人生のすべての時間は萌え出る芽


 

 朝、彼に「成人おめでとう」とメール。生きているとまさか自分の身にこんなことが、と思うよなことが度々起こるけれど、今日のこれなんかまさにそんなかんじ。

 成人かあ、この人は萌えたての木々のような、一瞬一瞬をいま、生きているのかと思うと、なんだか眩しくもあるし、同時に羨ましくもある。
 私は相手の1.5倍の人生を生きていて、しかしその0.5の差は世間から思われるような0.5では決してない。彼女のほうが年上、というと、落ち着きがあり、社会的に責任のある成熟した女性、を思い浮かべられがちだが、私はそのどれでもまったくなく、なんでこの人は私と一緒にいるのだろう、互いの足のあいだについているものだけで付き合っているのじゃあるまいか、と時々思う。

 はたちのころの私は、あまねく大人はスーツを着て会社に行っていると思っていた。今、1日じゅう家から半径50m以内のところにいて、平日にも平気で旅に出かけ、雨が降る日は遅くまで寝ている、私のことを彼はどう思っているのだろう。作家というのはアウトプットがない限りは仕事の形が目で見えないのであって、それを今、一時的にせよ減らしている私は、果たして「仕事している」と認識されているのか、どうか。
 分かっている。これは単に、去年、頑張ってきた成果を本という形で出せなかったことによる、社会に対する焦りや罪悪感を彼に投影しているだけにすぎないのだ。「人からどう感じられるか」を気にするのは、全部自分の問題。

 

 昨日おとといと、小学生向けにダンスと文章の教室をやった。大人に向けた個人の文章講座はやったことがあったが、集団での、しかも子供に向けた文章教室は初めて。ずっとやりたかったことなのでとても嬉しい。

 エイスクールの教室に来る子は、親が教育熱心だったりして、子供達も聡い、というか、「おとなこども」の殻を被っている、というかんじ。それをぶっこわしてもらうために、ダンサーの青剣くんを呼んで、体を使うアイスブレイクを1時間かけてやってもらう。思った通り、というか予想以上に子供達はダンスに熱狂。場の空気があったかぁぁいバラ色に。

 彼のワークショップは、大人は一瞬で子供に、子供はそれ以上に子供にもどす力があって、たとえば最初、明らかに緊張している風だった女の子がいた。「自分でないものの殻」みたいなものをかぶせられている子の体はなんだか固い。私もそういう子供だったので、硬さが空間を通じて伝わってくる。たたずまいがまず、大人びていて、でも、不安そうな顔をしている。

 でも、ダンスをして体を動かすうち、だんだん緊張がほぐれて、他人との距離が縮まって、体の底から湧いてくる熱が手足から溢れ出てきて、最終的に「動物になるワーク」で「犬になって」と言ったら、もう身体中が犬そのものというか、会場でいっとう犬になりきっていて、あ、この子は殻をやぶ(った、らされた、られた、ってしまった)な、って思った。
 そんな風に、子供たちに、ふにゃふにゃで生まれたままの自分、に出会ってほしかったのだ。大人の殻を被らず、むき出しの自分自身で作文を書いてみて欲しかった。それが作文とダンスを組み合わせた狙いだったのだが、参加していたお父さんお母さんにもそれは効果があったみたいだ。大人も子供も、全員がひゅっとイッペンにふらっとになった感じがした。

 とはいえ作文のパートでは、低学年の子全員が同じようにやるのは難しく、最初は思う通りにいかないこともあった。けど、子供は一瞬で吸収して一瞬で化ける。初めは物怖じしてなかなか書けなかった子が、周りから質問やヒントをもらったとたんにぱーん!とスイッチが入り、ものすごいいきおいで膨大な量の「物語」を一気に書き上げたりした。
 そういう子ども1人1人の変化を、全力で見つけて肯定し、それぞれの魅力や個性を本人や親たちに知ってもらおうと思ってやっていたが、上手くいっただろうか。

 子供と一緒に遊ぶうちに、私も頭のネジがぽんと飛んで行ったみたい。

 何を今まで我慢していたのだろう。
 書くことについて、出版社の都合、編集者さんのコントロール、ジャンルだとか、売り方だとか、いろいろな制約を設けられている気がして去年一年間、とてもしんどかった。けど、そんなものに従っていたらもったいない。ただ無心に、好きなことについて書く、あの気持ちに蓋をして、ルールにがんじがらめになって、いつのまにか、目的と手段が入れ替わっていて。

 そんなことをしたら、「私」がもったいないじゃないか。

 子供たちを見て、ああ、私も彼らの延長線上にいるのだなあ、とふと思う。私も「彼ら」だったことがあるし、いまも「彼ら」なのだ。20歳の時間を生きている彼の、8歳の彼らの、延長線上を、いま、30歳の私は生きているのだ。別の存在じゃない。過去に芽吹いた時間は繰り返し再生する。時間軸を行きつ戻りつし、私の時間もまた、一瞬一瞬が萌えたての木々なのだ。

 


無題


11月9日

 前からお話ししたかった著者さんにお声がけして、羊肉を食べに行くことに。せっかくなので6人にしようということで、その方以外にも普段からずっと話してみたかった方々にお誘いメールを送る。

 以前の私は人を誘うことができなかった。私に誘われても嬉しくないだろうとか、せっかく誘ってもつまんないと思われたらどうしようだとか誘う前から頭がいっぱいになって、結局誘えないことが多かった。実際、断られたら大ショックすぎて頭が追いつかず1日ふさぎ込んだりしていた。

 今は違う。断る権利が相手にはあるのだし、と思うようになった。自分の行動を決める際に、相手の選択というものがあることを算段することができるようになった。

 そうだよね、皆自分と同じように色々選択して生きているのだから、断られたり、もし誘った結果、仮につまんないと思われても、こっちが責任を取ることじゃないんだよね、そんな些細なことに、これまで気づかなくて、いろいろと損をしてたなぁ、と思う。

 

 昨日からアメリカの大統領選のことで、同じシェアハウスの人たちも、 SNSのタイムラインも、世界中の人々も湧き上がっている。同じ話題で盛り上がるのは、なんとなく数多くの人々と自分が繋がっている感じがしてちょっとウキウキする。喜んでいる場合じゃないかもしれないが。

 トランプが選ばれて、ショック、信じられない、という気持ちも大きい一方で、このことでショックを受けていてもしょーがないじゃない、という冷静な気持ちも片方にある。

 アメリカは日本に巨大な影響を及ぼす国であることは間違いないけれど、でも、日本はアメリカじゃない。隣の国のトップが変わっただけだ、という見方もできる。

 これを機に日本はアメリカから自立して、「あんなヤバい大統領の国に依存してたら本当にヤバいことになるから自分たちでどうにかしていこう」という考え方が広まればいいと思う、そう言ったら楽観的過ぎるだろうか?

 トランプは明らかにまずそうではあるけれど、でも

「まだ何も始まっていない。ただ代表が選ばれただけだ」

 そう思えば、次の4年を生きる気力が湧いてくる、ような気もする。

 世界は変わるし私も変わるのだ。変わらないものなんてない。変わらなさを愛でるよりも、ごくごく小さな変わることを、ジャッジも拒否もせずに、ただ体の中にたんたんと積み上げて日々を生きてゆきたい。それがいつかの未来において、かならず何かの材料になるから。

 

 夜、丸ノ内線に乗る。隣の隣の席に、顔ほどもある巨大な白飯のおにぎりを一心不乱にパクつきながら本を読む学ランの男子高校生。隣のOLさんは顔をしかめている。何を読んでいるのかと覗き込めば「嫌われる勇気」……大丈夫、君はすでにそれを持ってるよ。

 しかし白米のおにぎりは匂いがしないせいか、なぜか不快にはなりませんね。


守られたい


 11月8日

 あさ、付き合いたての彼と初エッチ。いつも思うけど人の性器というのはなぜこんなにごつごつしていて変な形なんだろうか。体の中でこんなにも複雑な形をしているとこって他にないと思う。相手にひっかかりやすいようにできているのだろうか、他人にひっかからないと生きて行けないのが人間なのか。

 しばらくしてから急に体調が悪くなり、病院に。ここのところ仕事で頭がいっぱいでろくに食事を取っていなかったことが原因らしい。ちゃんと食べろと怒られる。胃カメラを飲みCTを取ることになった。まだ30歳なのに。急に弱気になってこれからの人生のことを考える。

 ふと振り返って周りの人たちのことを考えるのは、こうやって体調を崩したときだ。体調が良くてイケイケな時ほど視野は狭い。以前、私を「俺より下の女の子」扱いしてくる男の編集者さんに怒ってしまって担当を変えてもらったことがある。あの時は本当に腹が立ったが、いま思えば彼は彼なりに私のことを良くしようとして一生懸命に考えてくれていたのかもしれない。反省。皆なんらかの形で現状を少しでもよくしようとして動いていて、それが噛み合わないと誤解になったり、あの人は私をダメにしようとしていると思ってつい怒ってしまうが、それは同時に、他人へのレセプターが鈍くなっていることの裏返しだ。他人に頼ったり、手伝ってもらったり、相手なりの形で力を貸してもらおうとすることが下手なのでそこの読み取りをよく間違える。いつも、どこかで遠慮してしまって、助けて欲しいと言えない。甘えてはいけないと思っている。甘えないことで何かに復讐しようとしている。

 母に電話。今度一緒に住む相手は彼氏ではないのかと聞かれる。違う、というと、あんた同棲するくらいなら結婚しなさいよと言われる。
 びっくりした。ずっと、母は自分自身と同じように私に結婚して欲しくないのかと思っていた。私の幸せを願っていないから、ずっと独り身でいて自分の手元から離れて欲しくないのかと。
 母に「あんたはしていないじゃん」と言ったら笑って、そりゃできるんだったらしたほうがいいわよ、と言う、母も歳をとって弱気になったのかもしれない。私が、今年の1月に祖母が死んでから、子供の頃のことや、自分に怒りを与えていたトラウマを整理できたように、母の中でも、いろいろな変化が生まれたのかもしれない。子供の幸せを願える人間に、歳をとって変わってきたのかもしれない。

 久々に話して、枷が外れたような気持ち。母も人間だ。歳を取るごとに、錆び付いてブリキになるわけじゃない。死ぬまで変化し続ける。

 守られたい。

 私が異性に求めている条件はこれしかない。今の彼と付き合い始めたり、長編小説が手離れしたせいで、自分が何を本当は求めているのか、心の中の氷が溶け出して、中にあったものが少しずつ露わになるようにして、やっと分かってきた。ずっと、自分が男性に求めるものは、話が面白いだとか頭がいいとかセックスのときこれこれこういうふうに振舞ってくれるだとか、色々あるように思っていたけれど、蓋を開けて自分の中を奥深くまで掘り進めて見たらこれしかなかった。

 私は思ったより強くないし独り立ちができない。何でもできると思っていたのはなんでもできる人間であれという強迫観念にも似たまやかしだった。男に依存せず、一人でもカッコよく明るく生きられる私、という理想の自己イメージは一種の覚せい剤にも似てカンフル効果は高いのだが、肝心の体の芯はギスギスで、気力と頭の中身だけでがんばって自分を持ち上げている感じ。学生時代、自分で何にもできずに男にちやほやされて全部やってもらっている女の子を見てイライラしていたが、私は本当は彼女のことが羨ましかったのだと思う。自分もそうふるまいたくて、でも、甘えたり頼ったりすることは悪だと教えられてきたから。
 子供の頃、母に些細なことで頼ったら怒られた。幼い頃、忙しくてなかなか話せない母と、塾に向かうタクシーの中でのわずかな時間に、コミュニケーションがとりたくて、わざと知っていることを知らないふりをして質問したことがある。そのとたん母は烈火のごとく怒った。「なんでそんなことも知らないの、私に聞く前に辞書引きなさい」ショックだった。別にそのことを知りたかったわけではなく私は母に甘えたかっただけだ。優しくいろいろなことを教えて欲しくて守られているという実感が欲しかっただけだ。
「守られている」という実感をすっとばして私は大人になった。それが今、何千年もの間溜まりに溜められた地下ガスのように噴出し始めている気がする。満たされれば、多分、別の欲望にすり替わってゆく気がする。が、いま、私は守られたい。本当は全力で依存したいのだ。誰かに。いままで誰と付き合っても満たされなかったのは、自分が男性に対して本当は何を望んでいるのかに気づいていなかっただけだ。時代に逆行しているのかもしれないが、わたしは強い男の人に守られたい。ばかだなあ、お前、と言われたい。ばかでいていい、と言われたい。自立・対等なんかくそくらえだ。銀座のホステスをやっていた頃、たくさんの歳下の男たちをはべらせて、付き従えていた70歳のママが最高に煌びやかでカッコよく見えたように。

 夜、渋谷のアパートメントに行くために銀座線に乗る。赤坂見附の駅で乗り換える時、手荷物の多い私はもたもたして、降りる時に時間がかかってしまう。いつも上手く電車を降りることができない。けどこの日は乗ってくる人たちはきちっと整列して私が降りるのを最後まで待ってくれた。こういうとき、日本の社会ってウェルオーガナイズドだ、と思う。最近は悲しい事件や不幸な事件、理不尽な悪意で誰かが辛い目に合う事件のニュースが多くて辛い気分になるが、一方で、些細なところに思いやりが行き届いているなと思えることも、たまにはある。よかった、他人は頼っていいのだ、電車を降りる時、多少はもたもたしても、生きて行けるのだ。
 もうすぐ彼が来る。部屋を暖めて待たなくては。その代わり、シュークリームをねだろう。


ジョージア・オキーフについて書きたい


韓国のとある出版社から

「文豪・もしくは画家・思想家について旅をして彼らの生涯についてエッセイの本を書きませんか」

というお仕事のオファーを頂いた。

最初はスコット・フィッツジェラルドにしようと思ったが、画家でもいいということなら、私が超超超大好きなジョージア・オキーフ(Georgia O’Keeffe 、1887年11月15日 – 1986年3月6日)が良い!オキーフはお花と骨と風景画だけをほぼ100歳になるまで描き続けた、アメリカの20世紀を代表する女性画家。彼女のニューメキシコの荒野の家は、彼女のワールドが詰まっていて、プレミアムとか、kinfolkがやってるよな「丁寧な暮らし」をもう30年も前から先取りしている写真だけでも目ん玉が飛び出るよーな素敵なおうちで、ニューヨークでの華々しい成功者としての生活に疲れたオキーフが「ここはわたしの居場所。心が静かです。わたしの皮膚がここの土地に近いと感じている」と言って晩年をそこで過ごして死ぬまで絵を描き続けた場所なんですよ!

で「もうここに行けるなら取材費は自腹でもいい!私ぐらいオキーフについて情熱持って書ける人はいない!」と思ってオキーフを提案したのだが、結果はNo, アートの専門家じゃないし、文筆家は作家について書いたほうがいいという先方の判断。ま、それ自体は仕方がないと思うしフィッツジェラルドも好きだから良いのだけど・・・うーん!

でも諦めきれない!

どちらか私にオキーフについて書かせてくれる媒体&出版社はありませんか・・・?

多分だれより熱心にサンタフェに通うしなんなら取材費自腹でも良いよ〜!オキーフについて書きたい!!!!彼女のワールドについて書きたい!!書かせてくれぇぇ〜〜!!!

ま、今の長編小説が終わってからの話ですが・・・!

という日記でござんした。

ま、「依頼」と「本人のやりたいこと」が合致しないことも、時にはあるわな。

 

(掲載した写真の著作権はもちろんジョージア・オキーフのものです)


千駄木の美しすぎる銭湯「ふくの湯」


昨日、飯田橋から田端まで、自転車で走っている時、

偶然通りがかった銭湯「ふくの湯」。

一階にはコインランドリー。

あたりに広がる、お湯のやわらかな匂い。

でも、ライトアップされた外観はさながらカフェかログハウスのようで、

私のイメージする銭湯とは、全く異なる顔をしていた。

のれんには「ゆ」ではなく「ふ」の字。

なんだろう、ここ?

まっすぐ帰るつもりだったけど、その外観の美しさに思わず入ってしまった。

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社員と肺魚


社員になった。
1ヶ月半くらい逃げて逃げて逃げ続けて、
最終的に苦肉の策で「バイトがいいです!」と懇願しても「ダメだ」と言われ、
首根っこ捕まえられて、どうにかこうにか収まりのいい形に落ち着かされて入社に至った。
しゃ、
い、
ん。。。
「しゃいん」と平仮名で書くと、なんかの効果音みたいだ。RPGの金属音的な。
この、新卒の2割が就職できなくて、社員になりたくてもなれない人が大勢いるのに、
働くのには社員じゃなきゃ駄目だ、と必ずしも必要ないのに社員契約を結び、
儀礼的に面談をして肩を組んでピースして
「社員になったからにはファミリーだから」と役員の一人に言われ、記念写真を撮った。
私にはもったいなすぎるくらい、いい会社だ。
書面にサインをしながら、「正社員」って、すごい概念だ、としみじみ思った。
今日も明日も同じところにいて、同じ身分が保証されていて、同じように生産し続けている、と周りから確信されていて、
(すくなくとも、最近までの「正社員」の概念はそんなかんじだろう。)
体細胞がごっそり剥がれ落ちて、髪も皮フも内臓も全く新しい別人に生まれ変わっている
5年後も、今と変わらずそこにいる、と思われている人間。
働くのが嫌なんじゃない。
会社は好きだ。
けど、働くという行為に、擬似家族的な縛りがかかるのが嫌なんだ。
この、中も外も、非正規も正規もない時代に、
どこに所属するか、よりも、どんな仕事を創るか、のほうが大事、だと
薄々感じていたからこそ就活もできずにフラフラと蛾がランプに吸い寄せられるように
働く場所を見つけていた私にとって、
仕事の中身は全く変わらないにも関わらず
「社員になれよ」と、このバリバリの所属感を醸し出される
言葉をラバーマスクのように顔に被せられる事は、
まるで、「息を吸う」ことには変わらないのに、
いきなりエラの部分に手をつっこまれて水中からひきずりだされ、
「お前、今日から肺で呼吸せえよ」と言われた
大昔の魚のような、そんな気分になりまして。
シーラカンスも、肺魚に進化したとき、皆が平然と陸に上がっていく中で
一匹くらいは「やだなー」と思っていたんじゃなかろうか。
そう、そんなわけで、
書面にサインした瞬間から、
なぜか気管支をきゅっ、と絞められたような息苦しさがずっと胸のあたりをぐるぐるしていて、
都電荒川線の終電にのって会社から離れれば離れるほど、
その苦しさは増してゆき、
じっとりとコートと襟足の間に冷たい汗が溜まり、
「社員」という字の「ネ」と「土」と「口」と「貝」の間のすき間に
「私」がピーマンの肉詰めのようにぎゅうぎゅうに押し込められて横からプレスされ、
余った肉の断片がむりむりとはみ出して来るようなイメージが頭の中で繰り返し再生されていて、
それを前頭葉で直視しているうちに呼吸がどんでん逆流を起こし、
山手線の中で必死に過呼吸をこらえつつ、這うようにして家に帰った。
まれびとハウスに帰ると、「創職系男子」のうっちーとまっつんが起きていて、
一応、入社した事を報告すると、何事もなかったかの様に流され、
どんな会社か、と聞かれたので
「・・・“社員は家族”みたいな会社」と言うと、
横からフジタクがぼそっと
「・・・家族経営・・・」とつぶやき、
パソコンを開くと、おととい知り合ったジブリの人からメールが来ていて、
「会社の『外』、なんてないですよね。
会社に『入る』『所属する』とかいう発想は、
もうぼくらには必要ない感覚です。
いろんなところに足場を持つ。」
と書かれていた。
呼吸ができるようになった。