エルサレムの壁に書かれていた「フリーパレスチナ」の文字。

与え合う場所、殺し合う場所

 

この日はitero de la vegaからCarrion de los Condesまで、33キロ続く平原をひたすら歩いた。

夕方、到着したCarrion de los Condesでは、地元の教会がアルベルゲとして巡礼者たちを受け入れている。

美しい白い教会が見えてきた。

ヘトヘトになり、門の中に倒れこむ。

教会をぐるりと囲む、黒いレンガを積み上げた高い壁は、夕方の日差しの激しさから巡礼者たちを守ってくれる。

教会の庭は広く、今日の道を歩き終えた巡礼者たちが、壁にもたれてめいめいに休息していた。

今日一日の疲れを、無言のまま皆で労るように。

一日歩き終えたこの時間が、巡礼の中でもっともおだやかな、至福の時間だ。

庭で、気になる巡礼者を見かけた。

目の前に缶を置いて座っている。ほどこしを受けながら巡礼しているのだろう。

ヒッピー風の服装はボロボロで、登山靴は擦り切れて今にも壊れそうだ。

それでも、夕日に照らされた彼の顔はおだやかだった。

前を通り過ぎる巡礼者が缶に小銭を投じると、笑顔でやりとりを交わす。

他の巡礼者も、ごく自然に彼の存在を受け入れている。

まるで、他人のほどこしで歩いていようと、自腹で来ていようと、同じ巡礼者なら全く変わらないよ、と言うように。

 

カミーノでは人に何かを与えられたり、与えたりすることが多い。

道端の家の前に、「ご自由にどうぞ」と書かれた、お菓子や果物のたっぷり入った籠が置いてある。

他の巡礼者からも、しばしば水や食料をもらう。

食堂ではだいたいみんなが食材をシェアし、誰が言い出さずとも、ほかの人の分まで作り、豪勢にふるまう。

助け、助けられることで、人と人がつながり、道をつくりあげている。

 

巡礼経験者の知人は、この道についてこう語っていた。

 

「巡礼路を歩く人々はみな優しく、素敵な笑顔をしている。

優しい雰囲気が道全体にあふれているんだ。」

 

歩き始めてすぐに、その言葉は本当だったと実感した。

カミーノでは、皆が同じ目的を持って歩く仲間。

国境も言語も越えて、皆が解りあい、労わりあおうとする。

祖国にいては自然にできないことが、ここではごく普通にできる。

戦争やいがみ合い、歴史的因縁の耐えないこの世界で、

本当に神の祝福に守られているとしても不思議ではない、特異な場所だ。

 

一方で、イスラエルのパレスチナ自治区を訪れたことがある。

イスラエル軍に住んでいた街を奪われ、難民となった人々は、

その日の食料にも困り、ボロボロの家に住んでいた。

街のあちこちで、若い女性兵士が機関銃をかかげてうろつき、

鋭い目で私たちを見ていた。

イスラエルは17歳から兵役が義務化されており、逆らうと社会的な地位を剥奪され

就職すらもままならなくなる。

イスラエル人であっても、国に従わざるを得ないのだ。

パレスチナ自治区のモスク前を警備していたイスラエル兵

パレスチナ人の住むヘブロンという街では、廃墟になったモスクを訪ねた。

数年前、祈祷の最中にイスラエル兵が雪崩れ込み、その場にいた全員が虐殺された場所だ。

モスクの壁には生々しい血しぶきや銃痕がそのまま残っていた。

バスの中で出会ったパレスチナ人のおじさんは、ヘブロンの商店街で雑貨屋を営んでいたが、

イスラエル兵に突然、店を占拠され、追い出されて、今は道ばたのほったて小屋で商売をしていると話してくれた。

廃墟になった商店街は、イスラエル人によって捨てられたゴミが山となり、

まるで人々の怨念が渦巻いているようで吐き気がした。

上を見ると、鉄のネットが張られていた。商店街のアパートを占拠したイスラエル人が、

通行するパレスチナ人に向かって階上からゴミを投げるため、防御ネットを張っているらしい。

パレスチナ自治区の廃墟になった商店街
パレスチナ自治区の廃墟になった商店街。頭上には防御ネットが張られる

人が人を虐げ、悲劇を生む。

その繰り返しに疲弊しているにもかかわらず、未だに怒りと憎しみに煮えたぎる国。

 

あの土地も、ここカミーノ・デ・サンティアゴも、同じ人間の、神を信じる心によって作られた場所だ。

そう思うと、二つの間のどうにもならない落差に、はがゆい気持ちになる。

 

昨日の夜、宿で食事を共にしたベルギー人の神父はこう言っていた。

「本当なら、宗教同士が争う事は決して無いはずなんだ。

全ての神が言っている事は同じなんだから。

『互いに助け合って生きろ』

それだけだよ」

イスラエル兵に家を壊され、廃墟になった街で遊ぶパレスチナ人の子供たち

 

商店街を追い出されたパレスチナ人たちは、住む場所に不安を覚えながら路上で商売を営んでいる。

 

イスラエル軍によって勝手に建造された、街を囲む壁。延々とイスラエルを非難する落書きが続く。この壁からパレスチナ人が外に出る事は許されない。

紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。