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rikunabi

大企業のオフィス・エントランスで突然、動かなくなった私は「パニック障害」と診断された。

 

答えの出ない問いが、心臓から溢れて全身を毒するかのようだった。

いや、その予兆はずっと前からあったのだ。就活を始めるずっと前から。

ただ、無視していただけだ。

「私はやれる」という傲慢さだけで。

 

就活を辞めた事を、家族に言えなかった。

毎日、リクルートスーツで出かけては家の近所をうろついた。

(リストラされたお父さんって、こんな気持ちなのかな)とぼんやり思いながら。

 

ある日の朝、憂鬱な気持ちでリビングのテレビをつけると、NHKの「おはよう日本」で、パニック障害についてのニュースをやっていた。

テレビ画面の中では、モザイクをかけられた女性が、体育座りで部屋の隅にうずくまっている。

その女性は就職活動中にパニック障害を患い、以後7年間、外出できなくなったままだと語った。

「おはよう日本」どころか、「絶望日本」だ………。

自分もこの人みたいになるんだろうか。
モザイクをかけられた体育座りの彼女が、自分のみぞおちにも居座っているような気がした。

 

携帯のメールにもミクシィの日記にも、友人たちからの内定の報告が次々に並んでいた。すでに外資系の内定をもらっている友人からは、「お疲れ様飲み会しよー^^」と、空気読む気ゼロのメールが入っていた。まるで、4月1日を過ぎて内定の無い人間など、この地球上に一人もいない、と言わんばかりの。

どれにもこれにも、サクラ色の絵文字がたっぷりと散りばめられている。

自分の花道を、自分で祝うように。

 

溝に落ちるマリオは、落下する瞬間、地上で動き続けるクリボーたちをどんな気分で眺めるんだろう。

 

だれもが乗れるエスカレーターに、私だけ乗れない。

そのことが私を絶望させた。

 

もう「自分探し」でもいい

 

そんな中で、スペイン巡礼に旅立つ事を決めたのは、だから、全くのやけくそだったのだ。目の前で皆が楽しそうに乗っている動く歩道に乗れず、どこにも行けない自分を慰めるための、ただの逃避旅行。

それでも、なぜ「スペインを歩く」という突飛な行動に惹かれたのかというと、世界一周中に出会った韓国人の宗教学者、金さんの言葉が、ずっと心に残っていたからだ。

 

金さんは40年以上前に来日し、東京大学で学んだのち、四万十川をフィールドワークしながら古今東西の聖地を研究し歩いている。現在はソウル大学に在籍している。
ボロボロの服装からはとても大学教授には見えないが、それでも、自分の研究について熱心に語る彼の目には、世界中を歩きまわって得た豊かな知性が確かに溢れているのだった。

 

その彼に「最も感銘を受けた場所はどこですか」と尋ねた時に帰ってきた答えが、スペインの巡礼路「カミーノ・デ・サンティアゴ」なのだった。

 

キリスト教の三大聖地の一つ「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」。その、スペイン北部の聖地を目指し、フランス南部の開始地点から、約1000kmにも及ぶ道を歩く、いわばキリスト教版「お遍路」。

中世に始まったその道は今なお世界的に人気で、子供からお年寄りまで、毎年3万人を超す巡礼者が、険しい山や谷、荒野を越え、最終ゴールである「サンティアゴ大聖堂」一点のみを目指し、歩く。

 

彼は言った。

「人生と旅の荷造りは同じ。いらない荷物をどんどん捨てて、最後の最後に残ったものだけが、その人自身なんですね。歩くこと、旅することは、その「いらないもの」と「どうしても捨てられないもの」を識別するための作業なんですよ。私の人生は残り長くてあと20年くらいだけど、その間にどれぐらい、要らないものを捨てられるかが、『自分が何者だったか』を決めるんです」。

 

私が最後まで捨てられない、大事な荷物って一体なんだろう?

 

 

今の自分を捨ててしまいたい。

 

就活、パニック障害、くだらない虚栄心、役に立てられなかった学歴。

要らないものを抱え込み、ぱんぱんに膨らんで、身動きの取れなくなったこの自分を。

 

そのために今できることと言えば、その道を歩く事以外にないような気がしたのだ。もしかしたらこれは、自分探しという名の「逃げ」かもしれない。でも、そんなことを悩む余裕はなかった。

 

もう自分探しでもいい。日本の狭い家で膝を抱えているよりは、全然自分と関係のない場所で、いらないものを捨ててしまいたい。

 

余計なものをそぎ落として、最後に残る「核」みたいなものを見つけられたら、他のことはどうだっていい。せめて就職できなくても、ダメな自分でも、人生だけは捨てたくない…。

 

そう思って、私はスペイン行きを決めた。

20日かけて聖地までの500kmの道のりを歩く、「カミーノ・デ・サンティアゴ」の旅に。

一日目に続く)

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紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。