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サーフィンを始めて3ヶ月が経つ。

今のところ、週に1、2度のペースで通い続けている。

 

サーフィンをしていて、一番大事だと思うのは

「落ちる」ことだ。

以前の私はとんだくよくよ虫だった。

一度、気持ちが落ちると、砂底にまで深く沈みこんで、なかなか浮上することができない。

肺魚のように底に埋まったまま、

「なんで自分はだめなんだろう」と、悩んでも仕方のない悩みをくよくよと悩み続けることが多かった。

しかし。

海の中では、そうはいかない。

落ちたら、すぐに立ち上がらなければいけない。次の波がやってくるからだ。いつまでも水中にいたら、次の波に流されてしまう。

沖から飛んでくる自分のボードに当たってケガをしてしまうかもしれない。

そうして、立ち上がって、向かいくる波を避け、すぐ沖に向かう。

このすぐ沖へ向かう動作が、私を強くする。

 

次の波の予感を、いつも、ほのかに感じながら生活をする。

さみしさにとらわれなくなったし、他人の挙動にいちいち、傷ついたり押し流されたりしなくなった。

一度落ちても、すぐに次の波がやってくる。

大丈夫、次の波に乗れば良いのだ。波の上に、板一枚をはさんで立てた時、そこにはすばらしい景色が待っている。

 

 

昨年友人に、言いがかりをつけられて、一方的に交友関係を断絶されるという「事件」があった。

その時に、会った事のない私の家族への罵倒や、「これから病気になる」などの呪いめいた言葉を投げかけられた。

なんでこの人にこんなことを言われなければいけないんだろう、自分の何が悪かったのか、とずっと考えていたが、

最近、その答えに思い当たった。

よく考えなくても、簡単なことだ。

私は彼にとっくに捨てられていたのである。私がどうこうというより、向こうのほうで私が要らなくなっていたから、理由はどうであれ、切り落としたというだけの話だった。

以前から、あれっ、なんかおかしいなと思うようなことをされたり言われたりしていたが、

両者とも、互いに要らなくなっていたことに気づくのが遅かっただけのことだ。

 

捨てた人間になら、自分の弱さをすげかえてぶつけることだってできるし、相手の気持ちを考えずにどんな事だって出来る。それが人間というものだ。

自分が今まで容赦なく捨てた人間のことを考えた。

なぁんだ。捨てられただけだったんだ。

 

この、「捨てられる」というのをもっと大事にしようと思う。

捨てられたら、どこかから落ちたら、「落ちた」と感じて、立ち上がって、すぐに沖を見なければ。

次の波はもう、すぐやってくるのだから。

 

 

 


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

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