12月2日
恋人(とおぼしき男)が就職活動を始めるというのでスーツを買うのに付き合った。
青木とか青山とか、そのような名前の店に入ってゆくので、そのまま付いてゆく。
このような衣料品店に入るのは、人生で初めてである。
店員さんの言われるがままに、蛍光灯の下でペラペラのスーツを着ている恋人はなんだか作り物みたいで、塩化ビニルの光沢で皮膚がてかてかするフィギュアのようだった。
この前までは汚い格好をして、ドロドロになりながら表現活動に励ん
セットで39800円のスーツを、彼は一着買った。
そのあと喫茶店で、800円の紅茶をすすりながら、
「みんな50社くらい受けるっていうから、リクナビとか一応見てるんだけど、
とか
「OB訪問とか、したほうがいいのかな?」とか、彼がうわついた感じで
話すのを聞いていた。
「みゆきちゃん、おれのES見てよ」と言われたので、
(絶対、見ない)と思った。
彼を、遠くに感じた。
今、本の企画を編集者さんと考えているけど、
何を書いたらウケるのか、何を書いたら面白がってもらえるのか。
わからなくて気が狂いそうになる。
そうまでして人に求められたいのか。
自分がときどきすごく、あほに感じる。
自分で自分の顔を見ていない時の自分は、きっと、物欲しそうな顔をしているはずだ。
就職活動の時と一緒だな、と思った。
何をやったら、どんな風にすれば人から求められるか、
求められることを求めると、結局誰からも求められない。
でも、誰からも求められないのは、怖いことだから、
言葉では嘘をつくことはできるけど、人は、嘘をつけない。
多くの他人から求められたい、好かれたいという、もの欲しさが、その人をコーティングして、
塩化ビニルのスーツのように、その人の皮膚呼吸を止めてしまう。
求められないことは、本当は怖くない。
求められようとして、すかすかになって、知らないうちによだれを垂らす心のほうが、本当はいちばん怖い。
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