れない。

けれども母の人生のらせんを、ゆる、と巻かれたそのらせんを、子は一緒におり直すことができる。どちらかが足を踏み外して、どっか行っちまうその時まで、ゆっくりとゆっくりと、彼女の外側を、歩くことはできる。

ただゆっくりとゆっくりと、回遊魚のように、近づけない珊瑚の枝を見つめながら、前を見れずに不器用に、ただ、ゆっくりと回るのだ。その価値を、とおき日に、この世に生を受けた日に、やっぱり知ってしまったから、

ただ、ただ、ゆっくりと、

ね、母さん。


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

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