人生のすべての時間は萌え出る芽


 

 朝、彼に「成人おめでとう」とメール。生きているとまさか自分の身にこんなことが、と思うよなことが度々起こるけれど、今日のこれなんかまさにそんなかんじ。

 成人かあ、この人は萌えたての木々のような、一瞬一瞬をいま、生きているのかと思うと、なんだか眩しくもあるし、同時に羨ましくもある。
 私は相手の1.5倍の人生を生きていて、しかしその0.5の差は世間から思われるような0.5では決してない。彼女のほうが年上、というと、落ち着きがあり、社会的に責任のある成熟した女性、を思い浮かべられがちだが、私はそのどれでもまったくなく、なんでこの人は私と一緒にいるのだろう、互いの足のあいだについているものだけで付き合っているのじゃあるまいか、と時々思う。

 はたちのころの私は、あまねく大人はスーツを着て会社に行っていると思っていた。今、1日じゅう家から半径50m以内のところにいて、平日にも平気で旅に出かけ、雨が降る日は遅くまで寝ている、私のことを彼はどう思っているのだろう。作家というのはアウトプットがない限りは仕事の形が目で見えないのであって、それを今、一時的にせよ減らしている私は、果たして「仕事している」と認識されているのか、どうか。
 分かっている。これは単に、去年、頑張ってきた成果を本という形で出せなかったことによる、社会に対する焦りや罪悪感を彼に投影しているだけにすぎないのだ。「人からどう感じられるか」を気にするのは、全部自分の問題。

 

 昨日おとといと、小学生向けにダンスと文章の教室をやった。大人に向けた個人の文章講座はやったことがあったが、集団での、しかも子供に向けた文章教室は初めて。ずっとやりたかったことなのでとても嬉しい。

 エイスクールの教室に来る子は、親が教育熱心だったりして、子供達も聡い、というか、「おとなこども」の殻を被っている、というかんじ。それをぶっこわしてもらうために、ダンサーの青剣くんを呼んで、体を使うアイスブレイクを1時間かけてやってもらう。思った通り、というか予想以上に子供達はダンスに熱狂。場の空気があったかぁぁいバラ色に。

 彼のワークショップは、大人は一瞬で子供に、子供はそれ以上に子供にもどす力があって、たとえば最初、明らかに緊張している風だった女の子がいた。「自分でないものの殻」みたいなものをかぶせられている子の体はなんだか固い。私もそういう子供だったので、硬さが空間を通じて伝わってくる。たたずまいがまず、大人びていて、でも、不安そうな顔をしている。

 でも、ダンスをして体を動かすうち、だんだん緊張がほぐれて、他人との距離が縮まって、体の底から湧いてくる熱が手足から溢れ出てきて、最終的に「動物になるワーク」で「犬になって」と言ったら、もう身体中が犬そのものというか、会場でいっとう犬になりきっていて、あ、この子は殻をやぶ(った、らされた、られた、ってしまった)な、って思った。
 そんな風に、子供たちに、ふにゃふにゃで生まれたままの自分、に出会ってほしかったのだ。大人の殻を被らず、むき出しの自分自身で作文を書いてみて欲しかった。それが作文とダンスを組み合わせた狙いだったのだが、参加していたお父さんお母さんにもそれは効果があったみたいだ。大人も子供も、全員がひゅっとイッペンにふらっとになった感じがした。

 とはいえ作文のパートでは、低学年の子全員が同じようにやるのは難しく、最初は思う通りにいかないこともあった。けど、子供は一瞬で吸収して一瞬で化ける。初めは物怖じしてなかなか書けなかった子が、周りから質問やヒントをもらったとたんにぱーん!とスイッチが入り、ものすごいいきおいで膨大な量の「物語」を一気に書き上げたりした。
 そういう子ども1人1人の変化を、全力で見つけて肯定し、それぞれの魅力や個性を本人や親たちに知ってもらおうと思ってやっていたが、上手くいっただろうか。

 子供と一緒に遊ぶうちに、私も頭のネジがぽんと飛んで行ったみたい。

 何を今まで我慢していたのだろう。
 書くことについて、出版社の都合、編集者さんのコントロール、ジャンルだとか、売り方だとか、いろいろな制約を設けられている気がして去年一年間、とてもしんどかった。けど、そんなものに従っていたらもったいない。ただ無心に、好きなことについて書く、あの気持ちに蓋をして、ルールにがんじがらめになって、いつのまにか、目的と手段が入れ替わっていて。

 そんなことをしたら、「私」がもったいないじゃないか。

 子供たちを見て、ああ、私も彼らの延長線上にいるのだなあ、とふと思う。私も「彼ら」だったことがあるし、いまも「彼ら」なのだ。20歳の時間を生きている彼の、8歳の彼らの、延長線上を、いま、30歳の私は生きているのだ。別の存在じゃない。過去に芽吹いた時間は繰り返し再生する。時間軸を行きつ戻りつし、私の時間もまた、一瞬一瞬が萌えたての木々なのだ。

 


京都でいつもゆくお店


1月1日

新年明けてから京都へ。友達の始めた旅館に滞在してひたすら小説の直し。仕事始めも収めもない。街が休みだと、不思議な集中力が湧く。

友達の旅館は街中から少し離れたところにあるのだが、観光客はほとんどおらず、騒がしくもなく、タクシーで京都駅から1メーターと非常にロケーションがいい。おまけに鴨川沿いで、窓からは一面にきよらかな川の流れが見渡せる。素晴らしく良いところ。

朝日の中、せせらぎの中からぱつと白鷺が飛び立つ、新年の清々しさ。

 

京都は2〜3年前から、2ヶ月に1度程度通っているのだけど、最近はやたらに新しい店やカフェが増えた印象。フリーランスで仕事をするにはこの上なく嬉しいことなのだけど、それだけ観光客も増えたってことなのだろう。

お気に入りは、喫茶マドラグ

075-744-0067 京都府京都市中京区押小路通西洞院東入ル北側

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26019438/

 

俵屋旅館が出店した

遊形 サロン・ド・テ

075-212-8883京都府京都市中京区姉小路通麩屋町東入ル北側

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26005378/

くずもちと抹茶のセット2160円〜とお高いけれど、店内の調度品の静かな佇まいや、窓から見える坪庭の美しさの鑑賞料込みと思えば安いもの。ハーブティー1260円は3煎めまでお店の人が時間を計って入れてくれる。値段以上の価値あり。

キッサマスター

075-231-6828 京都府京都市中京区三条通富小路東入中之町26

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26021736/

アパレルショップの並び。青々とした坪庭を眺めながらPCで静かに作業できる最高の環境。Wifiあり、コーヒーもまあまあ美味しい。奥まった場所にあるせいか、あまり人が多くないのもいい。外国人観光客ばっかり。

ゆっくり読書したい時には「さんさか」へ。

075-241-2710京都府京都市中京区間之町通り御池上ル高田町500 ポポラーレ御池 1F

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26011896/

ここの巨大トーストwithりんごジャムは必食。見たことないくらいに大きな食パンが出てくる。店内には本がたくさん。川上弘美の作品多し。

綺麗な四角形の店内。時間が裁断されたよう。

 

電源も取ってがっつり仕事をするなら、ユースホステル「le9」か「len」のラウンジも良い。平日の昼間は人が来ないし)

 

あとは、京都土産、といえば老舗の行きつけを作りたいと思いつつやっぱり足が向くのは「ウチュウワガシ」https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26017966/

なのだった。こんなに可愛い干菓子、他にあまり見ないものね。

 

京都に住む友人曰く、最近はどこもかしこもホテルだらけ。新風館も取り壊されてホテルになるらしい。平たいこの街の景色の中に、ぽこぽこと間違っちゃったみたいに高いビルの頭が突き出ているのはこれまではそれも愛嬌だったけど、そのうちそれが平均になるのだろうか、それはちょっと、いやだなあと、よそ者らしい単純さで思う。その土地の経済のことは、その土地のものだとは思いつつも。

 

 


相談はぐちゃぐちゃのままでした方がよい


12月14日

知り合いの編集者さんに小説を読んでもらって、アドバイスをもらう。

これまで1年半進まなかったのは題材や筆力の問題ではなく、構造の問題であることが明らかになる。目の前の霧が晴れたよう。もっと早く相談すれば良かった。

知り合いに言われたのは、「相談はね、相談内容がまとまってからするんじゃないんだよ。自分でまとめられるくらいなら相談する前に答えが出せるでしょ。ぐっちゃぐちゃの自分でもわけわかんない状態で、『それでも聞いてくれますか?!』って言って聞いてもらうんだよ」。

私はこれまでとにかく相談が下手で「とにかく何でも自分で解決できる人=エライ」と思ってた。相談=相手の時間を取ること、だと思っていた。

でも周りからしたら、相談しないばっかりに成果が出るのがずるずる遅れるよりは、相談内容はわっけわかんないし、しょっちゅうヘルプも出すけど、早く問題を解決して、それでも成果を出す人の方がいいに決まってるよね。

12月15日

昨日と今日続けて、著者の知人2人と会う。二人とも今年本を2冊出し、活躍している女性たち。

二人とも今年書きたいことは書き切って、次に何を書くか考えている、踊り場にいる状態。

こうして会って話すと、画面の向こうで輝かしい活躍を見ている人でも、それぞれいろいろな種類の悩みを抱えて、もがいて、あがいて、最終的な「本」という形にたどり着いているのだな、と思う。

自分だけではない、と安心する気持ち。

今やっている小説について、第二稿に入って急に進まなくなり、本当はこんなこと、書きたいわけじゃないのになあ、という思いと、書けてないなあと思う部分と、ここは絶対に書きたい、という部分がまぜこぜになってマーブル模様状態。自分でも選り分けられない。

今回の小説は、最初、編集者に何書く?と聞かれた時、

「ファンタジーを書きたい」と言ったら商業的に売りにくいからダメ、と言われ、最初から書きたいものに蓋をして始めた状態。

現代モノは現代にリンクしているわけで、その分現実とのフックがたくさんあり、わくわく、楽しく書いている一方で、次こそは書きたいことを好きなだけ好きなように書いてやる、という気持ちが、原稿に向かっている間も、パソコンを叩く指の隙間からも、ペン先からも漏れ出てきて、あふれてしまうのは止められない。

この気持ちを大事にしようと思う。

待ってろよ。

やっぱり私はファンタジーが書きたいのだ。

12月16日

月1で通っている、山梨の山奥にある陶芸工房「増穂登り窯」から、前回作った作品が焼きあがったとメールが入る。

増穂の窯は電気の窯ではなく、未だに薪と火を使って陶器を焼いていて、そのため1週間ものあいだじゅう人がつきっきりで窯の番をし、火を絶やさぬよう見張り続けなければならない。

窯の温度はゆっくりゆっくり、100、200、300℃……と上げてゆき、最終的には1400にまで到達するのだが、それがなかなか大変で、火は電気と違って人間の思うようにはいかないから、気を抜くとすぐに燃えが悪くなって温度が下がってしまうし、一生懸命薪を放り込んでいるのになぜか温度が下がってしまうことがある。

私はこの窯の温度を上げる作業がなかなか下手で、工房でアシスタントをしている宇田川さんに

「窯の火の温度を上げるコツはなんですか?」と聞いたら

「上げよう、上げようと思わないで、『下がらなければオッケー』くらいに思いながらやること。そうすれば自然と上がるから」

って。

下がらなければオッケー、かあ。

昨年は絵本も含めると3冊も出し、今年は一冊も出ていないので、「こんな自分はダメなんじゃないか」とか「私、本当に大丈夫かなあ」とか、焦りと不安の中でひたすら暗中模索の1年だったのだが、前作よりもクオリティが落ちてさえなければいい、と考えれば気が楽だ。

急に上げようとするから、上がらないのだ。3年くらいでまあ、1冊出るくらいで、自分にはちょうどよいのかも。

7日間かけて焼成する増穂の登り窯の火のように、自分をゆっくり上げていこう。


ホントはむちゃくちゃしんどい


11月19日
夕方、ひとまわり離れた友人と半年ぶりくらいに短く会食。

現時点でしんどいこと、甘えたいこと、慰められたいことを言い合う。言い合うというか自分が一方的に話すだけ。彼は社会的に成功しているので、逆に、もういっそ何言ってもいいやと思い、普段言えない弱音や苦しさや親に対する葛藤を安心して吐き出せる。
彼が私に好意があると知っていて会うのは、利用しているようでズルいなと思うが、今の時点で互いのパートナーに言えない悩みを口に出せ、甘えたり助けを求められるのがその人しかいないので仕方ないと納得する。
別に身体的接触があるわけでないし、愛の言葉を囁き合うわけでもないし、ほとんど会わないから、社会的には不倫ではないだろうが、こんなに精神的にベッタリ癒着した状態は肉体だけの不倫よりよっぽど際どく、ハタから見て気持ちの悪い関係ではないだろうか。
変なの、と思う。全部のことを一人で済ませられたら結婚も恋愛ももっと単純なのに。

母が村上龍の担当編集を20年くらいずっとやっていて……という話をすると、
相手に「それはけっこうしんどいんじゃないか?」と言われて、初めて私がしんどい環境にいることに気づく。

しんどい。
本当はめちゃくちゃしんどい。何をやっていても本当はしんどい。
何を書いても何をやっても親のジャッジが追いかけてくる。
言われるまで気づかなかったが、ずっとベンチマークとして村上龍やそのあたりの子供の頃から読まされていた作家の作品を突きつけられている気がして、ここまでの成果をできるだけ早く出せよと言われている気がしてしんどい。
小説を書くことの意味が、もはやよくわからない。今書いている長編はほぼ完成しているのに、本当にこれが書きたかったのかどうかもよくわからない。
小説以外の創作は気が楽だ。親のジャッジがあんまりない。
最初の一作の絵本は作るのが本当に楽しかった。でもそれ以降は、本を出すために書くみたいなところがあって、書きたいから書いているという感じじゃない。
心の中にはパンパンに膨れ上がって外に出ようとしている何かがあって、でもそれを外に出そうとすると親のジャッジが追いかけてきてすかさず蓋をするので苦しい。正確には親のジャッジを背負っている私というのをやめられない私、が苦しい。あっちに行ってくれと思えば思うほど影のようにべったりとひっついてきて本当に重たい。
ものすごく体調が悪いのは自分で自分に蓋をしてずっと苦しいせいなのだと分かっていてもこれを取り外す方法がわからなくて苦しい。それは自分以外の誰か、身近な人でもきっと、分かることではないんだろうと思う。
母のことを、早く死ねばいいのに、と思うが、死んだところで簡単に解決するわけじゃないんだろうな、とも思う。

夜にエッセイを漫画化してくれる漫画家さんと編集者さんと会食。自分の作品をよりよくしてくれる人がいるというのは嬉しい。少しだけ、前向きな気持ちに。

11月20日
山梨の陶芸工房に行く。誰にも何にも言われないし、好きなように好きなだけ創作できるので気が楽だ。窯の火を見ていると落ち着く。火は燃えるだけ。一度として同じ形はとらないし、どんな形を取っても自由。

夜に、疲れが出てしまいこんこんと寝込む。
彼と付き合いたいのかも、
小説を書きたいのかも、
生きていたいのかも、わからない夜があって、でもそれは突き詰めると親のジャッジから逃れたい、それだけ、たったそれだけだったりするのだ。
誰にもジャッジなんかされたくないし、したくないし、逃れたところで一心に違うものを創作したい。
小野美由紀をやめてしまいたい。
誰のことも信用できない自分がいる。どんな関係も、どうせ最後には空気の抜けた自転車のタイヤのようにしぼむでしょうと思っている自分がいる。

工房に来て2日目の朝に、山の上まで歩いていったところにある氷室神社へ散歩。ここには縄文時代からの原生林がまま残っていて、立っているだけで不思議な感じがする。
千年杉にべったりとくっついて甘える。木はでかい。男にも木にも甘えている。


「湯を沸かすほどの熱い愛」を見た


 映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を見に行く。冒頭のシーンでもう生理的にだめになってしまい12分で退席。最悪な気分。これは私のための映画ではなかった。
ネタバレになるので詳しいことは書かないが、宮沢りえ演じる母の役柄がとにかく無理。娘がいじめられているのに気づかないフリをし、あれだけ学校に行きたくないと言っているのに笑顔で「明日も学校行こうね」って……。いや、そこは休ませろよ!気づかないフリすんな!!こんな女がこの先病気になろうが死のうが一切感情移入も共感もできんわ、そう思って席を立つ。

 私は「いじめには立ち向かえ」という意見がとても嫌いだ。電通の過労死自殺の時にも有識者が「100時間程度の残業で情けない」と言ったが、彼らが問題にしていることと、当事者が抱えている問題は根本的にずれている。
 外野が「そんな問題、大したことないから立ち向かえ」と言う時の「立ち向かう」は多くの場合、「問題を無くすために対処する」ではなく「我慢する」ことでしかない。

 しかし、それは間違っている。

 いじめに「立ち向かう」こと、それは決して我慢することではなく、自らの健全な精神状態を取り戻すために策を練り、あらんかぎりの選択肢を考えて、冷静に対処することだ。
 やられたらやり返せ、俺もいじめられたけど、やり返してやった、という年輩の人間も時々いるけれど、それはその人にとって「やり返す」ことが最善の「自分を守る方法」であっただけであって、いじめられている子ども、全員にあてはまることではない。逃げる、人に助けを求める、訴える、無視する、いじめにはあらゆる対処法があり、どれが最善かは状況によって違う。
 立ち向かう=戦う、我慢する、ではない。
君が精神の健康と安らぎを得て自分らしく生きる道は何千通りもあり、君はそれを選び取る権利があるのだ」「君がそうすることを、いじめっこやその他周りの悪意ある人間が邪魔することは決してできない」そう教わって、はじめて彼らは外部の世界に対して「立ち向かう」ことができるのではないだろうか。そのことを保護者や先生や周りの大人が教えるべきだ。「我慢する」ことしか対処の仕方を教わらなかった子供は、その先もきっとあらゆる物事に対して、そういう防御の仕方しか取れなくなってしまう(自力で学ばない限り)。

 それをただ「我慢しろ」「逃げるなんて情けない、立ち向かえ」と言うことは、自分の愚かさを露わにしているようなものだ。頭を使え、頭を。

 と、映画一つの感想を述べるのに若干横道に逸れてしまったけれど、とにかく「立ち向かえ」とか「我慢」みたいなのってもう古くて、そういうのが美徳、みたいな感じで描く物語は、たとえ他の要素がどんなに美しく彩られていようと、私はどんなものであろうとだめだ。
 しかし、見たおかげで、自分が何に怒りを感じるのか、はっきりと分かった。自分が何を書きたいのかも。12分だけだが見てよかった。
 私が好きなのは、「自由を得るための闘い」の話。どんな物語にせよ。


嫌われなくても、もう勇気


11月9日

 前からお話ししたかった著者さんにお声がけして、羊肉を食べに行くことに。せっかくなので6人にしようということで、その方以外にも普段からずっと話してみたかった方々にお誘いメールを送る。

 以前の私は人を誘うことができなかった。私に誘われても嬉しくないだろうとか、せっかく誘ってもつまんないと思われたらどうしようだとか誘う前から頭がいっぱいになって、結局誘えないことが多かった。実際、断られたら大ショックすぎて頭が追いつかず1日ふさぎ込んだりしていた。

 今は違う。断る権利が相手にはあるのだし、と思うようになった。自分の行動を決める際に、相手の選択というものがあることを算段することができるようになった。

 そうだよね、皆自分と同じように色々選択して生きているのだから、断られたり、もし誘った結果、仮につまんないと思われても、こっちが責任を取ることじゃないんだよね、そんな些細なことに、これまで気づかなくて、いろいろと損をしてたなぁ、と思う。

 

 昨日からアメリカの大統領選のことで、同じシェアハウスの人たちも、 SNSのタイムラインも、世界中の人々も湧き上がっている。同じ話題で盛り上がるのは、なんとなく数多くの人々と自分が繋がっている感じがしてちょっとウキウキする。喜んでいる場合じゃないかもしれないが。

 トランプが選ばれて、ショック、信じられない、という気持ちも大きい一方で、このことでショックを受けていてもしょーがないじゃない、という冷静な気持ちも片方にある。

 アメリカは日本に巨大な影響を及ぼす国であることは間違いないけれど、でも、日本はアメリカじゃない。隣の国のトップが変わっただけだ、という見方もできる。

 これを機に日本はアメリカから自立して、「あんなヤバい大統領の国に依存してたら本当にヤバいことになるから自分たちでどうにかしていこう」という考え方が広まればいいと思う、そう言ったら楽観的過ぎるだろうか?

 トランプは明らかにまずそうではあるけれど、でも

「まだ何も始まっていない。ただ代表が選ばれただけだ」

 そう思えば、次の4年を生きる気力が湧いてくる、ような気もする。

 世界は変わるし私も変わるのだ。変わらないものなんてない。変わらなさを愛でるよりも、ごくごく小さな変わることを、ジャッジも拒否もせずに、ただ体の中にたんたんと積み上げて日々を生きてゆきたい。それがいつかの未来において、かならず何かの材料になるから。

 

 夜、丸ノ内線に乗る。隣の隣の席に、顔ほどもある巨大な白飯のおにぎりを一心不乱にパクつきながら本を読む学ランの男子高校生。隣のOLさんは顔をしかめている。何を読んでいるのかと覗き込めば「嫌われる勇気」……大丈夫、君はすでにそれを持ってるよ。

 しかし白米のおにぎりは匂いがしないせいか、なぜか不快にはなりませんね。


守られたい


 11月8日

 あさ、付き合いたての彼と初エッチ。いつも思うけど人の性器というのはなぜこんなにごつごつしていて変な形なんだろうか。体の中でこんなにも複雑な形をしているとこって他にないと思う。相手にひっかかりやすいようにできているのだろうか、他人にひっかからないと生きて行けないのが人間なのか。

 しばらくしてから急に体調が悪くなり、病院に。ここのところ仕事で頭がいっぱいでろくに食事を取っていなかったことが原因らしい。ちゃんと食べろと怒られる。胃カメラを飲みCTを取ることになった。まだ30歳なのに。急に弱気になってこれからの人生のことを考える。

 ふと振り返って周りの人たちのことを考えるのは、こうやって体調を崩したときだ。体調が良くてイケイケな時ほど視野は狭い。以前、私を「俺より下の女の子」扱いしてくる男の編集者さんに怒ってしまって担当を変えてもらったことがある。あの時は本当に腹が立ったが、いま思えば彼は彼なりに私のことを良くしようとして一生懸命に考えてくれていたのかもしれない。反省。皆なんらかの形で現状を少しでもよくしようとして動いていて、それが噛み合わないと誤解になったり、あの人は私をダメにしようとしていると思ってつい怒ってしまうが、それは同時に、他人へのレセプターが鈍くなっていることの裏返しだ。他人に頼ったり、手伝ってもらったり、相手なりの形で力を貸してもらおうとすることが下手なのでそこの読み取りをよく間違える。いつも、どこかで遠慮してしまって、助けて欲しいと言えない。甘えてはいけないと思っている。甘えないことで何かに復讐しようとしている。

 母に電話。今度一緒に住む相手は彼氏ではないのかと聞かれる。違う、というと、あんた同棲するくらいなら結婚しなさいよと言われる。
 びっくりした。ずっと、母は自分自身と同じように私に結婚して欲しくないのかと思っていた。私の幸せを願っていないから、ずっと独り身でいて自分の手元から離れて欲しくないのかと。
 母に「あんたはしていないじゃん」と言ったら笑って、そりゃできるんだったらしたほうがいいわよ、と言う、母も歳をとって弱気になったのかもしれない。私が、今年の1月に祖母が死んでから、子供の頃のことや、自分に怒りを与えていたトラウマを整理できたように、母の中でも、いろいろな変化が生まれたのかもしれない。子供の幸せを願える人間に、歳をとって変わってきたのかもしれない。

 久々に話して、枷が外れたような気持ち。母も人間だ。歳を取るごとに、錆び付いてブリキになるわけじゃない。死ぬまで変化し続ける。

 守られたい。

 私が異性に求めている条件はこれしかない。今の彼と付き合い始めたり、長編小説が手離れしたせいで、自分が何を本当は求めているのか、心の中の氷が溶け出して、中にあったものが少しずつ露わになるようにして、やっと分かってきた。ずっと、自分が男性に求めるものは、話が面白いだとか頭がいいとかセックスのときこれこれこういうふうに振舞ってくれるだとか、色々あるように思っていたけれど、蓋を開けて自分の中を奥深くまで掘り進めて見たらこれしかなかった。

 私は思ったより強くないし独り立ちができない。何でもできると思っていたのはなんでもできる人間であれという強迫観念にも似たまやかしだった。男に依存せず、一人でもカッコよく明るく生きられる私、という理想の自己イメージは一種の覚せい剤にも似てカンフル効果は高いのだが、肝心の体の芯はギスギスで、気力と頭の中身だけでがんばって自分を持ち上げている感じ。学生時代、自分で何にもできずに男にちやほやされて全部やってもらっている女の子を見てイライラしていたが、私は本当は彼女のことが羨ましかったのだと思う。自分もそうふるまいたくて、でも、甘えたり頼ったりすることは悪だと教えられてきたから。
 子供の頃、母に些細なことで頼ったら怒られた。幼い頃、忙しくてなかなか話せない母と、塾に向かうタクシーの中でのわずかな時間に、コミュニケーションがとりたくて、わざと知っていることを知らないふりをして質問したことがある。そのとたん母は烈火のごとく怒った。「なんでそんなことも知らないの、私に聞く前に辞書引きなさい」ショックだった。別にそのことを知りたかったわけではなく私は母に甘えたかっただけだ。優しくいろいろなことを教えて欲しくて守られているという実感が欲しかっただけだ。
「守られている」という実感をすっとばして私は大人になった。それが今、何千年もの間溜まりに溜められた地下ガスのように噴出し始めている気がする。満たされれば、多分、別の欲望にすり替わってゆく気がする。が、いま、私は守られたい。本当は全力で依存したいのだ。誰かに。いままで誰と付き合っても満たされなかったのは、自分が男性に対して本当は何を望んでいるのかに気づいていなかっただけだ。時代に逆行しているのかもしれないが、わたしは強い男の人に守られたい。ばかだなあ、お前、と言われたい。ばかでいていい、と言われたい。自立・対等なんかくそくらえだ。銀座のホステスをやっていた頃、たくさんの歳下の男たちをはべらせて、付き従えていた70歳のママが最高に煌びやかでカッコよく見えたように。

 夜、渋谷のアパートメントに行くために銀座線に乗る。赤坂見附の駅で乗り換える時、手荷物の多い私はもたもたして、降りる時に時間がかかってしまう。いつも上手く電車を降りることができない。けどこの日は乗ってくる人たちはきちっと整列して私が降りるのを最後まで待ってくれた。こういうとき、日本の社会ってウェルオーガナイズドだ、と思う。最近は悲しい事件や不幸な事件、理不尽な悪意で誰かが辛い目に合う事件のニュースが多くて辛い気分になるが、一方で、些細なところに思いやりが行き届いているなと思えることも、たまにはある。よかった、他人は頼っていいのだ、電車を降りる時、多少はもたもたしても、生きて行けるのだ。
 もうすぐ彼が来る。部屋を暖めて待たなくては。その代わり、シュークリームをねだろう。


【仕事メモ】ジョージア・オキーフについて書きたい


韓国のとある出版社から

「文豪・もしくは画家・思想家について旅をして彼らの生涯についてエッセイの本を書きませんか」

というお仕事のオファーを頂いた。

最初はスコット・フィッツジェラルドにしようと思ったが、画家でもいいということなら、私が超超超大好きなジョージア・オキーフ(Georgia O’Keeffe 、1887年11月15日 – 1986年3月6日)が良い!オキーフはお花と骨と風景画だけをほぼ100歳になるまで描き続けた、アメリカの20世紀を代表する女性画家。彼女のニューメキシコの荒野の家は、彼女のワールドが詰まっていて、プレミアムとか、kinfolkがやってるよな「丁寧な暮らし」をもう30年も前から先取りしている写真だけでも目ん玉が飛び出るよーな素敵なおうちで、ニューヨークでの華々しい成功者としての生活に疲れたオキーフが「ここはわたしの居場所。心が静かです。わたしの皮膚がここの土地に近いと感じている」と言って晩年をそこで過ごして死ぬまで絵を描き続けた場所なんですよ!

で「もうここに行けるなら取材費は自腹でもいい!私ぐらいオキーフについて情熱持って書ける人はいない!」と思ってオキーフを提案したのだが、結果はNo, アートの専門家じゃないし、文筆家は作家について書いたほうがいいという先方の判断。ま、それ自体は仕方がないと思うしフィッツジェラルドも好きだから良いのだけど・・・うーん!

でも諦めきれない!

どちらか私にオキーフについて書かせてくれる媒体&出版社はありませんか・・・?

多分だれより熱心にサンタフェに通うしなんなら取材費自腹でも良いよ〜!オキーフについて書きたい!!!!彼女のワールドについて書きたい!!書かせてくれぇぇ〜〜!!!

ま、今の長編小説が終わってからの話ですが・・・!

という日記でござんした。

ま、「依頼」と「本人のやりたいこと」が合致しないことも、時にはあるわな。

 

(掲載した写真の著作権はもちろんジョージア・オキーフのものです)


2015年の目標 ヒット、お金の使い方、小説


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ふと、2013年の年始に、3つの目標をfacebookのノートに書いた事を思い出して、読み返してみたら、2014年に全部叶っていました。一年遅れで目標は叶うみたいです、どうやら。なので、今年の目標を3つ。

・3冊出して大ヒット

今年は2月10日発売の「傷口から人生。〜メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」も含め3冊刊行予定なので、一冊一冊を丁寧に作り、かつちゃんと売ってく。この一冊にあることもないこともすべてを書いてしまったので、もうなんにも怖いものはないのでパブもがんがんやってく。それで、作るのに協力してくれた編集者さんに、ちゃんと恩が返せるように、一冊一冊をヒットさせる。ちゃんと。

・人のために金を使う

これまでなんで生きてこれたのか自分でもよくわかんないくらい安定しない収入でしたが、フリーになって2年、ようやくちゃんと入るようになってきたので、次は、人のためにお金をたくさん使えるようになる。年下にオゴれない人は、女であろうと男であろうとダサいなって思う。目上の人にそうしてもらってきたからこそ、他人に対して、これからはバンバンお金使えるようになりたい。

私のメンター的な存在である、とある経営者の方は、毎晩、赤坂の高級韓国クラブで好きでもないのにマッコリとワカメスープをすすりまくり、毎晩うん十万円にもなる料金を同席者が何人いようとすべて自分もちで支払っています。なんでそんなことをするのかと聞くとこれが自分の修行なのだ、自分に常に負荷をかけることで稼ぐ意志が湧いてくるのだ、と今にもレッドブル2、3本がぶ飲みしないと倒れそうなほどに苦い顔で言っていました。そこまでとは言いませんがまぁそんくらいのオトコっぷりは見せれるようになりたいすね。金は潔く使う。

・小説を一本書く

最初のエッセイが完成した後、ありがたいことに「次は小説を書きませんか?」と編集者さんからオファーをもらったので、今年は小説を書きます。書いたことないけどたぶん書けます。とはいえやったことないことなのでちまちま少しずつやります。やったことないことは、ゆっくりやるべきなので。これまでの経験則的に。でも面白いの書きたいな。

 

去年でやっと、自分の書くものに自信が持てたので、今年はそれを地道に確実に磨いてゆきたいです。


「かぐや姫の物語」感想と、イベントのお知らせ。“宇野常寛 meets「女子カースト」”12月4日(水)


かぐや姫

どうもこんばんは。

『かぐや姫の物語』見てきましたが、姫が「月に帰らねば」って言い出す所の脈絡がなさ過ぎ&瞳孔開き過ぎてて、結婚したくないあまりに妄想でっちあげ始めたサイコパス女かと思ったし、月の使者が迎えに来た時の登場シーンがあまりにもアッパー&ハッピー&サイケデリックすぎて、覚せい剤キメすぎたシャブ中の幻覚かと思いました。ぐらぐら揺れまくる原画の線の不安定感からはアウトサイダーアートの風格さえ漂い、そもそも帝のアゴが長すぎて人間の体を成してない。

そういう意味では必見の映画です。

 

それにしても、あまりに男のダメさと身勝手さばかりがこれでもかとクローズアップされており、ジブリはミサンドリー(男性嫌悪)なのか?とすら思いました。どんだけ男の事下に見てるん。唯一のロマンチックなシーンですら、不倫だし…。
一貫して、男と女の対立の構図が解けないんですよね、この映画。その構図に、セックス・アンド・ザ・シティにまで通じる時代の新旧を問わない普遍性を感じたり、感じなかったり…。

民間伝承の「竹取物語」って、平安時代、結婚制度にまつわるあまりの男の身勝手さに精神を病んだメンヘラ処女の、「私、月から来たの…竹から生まれたの…」的ドリームから生まれたのかもしれませんね。あんがい。

 

それはさておき、男と女と言えばですね!!あさって12月4日(水)東京・四谷三丁目にてこんなイベントがあります。

12/4(水)『格付けしあう女たち』刊行記念トークイベント

白河桃子と宇野常寛が、2014年の日本を占う!~「ポスト性差」時代、男社会と女社会はこう変わる@ポプラ社コンベンションホール

 

アベノミクス、オリンピック、育休三年…時代の大きな変革期にいる私たち。
しかし一方、改善されない女性の雇用問題や、旧態依然とした会社組織の中で押し付けられる男女の役割は依然として昔のまま。
男女ともに望む生き方は多様化しつつあるはずなのに、社会システムとのひずみからくる働きづらさ、生きづらさは全く解消しない。
これは社会認識の問題なのか? 制度の問題なのか?
昭和から続く男女の役割が崩れ始め、性別に生き方が左右されなくなりつつある「ポスト性差」時代を幸せに迎えるために、私たちはどうすればいいのか。

・若い世代は果たして一生結婚できないのか?
・ワーキングマザー、育休パパはどうやったら増えるのか?
・2014年以降、日本の雇用はどう変わる?
・旧態依然とした会社組織、団塊の世代との戦い方は?
・男の生きづらさ、女の生きづらさはどうすれば解消するのか?

新著「格付けし合う女たち ー女子カーストの実態」で、改善されない雇用環境が女同士の格付け=カースト問題を深めていると鋭く指摘したジャーナリストの白河桃子と、スクールカーストなど、コミュニティ内の格差問題にいち早く注目し議論してきた宇野常寛が、「時短ママ」問題から「モテ・非モテ」、貧困問題まで、「性と生き方」に関する日本の課題をぶった切る!
両氏の議論から、多様性ある日本の未来が今、見えてくる。

チケットのご予約はこちらから!

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白河桃子×宇野常寛
「『格付けしあう女たち』刊行記念トークイベント」

日時
2013年12月4日(水)
open19:00 / start19:30
終演後物販・サイン会を開催(宇野の本にも本人がサインをいたします)

場所
ポプラ社 コンベンションホール東京都新宿区大京町22-1 HAKUYOHビル

http://maps.google.co.jp/maps?q=35.686962,139.716123

 

チケット
1000円(税込)

チケットのご予約はこちらから!

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申し込みはPLNETSのサイトより受け付けています。

このトークイベントを聞けば、かぐや姫の物語に込められた男と女の戦争の謎が解けるかもしれないし、解けないかもしれない。

みなさん、ぜひお越しくださいませ!!


千駄木の美しすぎる銭湯「ふくの湯」


昨日、飯田橋から田端まで、自転車で走っている時、

偶然通りがかった銭湯「ふくの湯」。

一階にはコインランドリー。

あたりに広がる、お湯のやわらかな匂い。

でも、ライトアップされた外観はさながらカフェかログハウスのようで、

私のイメージする銭湯とは、全く異なる顔をしていた。

のれんには「ゆ」ではなく「ふ」の字。

なんだろう、ここ?

まっすぐ帰るつもりだったけど、その外観の美しさに思わず入ってしまった。

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