巡礼10日目②-3

 

自分と家族との間に、抱える問題。

どこに行っても、どこに逃げても、私はそれを隠せない。

『未解決の人間』。

それは、私の事じゃないか……。

 

 

 

 

 

 

就職活動が苦しい

今日は、小さな山の頂上で夜を明かす事になった。

山の夜は冷え込む。夜空を見上げれば、大気が重く、遠近がいびつだ。
星が、こちらに手を伸ばしてくるような近さで瞬いている。

 

暖炉の前で、巡礼者たちと談笑する。小さな宿なので、人数は少ない。

 

隣に座った韓国人の女の子、ヒジュ。同い年の22歳。ヨーロッパの学生が巡礼に殺到する7月8月と違い、9月のこの道で、学生に出会うことは珍しい。
ヒジュも、去年韓国での就職活動に悩んで、大学院に進学するかどうか考えるためにカミーノ・デ・サンティアゴの道に来たらしい。

「韓国でも、就職活動は大変なイベント。学生たちはこぞって大企業に殺到するのよ。彼らも、彼らの家族も良いキャリアを勝ち取るのに必死。大学受験が終わってヘトヘトのまま、すぐ次の競争にかりたてられる。

私は大学で新聞部の部長をやっていた。就職活動で有利になると思ったから。留学もしたし、大企業でインターンもしたけど、ハードな仕事で、身体を壊してしまった。

これまでの活動実績があれば、きっと企業は評価してくれる。でも、私は自分が将来やりたいことなんてわからない。このまま卒業する前にやり残したことが無いか、ずっと気にかかってる」

 

無理もない。就職活動はまるでレースだ。一瞬でも気を抜けばライバルに負けるという恐怖を煽られて、必死で走り続ける。
将来が不安になるのは皆同じだ。

 

ヒジュは続ける。

「この旅に出るとき、さんざん親に怒られた。
『スペインを歩くことが、キャリアになんの役に立つんだ?って。お前を大企業で働くエリートにするために、これまでどれだけのお金をお前に投資してきたと思ってる?余計なことをするんじゃない』って。
お父さんは未だに怒っていて、メールの返事をしてくれない。
親の期待に応えて、周りがほめちぎる大企業のOLになるべきなのか、
それとも別の道を行くべきなのか・・・なんにもわからない。
頭がパンクしそう。毎日毎日、同じことを考えながら歩いているわ」

自分と同じ境遇のヒジュの悲痛な言葉は、重く胸に刺さった。

 

話を聞いていたカナダ人のブレンデン。バンクーバーの名門大学を出たあと、3年ほど勤めた会社を辞め、バーテンダーになった。次の仕事に就く前に、自分の人生を考えたくてこの旅に来たという。
日本の知り合いにも、脱サラをして銀座にバーを開いた男性がいる。彼らはどうして安定した道を外れる勇気が持てるんだろう。私なんて、就活に必死の同年代の仲間から外れて、一年遅らせるだけでも怖くて仕方が無いのに。

 

皆黙って暖炉の火を見つめ、思索にふける。それぞれの悩みが、窓を越えて外の暗闇へと広がってゆく。

 

張り付いた本当の問題

黙って聞いていたブラジル人のエリート、マルコスが口を開いた。熱っぽい視線で、それぞれの胸に言葉を届けるよう、一語一語、ゆっくりと深いトーンで語りかける。

 

「ブラジルには、『マオ・レゾルビーダ』という言葉がある。
直訳すると『未解決の人間』。
自分の家族や、人生の悩みを、解決していない人間を指して言うんだ。
マオ・レゾルビーダな人間は、ブラジルでは社会的にも評価されない。
たとえ大企業の重役に就いていたとしても、『あいつはマオ・レゾルビーダだからな』と言われて、仲間内では信頼されないんだ。
君たちの周りにも、マオ・レゾルビーダはたくさんいるだろ?
ミユキ、ヒジュ、俺は君たちにマオ・レゾルビーダになってほしくないよ。どんなに良い企業に入ることよりもね。」

 

ぐっと、マルコスの言葉が胸にめりこんだ。

マオ・レゾルビーダという、聞きなれない異国の響きが、痛みを誘発する。

 

こんなにも自分にぴったりの形容詞があるなんて。

『未解決の人間』。

それは、私の事じゃないか……。

 

大学進学時、一番行きたかった大学に行くことを、母に反対された。その大学に行くなら、学費は払わないと言われ、包丁を突きつけて泣きながら懇願した。それでも母は頑として首を立てに振らなかった。3日間の修羅場の後、疲れ果てて私が折れた。
後に続く大学生活のことは、もうどうでもよかった。

 

入学後、せめて勉強する分野は自分で選ぼうと、留学を決めた。行きたい大学に行けなかったんだから、せめてどこかに抜け道を探そう。そうして交換留学の試験に受かった。母は喜んでくれなかった。どうせ行くならアメリカの大学にすればよかったのに。そんな名の知れない大学なんて、就職活動の足しにもならないわよ、と。

 

就職活動中、一番行きたかった企業のインターンに合格し、喜び勇んで家に帰って報告した。報告する前から、無意識の内にうっすらと母の表情は予期していた。それでも報告せずにいられなかった。母は無言だった。

翌日、母が受けてほしい企業のパンフレットと、週刊誌が机の上に置かれていた。
パンフレットは、電通と、博報堂、それから4大商社だった。
週刊誌の「就活生に人気が落ちている企業」という特集記事の中の、私の行きたい人材系の企業の名前に、赤線が引かれていた。

 

母にとって私の言動は、すべて白紙の通知表だったのだ。毎回点数をつけて、無言で突きつけるための。

 

やめて。やめてよ。
私に点数をつけないで。
点数をつけるんなら、せめて一度でいいから、ほっとする点数がほしいよ。

 

巡礼に出た今も、パニック障害で就職活動を辞めたことを、母には言えないままだった。
その後に続く母の表情を想像したら、「あの時、エスカレーターに乗れなかったんだ」と、打ち明ける勇気はとても持てない。
母はなぜ、私が就職活動をやめたのか、未だに知らずにいる。

 

一番恐れていたのは、この事だったのだ。
就職活動以前に、自分の抱えている問題がなんなのか、この旅で自覚してしまうことが、一番怖いことだったのだ。

 

できるなら、家族をめちゃくちゃにぶっこわして、消えてしまいたい。

 

身体のあちこちが、未解決の問題で汚れているのが、今の私なのだ。
自分の家族との間に、これまで抱えてきた問題。
家族との摩擦の中で身体にべったりと固着した黒ずみを、どこに行っても、どこに逃げても、私は、隠せない。

 

自分の中心を見るのが、こわい。

 

未来を見続けていれば、過去の自分が抱えてきた問題は見ずに済む。

足し算をし続けていれば、本当の自分は見なくて済む。

かりそめでも、「いろんな私」を作り上げれば、就活では評価が得られる。

TOEIC900点以上取れる私。グループディスカッションを上手く仕切れる私。◯◯代表の私。
胸を張って、一夜漬けで考えた尤もらしい志望理由を、語れる私。

そうやって、「できること」が増えれば増えるほど、自分の中心部は、余計なもので覆われて見えなくなる。
そうだ、それでいい。安心しろ。中心は見なくていい。

大丈夫、お前はできるんだから。

 

解決しきれない家族との問題があること。ずっと、それに悩んでいること。それが自分を支配していることを、私は知らなかった。いや、見ないふりをしていた。就活の自己分析でも求められないような、ずっと奥深くの自己分析を、勝手に始めてしまうことが、私は怖かった。

身体の中心にある、一番、未解決の巨大な虚無に、マルコスの言葉が突き刺さった。

 

今、知ってしまった。
マルコス。私が『マオ・レゾルビーダ』だよ。
その言葉が指すのは、私なんだよ。

 

でも、どうしたらこの苦しみが取れるのか、わからないんだ。

 

窓の外、明日歩くはずの道は、真っ暗闇の中、豪雨に打たれてぐずぐずと泥の中に溶けてゆくように見えた。

 


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。