スペイン巡礼記 5日目:「毎日が休日だと思える仕事」


5日目ー毎日が休日と思える仕事

サンティアゴ巡礼に出発してから5日目。だんだんと歩くことに慣れてきて、

石ころだらけの道を一日に30キロほど歩けるようになった。

 

午2時ごろ、アルベルゲ(巡礼宿)に到着し、芝生の生えた中庭でビールを飲んでいると、2人の巡礼者に話しかけられた。
一人はスペイン人で71歳のルカス。バスク地方の小さな街で41年間小学校の教師を勤め、現在はリタイア生活だ。巡礼は5回目だという。
もう一人は、ブラジル人で36歳のマルコス。サンパウロの大学を卒業し、外資系企業でマーケティングの仕事をしている、典型的なエリートだ。

 

巡礼者たちの自己紹介は「なぜ歩いているのか?」という問いから始まる。
この日も聞かれたため、私は「大学を卒業した後、将来どんな仕事をするべきなのか、考えるため」と答えた。

そう答えると、陽気でおせっかいなスペイン人たちからは、たいてい一家言飛び出してくる。

やれ「こんな仕事がいい」だの、「俺の仕事は最高だ」だの、「スペインでだけは働くなよ」だの…。

 

しかしこの日、ルカスの口から聞いた言葉は、ひと味違った。

 

「毎日、月曜日だ、火曜日だと思ってする仕事はいけないよ。
毎日が土曜、日曜、祝日だと思えるような仕事に就きなさい。
私は、働いていた41年間、一日も“仕事をした”と思った日はないよ。」

 

この、ごく単純だが核心をついた言葉に、はっとした。

 

そこには「仕事」を越え、生きることそのものに対する、彼の強い意志が篭っていた。

 

もちろん、41年の間には辛いことも耐え難いことも、怒りに震えることもあったに違いない。

スペインを始め、ラテン系の国の住民は、感情の振れ幅がとても大きい。

喜びをはちきれんばかりに表現する一方で、悲しみや怒りも濁流のごとく激しい。

ルカスだって、きっとそうだ。

 

けれど、71歳の老人が、白髪になってなお、照れもせず、物怖じもせず、誰に媚びることもなくその言葉をまっすぐに放った、ということこそ、その言葉が真実であること、その信念に宿る威力の証明のように感じられた。

5日目ー毎日が休日と思える仕事2

彼の言葉は、ラテン民族の、生き方そのものに対する、おおらかで懐広く、喜びに満ちた人生哲学そのものだ。

そして、一生をかけて一つの仕事に打ち込んできた男の、41年間、白墨とサッカーボールと、子供たちのはちきれそうな胴を抱え続けて太く鍛えられた指の節のように、たくましく、揺ぎ無い正しさを持った「職業信念」だ。

 

日本で毎日、企業の面接を受けながら、自分はそんなことを考えていただろうか。

「仕事だと思えない仕事」なんて、そもそもあるんだろうか。

 

日本の就職は「就業」ではなく「就社」だと皮肉交じりに言われているが、それは日本の就職がどうこうという問題じゃなく、結局は就活している自分自身が、それになんの疑問も持たずに乗っかってきたからだ。

大企業のブランド名、安定性、福利厚生を見てリクナビのボタンを押すだけで、なんとなく説明会に誘導され、なんとなくエントリーシートを送り、なんとなく面接のノウハウを覚えてオフィス街を歩きまわる毎日。
「やりたい仕事」ではなく、「つけたい社章」にこだわる毎日。

それまで私は、その仕事がしたいかどうかより、「自分の性格と折り合いの付く会社に入れるかどうか」ばかり気にしていた。
企業の求める鋳型に、自分をはめ込むことに一生懸命で、同時に、自分に合う鋳型を捜し求めていた。

「本当は何をしたいのか」ではなく「就活を上手くこなせる良い感じの自分」になって、会社に受け入れてもらうことばかり考えていた。

しかしそれでは齟齬が出る。半年経った頃、私は自分が「なにをやりたいか」について何の考えも持っていないことに気づき、愕然とした。それと共に、なぜ自分が就職できなかったのか、やっと分かった。

自分が必死に作り上げてきたはずの「良い感じの自分」は、ハタから見て全然「良い感じ」じゃなかったのだ。

「あなたは、人生で何をやりたいの?」という、

自分の中心になるはずの核の部分に、実はなんにも、無かったんだから。

 

じゃあ、なにをしたら、ルカスの言うとおり「毎日が休日だと思える」んだろう。

今までの自分は、全然そんなこと、考えてもこなかった。

お腹の底から、楽しいって言えることって、なんだろう。

分からない。

分からないし、ひょっとしたら立場も年齢も異なる自分には、当てはまらないのかもしれない。

けれど、それでも世界に、そんな風に考えて生きている人が一人でもいる、

まっすぐにそれを信じて言ってくれる人がいることが、この時の自分にはただ、嬉しかった。

 

その夜、寒さに震えながら毛布にくるまり、真っ暗な闇の中で他の巡礼者たちのいびきを聞きつつ寝入ろうとしても、ルカスの言葉は深々と胸に突き刺さったまま、光を放ち続けていた。

これから私が向かう航路を決める、灯台の光のように。