「かぐや姫の物語」感想と、イベントのお知らせ。“宇野常寛 meets「女子カースト」”12月4日(水)


かぐや姫

どうもこんばんは。

『かぐや姫の物語』見てきましたが、姫が「月に帰らねば」って言い出す所の脈絡がなさ過ぎ&瞳孔開き過ぎてて、結婚したくないあまりに妄想でっちあげ始めたサイコパス女かと思ったし、月の使者が迎えに来た時の登場シーンがあまりにもアッパー&ハッピー&サイケデリックすぎて、覚せい剤キメすぎたシャブ中の幻覚かと思いました。ぐらぐら揺れまくる原画の線の不安定感からはアウトサイダーアートの風格さえ漂い、そもそも帝のアゴが長すぎて人間の体を成してない。

そういう意味では必見の映画です。

 

それにしても、あまりに男のダメさと身勝手さばかりがこれでもかとクローズアップされており、ジブリはミサンドリー(男性嫌悪)なのか?とすら思いました。どんだけ男の事下に見てるん。唯一のロマンチックなシーンですら、不倫だし…。
一貫して、男と女の対立の構図が解けないんですよね、この映画。その構図に、セックス・アンド・ザ・シティにまで通じる時代の新旧を問わない普遍性を感じたり、感じなかったり…。

民間伝承の「竹取物語」って、平安時代、結婚制度にまつわるあまりの男の身勝手さに精神を病んだメンヘラ処女の、「私、月から来たの…竹から生まれたの…」的ドリームから生まれたのかもしれませんね。あんがい。

 

それはさておき、男と女と言えばですね!!あさって12月4日(水)東京・四谷三丁目にてこんなイベントがあります。

12/4(水)『格付けしあう女たち』刊行記念トークイベント

白河桃子と宇野常寛が、2014年の日本を占う!~「ポスト性差」時代、男社会と女社会はこう変わる@ポプラ社コンベンションホール

 

アベノミクス、オリンピック、育休三年…時代の大きな変革期にいる私たち。
しかし一方、改善されない女性の雇用問題や、旧態依然とした会社組織の中で押し付けられる男女の役割は依然として昔のまま。
男女ともに望む生き方は多様化しつつあるはずなのに、社会システムとのひずみからくる働きづらさ、生きづらさは全く解消しない。
これは社会認識の問題なのか? 制度の問題なのか?
昭和から続く男女の役割が崩れ始め、性別に生き方が左右されなくなりつつある「ポスト性差」時代を幸せに迎えるために、私たちはどうすればいいのか。

・若い世代は果たして一生結婚できないのか?
・ワーキングマザー、育休パパはどうやったら増えるのか?
・2014年以降、日本の雇用はどう変わる?
・旧態依然とした会社組織、団塊の世代との戦い方は?
・男の生きづらさ、女の生きづらさはどうすれば解消するのか?

新著「格付けし合う女たち ー女子カーストの実態」で、改善されない雇用環境が女同士の格付け=カースト問題を深めていると鋭く指摘したジャーナリストの白河桃子と、スクールカーストなど、コミュニティ内の格差問題にいち早く注目し議論してきた宇野常寛が、「時短ママ」問題から「モテ・非モテ」、貧困問題まで、「性と生き方」に関する日本の課題をぶった切る!
両氏の議論から、多様性ある日本の未来が今、見えてくる。

チケットのご予約はこちらから!

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白河桃子×宇野常寛
「『格付けしあう女たち』刊行記念トークイベント」

日時
2013年12月4日(水)
open19:00 / start19:30
終演後物販・サイン会を開催(宇野の本にも本人がサインをいたします)

場所
ポプラ社 コンベンションホール東京都新宿区大京町22-1 HAKUYOHビル

http://maps.google.co.jp/maps?q=35.686962,139.716123

 

チケット
1000円(税込)

チケットのご予約はこちらから!

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申し込みはPLNETSのサイトより受け付けています。

このトークイベントを聞けば、かぐや姫の物語に込められた男と女の戦争の謎が解けるかもしれないし、解けないかもしれない。

みなさん、ぜひお越しくださいませ!!


“「かぐや姫の物語」感想と、イベントのお知らせ。“宇野常寛 meets「女子カースト」”12月4日(水)” への1件の返信

  1. 『風立ちぬ』は、2回見ました。年末までにもう一回見るかも。1日1回ですがまだ上映中。お見逃しなく!
    1.厚化粧ギャグ 
    五人の皇子が姫に求婚する場面。唯一原作と違い 石作皇子が誠実な気持ちで心からの姫への想いを「一輪の野花」に託して献上。と同時に将来喧噪の都を離れつつましいが心豊かな生活をしようと哀願する。ところが母親が特殊メイクでブサイク女に変身し姫と入れ替わり、それを見た皇子は驚き退散する。私は、てっきり この二人は結ばれるのか~これが監督の新演出か~とワクワクしたあとなので、完全にドンデン返しを食らい ポカーン状態となりました。
    ただその母親の顔を見て大爆笑しました。が、こんな吉本新喜劇みたいなギャグで笑ってていいのかと自問。母親はチャラ男を見抜いていたとの前提なのでしょうが、梯子をはずされた感満載です。本当は、チャラ男なのよ ということなら石田純一を声優にすべき。演技面でいえば、声優上川隆也の演技は、誠実そのもので下心があるような演技はなかった。プレスコで俳優の演技の表情をうつしとったのではないのか?(注:プレスコは、声を先に収録し、作画をその演技を見ながら行うこと) 
    上川隆也は09年に難病の元女優と結婚した優しい人のイメージ。完全に 『ミスキャスト』 か 『演出不足』。
    なぜ、この皇子のところで わざわざ原作と違う挿話をいれたのか その意図が不明。 

    2.不倫礼賛 
    終盤での幼馴染の”捨丸”兄ちゃん(妻子あり)と姫との再会場面。 兄ちゃんは、『妻・子のことをまったく忘れ去り』 姫と抱擁し恋の炎を燃やし 実写では2分くらい延々と 二人が手に手を取って大空を飛び回るシーンが映し出される。姫は妻子ありとは知らず罪はない。
    高畑監督が、なぜか映像化せず”隠している”場面=『取り残された妻子が、自分たちの頭の上で 手をつなぎ・抱き合い・笑いながら空を飛びまわっている『主人と不倫相手(かぐや姫)』を 心配そうな不安そうな悲しそうな顔(アップ)で見ている場面』。
    高畑監督には、ぜひこの場面(同様に2分間延々と流す)を追加した『訂正版かぐや姫』を再上映願いたい。観客の反応は、どうかわるでしょうか? 『夢の中』だから「いいでしょっ」って声も。夢のなかでもアングルをかえれば、上記シーンは存在するはずですね。
     『姫の罪と罰』というキャッチコピーは間違いで、『捨丸の罪と罰』。子供には薦められません。「高畑監督、道徳観大丈夫?」

    3.帝(みかど=天皇)ハーレム王
    この映画の脚本は、当時の天皇が『かぐや姫』を”無理やり犯そう”として失敗。その事が原因で月へ帰ってしまう(終)という内容。一方原作は、”手紙や物の交換をして交流するという雅(みやび)な交際をし、心がかよい始める(いい感じ)という筋書き”となっていて 大きく変貌。
    『ライト』スタンドの観客からは、メガフォンがとんできそうです。ブーイングもすごそう。
    『レフト』スタンドへ どうしてもサヨナラホームランを打ちたかったようです。レフト観客は大喝采。
    個人的には「品」がないと思います。キャバクラでおっさんが、おねえちゃんを口説いてる風な「のり」ですから。 この映画、海外にはもっていかない方がいいですね。『日本』のイメージを「↓」げるのではないでしょうか・・・。
    自分のご先祖がこう言ってたら、はずかしいです。
    「私に抱かれたくないと思う女性は、この世に一人もいない」(by☆現天皇のご先祖の「アゴの帝」☆)
    天皇皇后両陛下・皇族の皆様・『特にお子様達』が、この映画をご覧になったら・・・いやな印象・感慨をもたれるでしょうね・・・。

    (おまけ)
    「授乳シーンでの乳房のアップ」・「子どもの半裸、あるいは裸身のシーン」は、欧米圏、あるいはイスラム圏では上映に大きな制約がつく模様。米国では、PG13(=12歳以下の子供の観賞については、保護者の厳重な注意が必要)にするのが可能かどうかというより、不適切な内容(=R指定/17歳以下の観賞は保護者の同伴が必要)だという可能性大。ちなみに、もののけ姫は、PG13指定。

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