20130913-102700.jpg

9月6日

残暑の夏ばてで這い這い、パソコンをひらく、ラング・ド・シャみたいなうっすいマックの蓋を開くことすらも指に負担でふるえる。

顔を合わせれば一発なこともメールでずうっ、とやりとりしていると、かわせばかわすほどうっすらと、透け紙を重ねてゆくように疲弊して相手の顔も見えなくなるのはなんでかしら。

これまでわたしは「おじさん」という人種とあまり、仕事をしたことがなくて、それどころかこれまでの生い立ちの中に「おじさん」という存在が刺さる隙がなかったので、「おじさん」は私にとって、世界にのりで貼付けられた書き割りみたい。

ときおり会議をしていてこ、これがジェネレーションギャップ!と戦慄したり鳥肌たったりもするのだけど、彼らの方が実際に立場も実績もずっとずっとえらいので、うん、うん、と頭を下げるんだけど、なんだろうこの違和感、とかそういうんじゃないんだけど…とかいろいろ思うんだけど私はそのうまい伝え方を知らないのだからして、「そういうもんだから、だまってよう」と誰かが頭の中で言うから、だまってみたりして、せめて、深呼吸してちょっと楽にして、相手の言う事を、聞ける素直なわたし、になってから思い切って電話して、目の前にいないのに頭を下げたりして。

どうにかうまくやりたいんだけど、どうすればいいのか分からない。

だが彼らと一緒にいると高いワインを飲ませてもらえたりもするので、それでちょっと自分をごまかしたりとかして、これが高いワインかーとグラスのふちのにおいを嗅いでみて、銀座のど真ん中。彼らを見ていると若者よりも楽しそうで、それにくらべて自分のこの暗さは如何、と思うんだけどそれにしても仕事というのは自分以外のものすごくたくさんの多くの人間が糸を引き合っていて、その糸の隙間にそっと手を入れて自分の裁量をちょっとだけ発揮してみるもののまたすぐ押し戻されて、でも彼らには彼らの生活があって日常があって家に帰ったら奥さんがいて、会社のおじさんたちの数と同じ数だけのダイニングテーブルと子供部屋とあとお茶碗が食器棚にちゃんとおさまっているのだ。うちにある食器棚とはずいぶんと違うだろう、そこから彼らの生活はちゃんと流れ出していてその流れがちゃんと線路に沿って街に出、東京のど真ん中でかちあってでかいビルが建っている。

でかいビルのでかい食堂でぼーっとする、これだけ多くの人が多くの場所で多く働きみんなそれぞれになにかを発揮したいと願っていて実際発揮してるんだけれど、なんでこの世は良くならんのやろ、じぶんみたいな人間がいるからか。ビルの中で働いている女の人は白と黒のおにぎりみたいなちゃんとした服を着ている人、おじさんとちゃんと働ける、早口でしゃべれる女の人、そういう人になりたくて、体をできるかぎり薄くしてみたりするけれど、なんでちょっと、ちょっとずつ、本音のすれちがいみたいなので薄紙がふりつもってなんだか世界があっさりとさざなんで、ざわざわ、どうか。しごとってむずかしい。

自意識はすりおろして食べちゃいたい。

 

9月8日

元彼の事を思い出して鬱々とする。

あいたいか、と言われたらぐっとあいたい、というわけでもないのだけれど、でもときどき脳内にひょっこり現れて、いろいろとさざなみを立てたりもし、彼の「みゆきちゃん、SNS辞めたら頭でかくなりすぎて苦しいの直るんじゃない」という言い分にしたがってやめてみたらとてもそれは人生にとって都合良く生きやすく好転で大吉、なんだけど彼が残した人生への波及効果、ってゆうのなんてゆうの、その多くがとても良い事だったにも関わらず、それがやっぱりときどきでかくなりすぎて、人の記憶は、巨大な脳のほとんどは都合がわるい、昔の紙芝居みたいに今のぶん以外ごっそり抜き取ってしまえたらよいのに。

 

 

9月9日

山口ミルコさんとお会いして嬉しさで震えた。

ミルコさんとても優しい方で名刺交換してすぐブログを読んでくださり編集者さんづたいにとっても勇気づけられるお言葉をいただいて、ああ、存在自体が発熱体みたいな人、こんな人も世の中にはいる、なにをどんな仕事をしてどんな生き方をしてようと「生きてて、生きててよ」と他人にその生を願われずにはいられないような人がいて、私もなるべくそういう人になりたいと思う。突然変異的に人は変われるものだろか。「おじさん」にとってのそういう人に、まずはなってみたらいいのか。

 

 

9月10日

気分が悲しくなったら友人から教えてもらったこの動画を見る。

ありったけのタンブルウィードという、西部劇の背景で砂漠をよく転がってるあれがとにかく大量に転がりまくり、子供は笑いまくる。君よ、終わりを知らない君の笑いよ。世界はこの動画とこの笑い声と尽き知らずのタンブルウィードのようにいつまでもごろごろと途切れずに続いてゆくのだなぁ。幸せは雪崩式にやってきて、嬉しい人を見ると世界には嬉しさが吹雪く。

 

 

9月11日

頭がおかしいのはSNSのせいで、辞めたら直るかなと思ったけど、辞めたらもとのおかしさが爆発しただけだった。爆風の向きが変わっただけで

 

 

9月12日

編集者さんにごはんをごちそうしてもらって帰宅。

私は長い事、お母さんから創作でない、オリジナリティの無い文章は価値ないから書くのをやめなさいお前のそれは面白くあらへんと言われてきたので賞を取るわけでもない文章を書くのは罪だと思っていたのだが、最近は会う編集者さんが皆にこにこしてくださって小野さん書いていいんですよと言ってくれるからグにもつかない文章でも書こうとおもう。

今、人生で初めて許可されてる感。


紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。

コメントなし

コメントを残す