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1日目①

「みんなと同じ」強さがほしい

早朝のマドリッド。セントラルバスターミナルからのろのろと這い出した、スペイン北部行きの長距離バスは、まだ寝ぼけ眼の灰色の街をすべり抜け、郊外へと走りだした。

30分もすれば、大都市らしい街景色はぽつりぽつりと途切れ始め、だだっ広い荒れ野原が顔を現す。

 

スペイン巡礼の道は、フランスのサン・ジャン・ビエ・ド・ポルトから始まり、聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」まで続く、いわばスペイン版「お遍路」だ。今回は都合で20日余りの滞在期間しか取れなかったので、ちょうど巡礼路の中腹地点、聖地から500kmの地点にある、ブルゴスの街から出発することにした。

 

ただ歩くだけではない。スペインといえば、たくさんの世界遺産を抱える国。名だたる世界遺産や宗教建築、風光明媚な土地を、巡礼者たちは通り抜ける。巡礼といっても、ただストイックなだけの旅ではない。

 

しかし、そうは言っても今回の旅の目的は、自分自身を見つめることにある。

もう来年は、パニック障害になんかなりたくない。ちゃんと「みんなと同じ」ように就職活動がしたい。ちゃんと就職できる、強い自分になりたい。

自分にとってこの旅は、強くなるための処方箋みたいなものだ。

この時はそう思っていた。

 

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中世の王都ブルゴス

バスは午前11時過ぎ、出発地であるブルゴスに到着した。

 

ブルゴスは、中世のカスティーリャ・イ・レオン王国の首都として栄えた街。

中世の王都の威厳を、今でも街並みのそこかしこに残している。その代表が、街を囲む城壁と、旧市街の入り口で巡礼者たちを迎える荘厳なサンタ・マリア門だ。世界史好きにはたまらない街だろう。

 

街の中心となるのは、世界遺産にも指定されているカテドラル(大聖堂)だ。

昼過ぎともあり、街にはほとんど人影がない。マドリッドの喧騒と排気ガスにまみれた街並みがまるで嘘のように感じられる静けさの中、白亜の大聖堂は青く澄み渡った空をバックに、天に向かってのびやかに聳え立っていた。よく手入れされた外壁が、太陽の光を反射し輝いている。きっとこの街は何百年も前から、無数の巡礼者たちの信仰を受け止めてきたのだろう。

 

さっそくアルベルゲ(巡礼宿)に向かい、クレデンシャル(巡礼証明書)を発行してもらう。巡礼者の身分を証明し、格安で巡礼宿に泊まれる、パスポートのようなものだ。

 

門前は多くの巡礼者たちでごったがえしていた。その場に居合わせた欧米人らしき女の子の二人組が、どこかそわそわして落ち着かない。もしやと思って声をかけると、やはり今日が一日目で、この街からスタートすると言う。チェコ人の女の子、アニーとクララ。年齢は18歳。高校を卒業してすぐギャップイヤーを取り、アルバイトでお金を貯めてカミーノに来たという。二人とも、英語もスペイン語も全く話せない。

高校や大学卒業後、働かずに一年ほど海外を旅したり、好きなことをして過ごすことをギャップイヤーと呼ぶ。欧米の若者の間ではありふれた文化だ。

いいなぁ。その歳で巡礼の旅を経験できるなんて。しかも、全く言葉の通じない異国の地にいきなり飛び込むなんて。自分が18歳の時は目の前の受験に必死で、自分の好きなことをして過ごすなんて思いつきもしなかった…と、素直に彼女たちを眩しく思う。

言葉が通じないので、お互い身振り手振りで会話をする。言葉も、身分も歳も離れてはいるが、この道では同じ場所を目指して歩く、貴重な仲間だ。

 

クレデンシャルを手に入れて宿を後にした。街を見守るように囲む城壁をくぐり抜けると、そこはもう聖地に向かう巡礼路だ。黄色いペンキで描かれた矢印が、アスファルトの上に点々と描かれている。巡礼者に、正しい道であることを指し示す、唯一の目印だ。

未来を目指す、黄色の矢印。これからどんな旅が始まるんだろう。

荒野へと続くアスファルトの道に、第一歩を踏み出した。

巡礼1日目3

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紹介 author-img 著者

小野美由紀(MiUKi_None)作家。1985年東京生まれ。