ネットワークビジネスの洗脳イベントに潜り込んだ話


古賀史健さんの、「騙される人の共通点」という記事を読んで。

私もつい最近、次の書籍のために、とあるネットワークビジネスの洗脳パーティーみたいなのに潜入取材してきたんですよ。

いったいどんな人たちが来ていて、どういう感じで取り込まれてゆくんだろう、と思って行ったんですが・・・。

まず、それが渋谷のクラブで行われるクラブイベントであることに驚き、さらにそれが真っ昼間に行われることに驚いた。

そして、意外なことに、来てるのはみんな、20歳から24、5歳くらいの、お金を持ってない感じの子たちなんですよ。どちらかというとコミュニケーションが苦手な、大学の1学期に友達づくりに失敗してしまっていそうで、でも一応は会社や学校には所属していて、暇と友達作りたい欲をもてあましていそうな子たちなんです。

「お金持ってない若者を狙うのか〜」と思ってたら、主催の人が出て来て、最初に煽るのが「老後の不安」なんです。「みんなこのままじゃあと50年後はやばいぜ!」って。で、そっから「老後に悲惨な思いをしないためにはつながりを作って日本を変えていこうぜ!」とかなんとか、音楽のパフォーマンスの合間のMCで言う訳。「老後の不安」「つながり」「日本を変える」がこの会の黄金キーワードらしく、そのあとも繰り返し繰り返し繰り返し言われ続けるわけです。

特に一番最後に出て来たDJの人の語りがやばかった。

「俺はぁ〜!

3年前まで売れない役者だったけどぉ〜!

この会のおかげでこうして舞台に立てるようになりましたぁ!

みんな〜〜!! 夢を叶えるために必要なことって何か知ってるかぁ〜〜〜!

それはぁ〜〜〜………

  …

  …

  …   

 

 

つながりダァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

 

 

…吐きそう。

で、あとはその場で半強制的に「つながり」を作らされる。

ああ、こうやって会員を増やしているんだな、って思いました。それぐらい今の若者で「つながり」に不安を持っている人が多いんだな、そういうぼんやりうっすらした不安から来る「友達つくらなきゃ、つくりたい」っていう欲、「でもどうしたらいいかわからない」っていうグルグルの中にこの人たちは自分のビジネスをはさみこんで少しずつかっさらってゆくんだって。本来なら人に言われてするようなことじゃない、確立した道筋みたいなのがない物事について、でもまあ、仕組みに任せちゃえば安心、みたいな気持ちから、亀裂にはまり込むんだな、って。

そのクラブのVIPルームには、ビジネスの代表みたいなのがいるらしく、30分並んで入ると、そこには“しょぼい松岡修造”みたいなのが陣取っていて、そのまわりを若い子たちが3周くらい取り巻いており、しょぼ松岡はキラキラ光る白い歯を見せながら

「俺みたいなクラスの自由人になるとぉ〜、年に5、6回はハワイいっちゃうからっ!見てこの日焼けの色!これじゃ会社員無理っしょ!」とかなんとかひたすら「ハワイ、ハワイ、ハワイ」自慢、それを若い子たちが目をキラキラしながら聞く、という構図が延々と続きたいへん胸クソ悪くなった。肌の色と仕事関係ねぇ〜〜〜!!!!

しかし、この胸のむかつきはなんだろう、老後に不安があるのは事実だし、たしかにつながりは大事、そして日本には問題がたくさんあり、変えて行かなければいけないことは分かり切っているし、ロジック自体は間違いではない、でも彼らに言われるとなんだか底なしの胃のむかつきのようなものがおそってくる。べつに彼らは騙しているわけでは決してないし、このイベント自体だって、参加するのは来場者の選択だ。でもなんだか、「老後不安」→「つながり大事」→「だからここでつながろう」のあいだにはすんごくいろいろなものがスルーされて取りこぼされている気がする。しかしここに来ている人々はみなすごく不自然な笑顔でうんうんとうなずき素直にMCを聞いている、まるで、笑顔と素直さがこの場の通行手形であって、そうであらないとなにか大きなものから取りこぼされてしまうみたいな緊迫したものが彼らの身体から漏れていて、わたしはなんだか見ているうちになんだか悲しい気持ちになってしまった。

 

この悲しい気持ちとむかつきの正体を、うまく書けるときがきたら書こうと思う。

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お知らせ

9月3日(木) 19:30「旅の本屋のまど」さんにて新刊のトークイベントを行います。くわしくはこちらをご覧下さい。


9月3日(木) 19:30「旅の本屋のまど」さんにて新刊のトークイベントを行います。


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(写真提供:淡路愛)

9月3日(木)   19:30 ~に、「旅の本屋のまど」さんにて、新刊のトークイベントを行います。

スペイン巡礼の魅力について、スライドショーをつかいじっくり解説するほか、他の巡礼者の方をお呼びし、貴重なフランスパート(ル・ピュイからサンジャンまで)についてもたっぷりお話しします!

ぜひ皆様、お越し下さい。

 新刊「人生に疲れたらスペイン巡礼」発売記念

◆小野美由紀さん  スライド&トークショー◆

「スペイン巡礼旅の楽しみ方」

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新刊「人生に疲れたらスペイン巡礼」(光文社新書)の発売を記念して、ライターの

小野美由紀さんをゲストにお迎えして、スペイン巡礼旅の魅力についてスライドを

交えながらたっぷりとお話していただきます。カトリック三大巡礼路のひとつ、カミーノ

・デ・サンティアゴ。スペインはもちろん、イタリア、フランス、東欧諸国まで、世界中の

さまざまな国の人々がこの道を歩くことを目指して旅していて、最近は巡礼路を歩いて

旅する日本人も急増しているのだとか。本書は、就職活動に挫折し、スペイン巡礼を

体験し、その後3度に渡り全800キロの道を歩いた著者が、アウトドアとしても、旅として

も面白く、信仰を問わず誰にでも開かれている「スペイン版お遍路」の醍醐味を伝えた

旅エッセイになっています。実際にスペイン巡礼路を歩いて来た小野さんが肌で感じた

「歩き旅」の貴重な体験談が聞けると思います。小野さんのファンの方はもちろん、

スペイン巡礼路に興味のある方や歩き旅に興味のある方はぜひご参加ください!

※トーク終了後、ご希望の方には著作へのサインも行います。

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●小野美由紀(おのみゆき)

1985年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業。学生時代、世界一周に

旅立ち22か国を巡る。就職活動に挫折し、スペイン巡礼へ。その後3度に渡り全800キロ

の道を歩く。卒業後、無職の期間を経て2013年春から文筆業を開始。クラウドファンディ

ングで「原発絵本プロジェクト」を立ち上げ、絵本『ひかりのりゅう』(共著、絵本塾出版)を

出版。2015年には、初の著書である自伝エッセイ『傷口から人生。』(幻冬舎)を刊行し、

話題を呼ぶ。現在、ライター、エッセイストとして活躍中。

◆小野美由紀さんブログ

http://onomiyuki.com/

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(写真提供:淡路愛)

【開催日時】  9月3日(木)   19:30 ~ (開場19:00)

【参加費】   900円   ※当日、会場入口にてお支払い下さい

【会場】   旅の本屋のまど店内

【申込み方法】 お電話、ファックス、e-mail、または直接ご来店のうえ、

 お申し込みください。TEL&FAX:03-5310-2627

 e-mail :info@nomad-books.co.jp

 (お名前、ご連絡先電話番号、参加人数を明記してください)

  ※定員になり次第締め切らせていただきます。

【お問い合わせ先】

 旅の本屋のまど TEL:03-5310-2627 (定休日:水曜日)

 東京都杉並区西荻北3-12-10 司ビル1F

 http://www.nomad-books.co.jp

  主催:旅の本屋のまど

 協力:光文社


病んでないとモノなんか書けないというのは嘘だし、病んでるだけではモノは書けない


先日、取材に行ったゲイバーで、同席した人から、

「病んでなきゃ、文章なんて書けないでしょ?」と言われた。

本当にそうだろうか?

個人的な経験から言うと、これはもう、病んでいない時の方が確実に文章は書ける。
モノを書くという行為は半分以上が技術だ。配管工事とか、プログラミングと同じだ。
病んでる配管工が上手にペンチを使えるとも思えないし、プログラマが病んでたら頭がぼうっとして正確にプログラムを書けないだろう。

だから、モノを書いているときはできるだけ心が安定しているほうがいい。気分が良く、朗らかなときのほうが、あきらかに筆が進む。

毎朝、7時くらいには起きて、7時半には本郷三丁目のスターバックスの窓際の席にいる。
この時間が一番好きだ。
店内には人もまばらで、窓から見える景色はまだ薄暗く車もあまり通らず情報量が少ない。
外部刺激のない状態で、黙々と書ける。窓の外の景色を吸収して心はりんと冴え、道路の上の白線とおなじくらい混じりけのない状態に、自分の内部がだんだんと変化してゆく。

病んでいる人に、書くと言う行為は必要かもしれないが、
書くためには病んでいる必要があるわけではない。
また、病んでいるからといって書けるわけでもない。

書くためには、自分の「病み」を俯瞰する能力が必要だ。
どうやって他者と共有できるか。人が面白いと思う形にするか。
病みを俯瞰できる能力があるということは、半分くらい「病まない」ことを意味しているから、
病みを俯瞰し続けるうちに、少しずつ病まなくなってゆく。
書くことに病気を癒す作用があるとしたらそのためだと思う。

病んでいないと、文章なんて書けない、は嘘だ。

ただ、病みを俯瞰するためには、孤独が必要だと思う。
わいわいがやがやとにぎやかな状態で、病みを静かに俯瞰することは難しい。

だから、書くためには孤独でかつ正常な状態に自分をいかに持って行くかが重要だ。

孤独と、病みと、正常な状態。

その3つをグルグル回ることが、文章を書くという行為なのだと思う。

あくまで、個人の意見だけど。

 

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駅のホームも、静かに心を見つめて文章を書くのに適している。

 

 

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お知らせ

9月3日(木) 19:30「旅の本屋のまど」さんにて新刊のトークイベントを行います。くわしくはこちらをご覧下さい。


人前で話す


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人前で人と話す。

たったそれだけのことなのに、なぜか緊張する。

まるで他人の視線という妖怪に取り憑かれたみたいだ。



「性と生のディアローグ」という連続トークイベントの第二回が終わった。

以前、別のイベントスペースで、「小野さんファシリテーターでなにかイベントをやりませんか」とお声がけいただいたのをきっかけに始まった企画だ。

この会では、私の好きな人を呼んで話している。

来てくれる方々には私の興味にお付き合いいただいている感じだ。お付き合いいただいているのだからもう少し来場者の立場に立って話せればと思うのだが、興味があることしか聞けないので申し訳ないが個人的な聞き方になる。

第一回の代々木忠さんの時には相手が大物で、初回とあって緊張した。

この時は、西村佳哲さんのワークショップの作り方を徹底的に真似した。

西村さんの、「『自分の仕事を考える3日間』を作るワークショップ」を受けたときに習ったことを総動員して、全部ぶち込んだ。なのでこの回の構成は西村さんのやり方の丸パクだと思ってもらってよい。雰囲気づくり、会場との距離、流れ、代々木さんとの関係性。トークの最中も、西村さんになりきるつもりで話した。代々木さんと話しながら、西村さんの目を、声を、手の動きを思い出していた。

真似するのが果たして良いことだったのかどうかは、分からない。

模倣はあくまで模倣であって、話すのはあくまでも私だからだ。

西村さんには見せて恥ずかしくないイベントになったと思うけど、聞き手の方々に随分と助けられたからこそ、そうなったような気がしてならない。



第二回の奥谷さんの時は、ボイストレーナーの徳久ウィリアムさんが教えてくださった、集中と発声のワークが役に立った。

『無理してリラックスする必要は無いんですよ』と徳久さんは言った。

『それよりも、必要なのは集中なのです』

私はこれまで、人と話す時には緊張をほどかなければいけないものだと思っていた。けれどそうではなかった。身体を使って集中状態に持ち込むワークを、徳久さんは教えてくれた。話すというのは頭で行っている行為のようであって、じつは、身体に任せることなのだ。対人関係は身体のことだから、身体に任せたほうがじつは上手くのだと言う事に、私はこの時、はじめて気づいた。

奥谷さんの身体の底からいくらでも湧いてくるパワフルなトーク力と、楽しんでくれた来場者の方々の柔軟性で成り立ったイベントだなと思う。



当たり前のことだけど、イベントというのは毎回、雰囲気が違う。

同じ箱でも、来場者の方とゲスト、全員のその日のテンション、それが全部合わさって場を作る。私の企画だとしても、それは私のものではない。本当に何が起きるのか私にも分からない。私にできることは、ただ、はじまりの合図をすることだけだと思う。この場に生まれる雰囲気にたゆたうつもりで、今後も好きな人たちとしゃべりたいなと思う。




わんわん、台湾。1日目:宿無し金なし、ガイドブックなし。


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旅の中で一番好きな瞬間は、空港から市内へと走るバスに乗り込む時だ。
バスが走り出し、すこしずつ、直線ばかりで構成された空港周りの風景が、だんだん土臭く、緑に彩られ、生活の匂いのする市内地に突入する、あのつかの間の時間。角を曲がり、道路を越えるごとに、人肌の色と、汗と食べ物のにおいが濃くなっていって、いつのまにか、他人の日常への境界線を跨いでいる。旅の始まりが、身体にすっと入ってくる瞬間だ。

 

台北の空は灰色によどんでいた。大気汚染?いいえ、違う。台北に到着した日、日本は記録的な大雪となった。

今、まさにこの瞬間にも、日本に容赦なく降り注いでいる雪の気配が、遠くはなれたこの国にも漂ってくるのだ。日本から吹きつける冷気を受け、この国の風も、やんわりと湿り気を帯びていた。借宿を出て家に戻る夫の身体に、愛人が気配を残すように。いいえ、違う。愛人が夫の身体から、かすかに家庭のにおいを感じるように。
台北市内は至る所に飾り付けられた電飾で、えげつないまでに光り輝いていた。ランタン祭りのちょうど翌日。街中に、祭りのあとに外し忘れた電球や、薄紙でできたハリボテ人形たちが取り残されている。祭りは終わったというのに。台北の街は、とげとげしい装飾品で全身を飾り、夜に繰り出す女の身体のようだった。
この国に来たのには理由がある。RoLaという女性誌で、台湾について対談をしてくださいと依頼があったのだ。

昨年から私は、日本に来る台湾人旅行客向けのウェブメディアからお仕事を依頼され、何度も何度も、台湾から来る有名なブロガーさんやテレビタレントさんたちに、日本を案内する仕事—正確には、日本を案内して、彼らの見たものや食べたものを写真付きで紹介する仕事をしていた。その話をRoLaの編集者さんが覚えていてくれて、雑誌の台湾特集に出演しませんかとの依頼をくれたのだ。

でも。私は言った。

でも、私は台湾に行った事はないんです。それでもいいですか。

編集者さんは目を丸くした。うっかりそれを忘れていた、というように。でも、私はもう一度言った。嬉しいお話なので、対談が実現するまでに、一度、台湾に行ってみます。きっと、対談で話せるような面白い経験ができると思いますから、と。

対談相手は、コラムニストの岡田育さんだった。私は嬉しくてとびあがった。よし、台湾でとびきりの体験をしよう。対談がはずむような、めちゃくちゃ面白い経験をしよう、と。
ああ、それなのに。前日まで仕事の忙しさにかまけて、私はガイドブックすらも買わず、ホテルもとらず、何も調べずに台北に来てしまった。
日本人が観光するとなると、きっとお決まりのコースがあるのだろう。台湾特集を読む人も、きっとそれを期待して読むはずだ。何か面白い事を用意しなければいけない。台湾に関する情報を何も持っておらず、言葉も話せない私に、果たしてそれができるのだろうか。
とりあえず。私は思った。にぎやかな場所に行こう。
バスはゆっくりと台北市内を周りながら、糸巻きのようにぐるり、ぐるりと中心に近づいてゆく。空港バス特有の、この少しだけゆとりのある、路線の配置が好きだ。

ターミナルに着き、人々がわっと降りてゆく。台湾の人は動きに無駄が無い。ゆったりとしているけれど、日本人のようにもたもたとためらわず、まっすぐに、目的に向かって行動する。どちらかというと、直線的。外見はほぼ同じなのに。
とりあえず、私も降りた。降りてタクシーの運転手さんに頼む。中山。バスの路線図を見せながら指差す。これしか今の資料はないのだ。
タクシーの運転手さんは観光客にもなれているようで即座に英語で返事をした。ゆっくりと黄色い車体が走り出す。この国のタクシーも、黄色がメジャーなのだろうか。一昔前の日本のタクシーを思い出す。ドアの内側が木製で、自分で開け閉めしなければならない事以外は、日本と一緒だ。
「日本から?」
「そうです」
「何日いるの?」「3日です」「短いね」
タクシーの運転手さんが話しかけてくるところが、アジアに来たのだ、という気にさせる。
「ホテルは決まってるの?」
「決まってないの。とりあえず着いた事だし、マッサージにでも行こうかな」
「じゃあ、中山駅に着いたら、元気養生会館に行くといいよ。日本人も多いし」すぐに教えてくれた。日本人客になれているのだろう。

台湾の人は、日本に慣れている。

 

空港に到着した時も、リサーチがてら、その辺を歩いていたお姉さんに話しかけた。同じ飛行機を降りたのだろう。日本人らしい顔立ちをしているので日本語で話しかけた。

彼女は日本語で返して来たが、イントネーションがわずかに違った。
「台湾はこんなに寒いんですか」「いつもはもう少しあったかいんだけど、日本が寒いでしょう。その影響でねぇ」この国の気温は日本と連動して変わるらしい。
「寒いと思っていなかったから、上着を持って来ていないんです」「それは大変。でも、大丈夫。中心地に行けば、すぐに手に入りますよ」流暢な日本語でよどみなく返事が返ってくる。
「良かった。わたし、まだホテルも何も決めていなくて。」「ええっ、大丈夫なの?」「たぶん…市内に着いたら、インターネットができるところを探して、ホテルを決めます」彼女は急に心配し、気遣い始めた。私よりも慌てている。
「もし、困った事があったら、ここに電話してね。私は台中に住んでいるんだけど、電話でならサポートできるから」
女性は、そう言って名刺と電話番号を差し出して来た。妹の会社を手伝って、日本との貿易の仕事をしているそうだ。彼女はかなり丁寧に、市内までの行き方と、どのバスターミナルで降りたらいいのかを教えてくれた。
なんていい人なんだ。名前も知らない私に、こんなに親切にしてくれるなんて。

 

日本人の多い旅行地ほど、人はすれていて、観光客に対して冷たいような気がしていた。アジアが苦手なのはそのせいもある。日本人に人気のアジアの観光地は、人々は優しいけれどもどこかやはり金の匂いがする。金と引き換えの親切。

反対に、日本人のほとんどいない中東では、人々は意味がわからないほどに暑苦しく好意的で、人々の汗ばんだ親切心にもみくちゃにされ、(ありがたいのだけど)疲弊しながら旅をしたものだった。台湾の人の親切は、そのどちらにも当てはまらない気がする。豊かで余裕のある国の親切。隣人を気遣うような、間合いのほどよい心地いい関係がある。肌があう、というのだろうか。男女間以外にも、この言葉があてはまることがあるのだな。

 

教えてもらったマッサージ店は、暗い路地の角にあった。ショーウィンドウからは目が痛いほどに蛍光灯の光が溢れ、右肩上がりの店、特有の輝きがある。とりあえず入る。明るく清潔な店内。いかにも日本人観光客向けの店、と言った感じがする。
「いらっしゃいませ」当然のように日本語が通じた。
店員さんもなんだかにこやかである。空気が軽い。外貨のパワーに頼って商売している人々から感じられる、アジア特有のほの暗さが無い。
周りを見渡す。チンタイが発行している、日本人在住者に向けた日本語のフリーペーパーが置いてあった。あった、あった。目当てはこれだ。
アジアのこういう店には、こういったものがたいていあるのだ。
40過ぎくらいの小柄なオジさんに足を揉まれながら、フリーペーパーのマップ部分を広げて、自分が現在いる地点を把握する。中山、は台北の中心地らしかった。
これは持ち帰り自由、らしい。やった、やった。とりあえず、マップ代わりに拝借した。
施術は上手くもなく下手でもなかった。これで、90分1100元。日本円に直すと3300円。アジアだけど、高い。台北をアジアだと思っちゃいけないらしい。

 

実際のところ、私は台湾をどう位置づけたら良いのかよくわかっていなかった。
仕事でお付き合いをする彼らはスマートで、およそ日本人と変わるところがない。にこやかで親切、VIPとして来ているにもかかわらず、サービス精神が旺盛で気遣いもばっちり。けれど、細やかなところに気が回るにも関わらず、日本人ほどに恐縮したところはなく、なんだか風通しが良い。けれど意外なところで彼らは豪胆で、身のこなしのおおぶりさや、ずっしりと地にしみ込むような軸の通った体つきからは、なんとなく大陸の匂いが感じられた。
世界中を旅したことがあっても、マンションのとなりに住んでいる家族のことは何一つ知らないように、彼らのことも、私は何一つ知らなかった。

 

マッサージ屋を出ると台北は雨だった。小雨がさぁさぁと街の背中を撫でる。地面に白い飛沫の膜ができて、歩く人の足下を隠す。
繁華街の喧噪の中で、どこに行けば良いのか、指し示す物は何一つなかった。
仕方が無いので、通り沿いの、一番人が入っている中華料理屋に飛び込んだ。暗い店内には外国人用のメニューはなく、中国人しかいない。写真がメニューに載っていたので、何が入っているのかわからないまま、茶色い汁の麺類と、小籠包を頼んだ。
ハエがテーブルの隅に泊まっている。こういうところは、アジアだ。
しばらくして、鼻のつんとした少女が麺類を持って来てくれた。かなり大きい。
ぬるい汁とのびた麺。それでも口触りはやわらかく、のろのろと喉をつたって胃に落ちてゆく、その速度に安心した。

 

出発の直前まで、日本であまりにもめまぐるしく過ごしていたことが、なんだか早くも嘘のように思われた。その時の私は、あまりにも対人関係に疲弊していた。ツイッターやfacebookでの事細やかなやりとり。相手がどう思っているかの探り合い。すべてがくだらなかった。ただ、厚みのある温かいエネルギーに触れたい。そう思っていた。目の前ののびた麺は、なんだか、その象徴みたいな気がした。そっとしてくれるあたたかさ。熱烈に相手の国を求めずとも、勝手にあちらから心がすりよってくるような。
「なんか、ビューネくんみたいな国だなぁ」そう勝手に思った。

ビューネ君とは、化粧品のビューネのCMに出てくる架空の男子キャラクターである。仕事で疲れたOLが疲れたぁと叫ぶと、僕が癒してあげるよと温かく包み込むのである。

そうか、台湾って、日本人女性にとってのビューネ君みたいな存在だったのか。知人の働く女性たちが、毎年毎年、飽きもせずにこの国に足を運ぶ理由が分かる気がした。

よし、こうなったら台湾を、私のビューネ君として利用してやろう。

(つづく)


ノルウェイの大盛り―オーロラ増し増し、犬ぞり全部入りの旅3日目:猫派も刮目して見よ!これが本気の犬ぞりだ!!


 

まずはこれを見てくれ。

かわいいだろ?生きてるんだぜ、コイツ。

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もうなにも言うまい。犬ぞりである。
ただ、犬がそりを引くだけの遊戯である。
ただそれだけ、なのになぜ、こんなにも血が滾るのか。

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3人乗りのソリに女性3人が乗ります。引っ張るのは10頭の犬たち。

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頑張れ頑張れ(ときどきさぼる)。そりの後部に乗っているトレーナーが「右!」とか「左!」とか言う。時々間違っちゃうのがかわいい。

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こんな景色の中を、ひたすら走ります。

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ボクたち、もう疲れたよー(とは言ってない)

このセンターには常時200頭もの犬たちが飼育されていて、一人前の犬ぞり犬になるのに1年半のトレーニングを経てから実用されるそう。この檻にいる子は、まだデビュー前の青年(?)ワンちゃんたち。

 

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犬ぞり後は、サーメ人の伝統的なスタイルの小屋で、トナカイ肉のポトフや、珈琲や、ケーキをいただきます。

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小屋。内部。超さむい。しかし寒からずして何が雪国か。

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犬に1時間ほど乗って、上機嫌の女性陣。

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テンションMAX。

 

このあとは待ちに待ったオーロラだよ!!!!!


ノルウェイの大盛り―オーロラ増し増し、犬ぞり全部入りの旅2日目:泣く子と寿司には勝てぬ


トロムソ2日目。

2日目のトロムソは、吹雪だった。

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吹雪きすぎていて、向こうの島も見えない状態。

こんな猛吹雪で、本当にオーロラが見えるのか?

そんな心配をしつつ、今日はトロムソ観光協会の高木さんとランチをごちそうしてもらう予定である。

よかった。私の貧弱なノルウェイの知識を補強してもらおう。

 

ノルウェイと聞いて何をイメージするかといえば、日本人の60%くらいはおそらく村上春樹だろう。

私もそうである。そして、次に想像するのは、映画版「ノルウェイの森」 で主人公と恋人が雪の森の中で××するシーンだ。

高校生のころ、まだ「ノルウェイの森」を読む前だった私は、小説の中に「森の中でそういうことをいたすシーンがあるよ」と誰かから聞き、

「ノルウェーにまでわざわざそんなことをしにいく小説なのか。いったいどうしたらそんな展開になるんだ。大変だな」と思っていた。

大学に入り、ようやく実物を読んで、誤解が解けたものの、今でも私の中でのノルウェイは、なんだか「ノルウェイの森」の主人公の恋人である、精神療養所の少女・直子のイメージそのままの、茫洋として実体のない存在だったのである。

しかし。

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寿司のリアリティには勝てない。

 

連れて来てくださったのは、むちゃくちゃおしゃれな寿司バー。

持って来てくれた店員さんもなんだかぶっとんでいる。(最初、男性だと思ったら女性だった)

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ノルウェイ料理は、新鮮な魚介やフルーツ、野菜やチーズ等、素材の味をそのまま活かしたものが多いという。

食べ物の見た目にも繊細に気を使うそうだ。

なんだか日本料理みたいである。

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う、うま〜〜〜〜〜!!!!!!!舌がはずれて落ちそうなぐらいうまい。

ハマチやら、マグロやら、カツオやらも、日本名で通じる。日本の寿司に負けない、というか新鮮さでは日本以上かも。

 

こちらの寿司は、マンゴーや苺などのフルーツを使ったものが多い。

特に、新鮮なサーモンに、ジューシーなマンゴーが合わさった巻き寿司が絶品。

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あと、こちらの人も鯨を食べるそうで、鯨の唐揚げが出た。こっちも美味。

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高木さんは、日本でスポーツインストラクターとして働いた後、世界中を旅した女性。

旅の最中に立ち寄った北欧に一目惚れし、イギリスの大学の「スカンジナビア史専攻」に進み、一年間のノルウェイ留学を経験。

トロムソ大学に進学し、その後、こうして観光局で仕事をしているそうだ。

かなりアクティブな女性である。

高木さん曰く、「ノルウェイの女性の家事従事時間は世界最低。多くの家事を男がやる」そうで、女性陣から「ノルウェイ人と結婚したい!」との声が。

料理、掃除、洗濯など、たいていのことは男性がこなしてしまうそうだ。

女性は?と聞くと、「まあ、アイロン掛けたり、服たたんだりとかはしますけど…」と。

え〜〜〜!うらやましい。

と、いいつつ私も現在そんなもんなので、まあ、とんとんかな。

ノルウェイの人は、シャイで、奥手なので、お酒を飲まないと異性と盛り上がれない人が多い、とか。

日本人とノルウェイ人は、似ているらしい。

確かに、街を歩いたり、バーに入ったりしても、

なんとなく日本人と夫婦になっても上手く行きそうな、おだやか〜な物腰の男性が多かった。

ノルウェイ男性、アリかも。

 

昼食後、トロムソの街を、高木さんが案内してくれた。

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トロムソの図書館。むちゃくちゃおしゃれ。

 

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トロムソ最古の映画館。中はカフェになっており、今でもスクリーンで映画の上映が行われている。

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有名なチョコレート店で買った「iPhoneチョコ」がツボった。IT系男子へのおみやげにぴったり。

 


ノルウェイの大盛り—オーロラ増し増し、犬ぞり全部入りの旅1日目:トロムソの意地


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北欧、と聞いた時、一番最初に思い浮かぶのは、青と白の重なり合う直線で作られた四角形だ。

それも、透明度の高い、ペールな色の。

ムーミンの背景に使われているような、ふわっとして、控えめな、でも知的な色たち。

 

北欧と聞いて、赤や、濃い緑や黄色を連想する人はまずいないだろう。

 

イメージの中の北欧は、薄い、軽い、ちょっとそっけないくらいの色あいで、

例えて言うなら、つんとすましたかんじの、なかなか取りつくしまがない、冷たい美人、といった印象。

ロシアのようにものすごく冷たくて凶悪な美人、ではない。

地理的な距離と、心理的なイメージが見事にリンクする国々である。

 

正直に告白すると、私はついこのあいだまで、「ノルウェー」という国が地球儀の上の方にある細長い3つの国のうちどれなのか、それすらも分かってなかった。

大学の時、留学で来日していたスウェーデン人の友達が自虐気味に「スカンジナビアの3国の正確な地理を答えられる日本人はなかなかいない」と言っていたけれど、私はごたぶんに漏れず、そうだった。

失礼を承知で言うなれば、私にとって北欧諸国は、いつも教室の隅に座っていて、一体何を考えているのかわからない、話しかけたいけど話しかけられない、幽霊みたいな女の子、のような存在だった。

 

“みんなで旅をつくる”ソーシャル旅行サービス『trippiece』が主催する、

「ノルウェーのトロムソオーロラツアー」に、運良く当選するまでは。

 

 

3月14日。

 

乗り継ぎのために降り立ったフィンランドのヘルシンキ空港は、日本から抱えて来たイメージと寸分違わなかった。

こんなにも寒色の四角形ばかりでできている空港を、私は他に知らない。

 

たとえば、空港の案内板の色だとか、床だとか、窓ガラスに薄くかかったスモークだとか。

それらすべてが例外なく、イメージ通りの寒色なのである。

 

白や、青、寒々しい色ばかり、こうも良く使うなぁ。

もともと寒い国なのに、もっと寒くならないのかしら。

フィンランドを始め、北欧の人たちは、ほかのヨーロッパ諸国に比べて、痩せている人が多いイメージだ。

実際に空港を歩く背の高い人々は、皆きちんとしたみなりにしっかりと肉体をしまい込み、

南ヨーロッパの人々やアメリカンたちが、ああもだらだらと衣服からはみださせている余計な脂肪など、一切見当たらない。

青い色ばっかり見ているから、食欲が抑えられて、太らないんじゃないか。

 

大都市のヘルシンキでさえこうなんだから、ここからさらに飛行機を乗り継いで北上する今回の目的地・トロムソって、どんな寒々しい場所なんだろう。

この時はそう思った。

 

でも、それから2時間後に到着した、北極圏350kmに位置するノルウェー北部の街・トロムソは、そんなイメージを裏切る場所だった。

 

空港を出たとたん、視界に飛び込んで来たのは、ヘルシンキではついぞ見られなかった、赤や茶色、オレンジなどの温かい色たち。

街の看板や、建物。空港から市内に走るバスの、座席やカーテン。

果物の皮の色のような、少し渋みがかった、生の暖かみのある色。

レンガ壁のふかふかとしたオレンジが、街灯の光に照らされて、降り積もる雪の白色と住み分けるように、地平に線を引く。

 

色には、そこに暮らす人々の戦略と知恵が混じっている。

雪国だから、あったかい色で暖を取るんだ。

 

空港のセキュリティチェックの、あまりの杜撰ささえも、なんだかトロムソ流の暖かい歓迎に感じられる。

 

深夜23時ごろ、トロムソ市街の中心地にある、ホテルに到着した。

 

看板には「Thon Hotel」と書かれている。

 

トロムソの中では比較的手頃な値段のビジネスホテルだとトラベルガイドには書いてあったが、部屋に入って驚いた。

椅子からテーブル、ベッドサイドのライトにいたるまで、すさまじくお洒落なのである。

日本でこのレベルのデザインホテルに泊まるとしたら、いったいいくらかかるんだろうと思わず考えてしまう。

 

「小さなビジネスホテルだからってなめんなよ!北欧デザインの神髄、見せまっせ」

そう、言われたような気分である。

 

ヘルシンキからトロムソまでの飛行機の中で、となりに座ったフィンランド人の男の人はこう言っていた。

「今年はフィンランドは本当に雪が降らなかったから。みんな、雪を求めてトロムソにやってくるんだ」

その人はスキーのために、休暇を取り、国をまたいではるばるトロムソにやってきたそうだ。

そういえば、飛行機の乗客たちも、なんだかうきうきと色めき立っていた。

そうして到着した街の中心地では、真っ白な雪景色の中に、パブのネオンの花が咲き、バーから溢れた人々が、道路に喧噪を撒いている。

 

ぜんっぜん、田舎じゃない。

 

無理もない。

ここはオーロラはもちろん、スキーや、スノーボード、犬ぞりなど、スノーアクティビティのメッカ。

 

日本人が春先に桜を愛でに京都に行くように、

北欧の多くの人々が、雪を求めてトロムソに行くのである。

全力で観光客を迎え入れる用意のできた、一言で言えば「おもてなし」の街なのだ。

観光の街としては、バリバリに張り合いのあるヤツだったのだ。

来る前のトロムソのイメージは、オーロラ以外に何も無い、寒々しい、北極圏の小さな村だったが、実は、全然違うのではないか?

自分の勉強不足を、恥じる思いである。

ただの、へんぴな田舎町だと思っていたらやけどするぜ。

そういう街なのだ。トロムソは。たぶん。

幽霊みたいな女の子、だと思っていたノルウェイ(のトロムソ)は、実は、意気地の立ったスケバン少女だったのである。

 

あまりにもスタイリッシュすぎて、カバーの縦の直線を崩すのもなんだか恐れ多いベッドでごろごろしながら、そんなことを思った。

その検証は、また明日。

(つづく)

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ええと一日目はほとんど移動だったので、写真のネタに困るのですがとりあえずフィンエアーの機内食がおいしすぎたのは印象的でした。

 

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トロムソ到着時。空港のセキュリティチェックの甘さに一同呆然。だがそれが良い

 

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この写真では伝わらないほどにオサレすぎるホテル

Thon Hotel Tromsø

  • 住所: Grønnegata 50, 9000 Tromsø
    電話:+47 77 69 80 50

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この日の晩ご飯はサーモンのクリームスープでした。とろける。

 

 

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トロムソの街並み

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違う日だけど、こういう赤い家がたくさん連なっているのがカワイイ。

 


本を書いている


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本を書いている。

どういうわけか運命の糸がわやくちゃに混線して、気づいたら3月中に8万字書かなければいけなくなった。

初めて本を書くのに、無茶である。

おかげでノルウェイのトロムソという街で、ホテルの一室に引きこもってひたすら原稿を書いている。

せっかくトリッピースのツアーに当選して、やって来たというのに。

 

でも、自分でやるって言ってしまったからにはやるしかない。

8万字の雨が空の上から降る準備をしてぶらぶら下がっており私はそれを全部受けきらなければいけない、そういう状態だ。

8万字の雨だれが天から落ちてくる。それを全部身体で受ける。びしょびしょである。かなり、動きづらい。身体が重い。しんどい。

でもどういうわけだかすごく嬉しいのだ。この時をずっと待っていたような気がする。やっと書ける、書いていいんだ、そう思ったとたん、嬉しさがふつふつと湧いて来て、皮膚を突き破って爆発しそうだ。

好きなだけ書いていい、ということがこんなにうれしいだなんて。

 

これまでは、念入りに仕込まないと、ちゃんとしたものが書けない、と思い込んでいた。

ノートに文字を書き溜めて、2週間くらい文字通り寝かせておく。その間に文章が発酵するのを待つ。発酵したら、見返す。読者にとって美味しいかどうか、この時点では分からない。美味しくなるように整えて、トッピングをする。いろいろなものを混ぜる。面白い比喩表現だったり、リズムだったり、事例だったり、キャッチーな言葉だったり。そうして整った文章になったと思ったら、それをまた、2~3日寝かせて、一番綺麗な形に整えたら、ブログに上げる。

「そんなに時間かけてるんですか!」と良く驚かれる。でも、自分が出せるもので一番いいものを出したいと思うから、そうやって時間をかけていた。

でも、8万字となるとそうはいかない。

滝のように書かなければいけない。滝のように書いて、しかも、面白い物を書かなければいけない。

呼吸を止めて一気に書き上げる。三味線奏者の葛西さんは、三味線はあまりに早く指先を動かして演奏するものだから、一曲の間の2分間ずっと呼吸が止まっていると言っていた。

そういう感じだ。書いているとそのうちハイになってすっごく横隔膜があがって、過呼吸になっている。トロムソにつく飛行機の中で書きまくっていたら、息が本当に止まっていて、頭がくらくらした。過呼吸だった。過呼吸になるくらいハイテンションで、でもそれだけだと、頭で浮いている感じの、ふわふわしたおぼつかない文章になっちまうから、あとでちょっと落ち着いた段階でもう一度見返して、ちょうど、てっぺんと足下が、空と大地とつながった文章にできればいい。

今までのは怖かったんだなと思う。自分の文章に自信が無いから、慎重に丁寧に書いていた。でも、私の人生の中で一番先立ち、行動を止めていた「失敗する事に対する怖さ」が、8万字にところてんのように押し出されて、どっかに行っちゃった。怖いけど、書くのが楽しい。

こんなに書くのが楽しいなら一生書いていたい。将来どんな貧乏になってもいいから、ずっと本だけを書き続けたい。

人生で、こんなに充実していると思ったこと、ない。

「小野さんの文章は面白くない」と言って来た友人の言葉をかなり長い間、ずっと気にしていたけど、それが今、コルクの栓のように、ぽん、と抜けた。

もうどんなふうに思われても、だれに批判されても、全員に面白くないって言われても、私は私の言葉で自分の思っていることを書きたい。


業と生業


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自著のプロットを、編集者さんと考えて作っている。

本を書く、ということが生まれて初めてなので、まだよくわからない。

山崎ナオコーラさんの「昼田とハッコウ」を読んだ。
書店で生まれ育った二人の青年の、日曜夜9時のドラマになりそうでならなそうな、微妙な空気感のある物語だ。

山崎さんの小説には、本に関わる労働をする人たちがよく登場する。

山崎さんの、彼らの描き方は面白い。

本に囲まれて育った人間は、森で生まれたオオカミが森での生活に適合しながら育つように、本に適合して生きるようになるのだろう。
もしくは、セミが樹液を吸って飛び立ち、またもとの幹に戻ってくるように、本から栄養を吸いとり、現実の世界に出て、また戻る、のを繰り返すようになる。

本作りの業界にいると、よく、昔から本が好きで本が好きで!やっぱり本の仕事がしたいから、この業界に入ったんですって人に会う。

その温度がうらやましいと思う。

私は本が好きなのかどうかいまだによくわからない。

友達がいなくて、本しか相手にしてくれなかったから、しかたなく付き合ってるような気がする。

「恋の渦」に出てきた、冴えなくて友達のいない男が、自分を相手にしてくれるだけの、冴えない女と付き合ってるように。

 

生まれたときからずっと、本に囲まれて育った。

植物が吐き出す酸素を吸うように、壁を覆う本棚に詰まった本たちの、ページの隙間から漏れ出る活字を吸い込んで育ってきた。

 

思春期の喜怒哀楽も、20代の女性の苦労と悲しみと激昂とそして情愛も、自分がそれを体験するまえに、本の中で疑似体験してしまった。

 

はじめての性的な体験も、もちろん、本の中だった。

6歳の時、何気なく、母の本棚から村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を手に取り、ページをめくっていた。

もちろん、6歳なので、そこで繰り広げられる行為の意味はわからない。

「ベイグンキチ」の意味も分からないし、なぜ男女が絡み合っているのか、

村上龍が何を伝えたいのかも何一つわからない。

しかし、男女の乱交のシーンで、突然

「黒人のめくれあがった肛門が苺状に見えた」

といった内容の一文が、目に入ってきたのである。
前後の文脈は全く理解できない。けれど、その一文の意味だけは突然、理解できたのだ。

まるで、草むらからにゅっと飛び出た人間の白い足の生々しさに、思わず目がゆくように。

そのくだりの衝撃が、頭をかんと殴って、記憶から離れなくなった。

 

 

その、苺、春になると祖母がいつも学校から帰るとお皿に載せて出してくれる、洗いざらしのうるうると水をまとった赤く輝く苺と、そのページにバターのようにぐっしょり染み付いた、自分のこれまでの短い人生で一度も味わったことのない性的な空気、そして、ちびくろサンボでしか知らなかった「黒人」の体の一部、6歳児にも体感で認識できる、その背後にある部位とが、村上龍という人の小説の中では、等号で結ばれて出てくる、そのことが幼い私にとっては衝撃で、その衝撃は未消化のまま、みぞおちに黒い塊となって、その後もずっととどまり続けてしまった。

私の中の「性」のイメージは、今もずっと6歳のままだ。

頭の中に、まるでスタンプのように「黒人のイチゴ状にめくれ上がった肛門」という描写が焼き付き、そのイメージは、成長して大人になった今でもことあるごとにリフレインし、決して消えてくれない。

 

本から受け取ったイメージの烙印に、ずっとずっと翻弄される。

 

本に囲まれて暮らしてきた人間たちは、もしかしたらみな、そうなのではないか。
喜びも、悲しみも、怒りも、全部本の中に挟まっていたものの、リフレインなのじゃないか。
未来が実際に訪れる前に、先走って受け入れてしまったイメージの中にいて、頭と体はちょうど首でちょんぎられたように別の速度を生きている、ということが往々にしてある。

本の間に挟まっていた、無数のイメージたちから、逃れられない。

仕方なく、その烙印を受け入れて暮らしている。

まるで、小さなころから一緒に育ちすぎて、その性質を受け入れて生きてゆくしかない、相棒のようなものだ。

ちょうど、山崎さんの小説の中の、ハッコウと昼田の関係のように。

 

だから、本に触れないで育った、もしくは本を読みたくて読みたくて仕方がないで育った人の、キラキラした本への憧れを見ると、うらやましいなと思ってしまう。

 

もしかしたら、自分は本に対して恨みがあるのかもしれない。

そんな、わけわかんないものを、人に、ぎゅっと、おしつけて、いったい、お前は何を、したいんだ?

 

でも、いざ自分が本を書くとなったら、できればやはり、他人の心にぎゅっと判を焼き付けるような、爛れていつまでもぐじゅぐじゅと残ってしまうような、そんな本を書きたいと思ってしまう。

 

自分が人にされたことは、人にもしてやりたくなる。

 

すべからく、生業というものは、そのようなものかもしれない。

生まれてから大きくなる間に、知らないうちにぬるぬると低温で焼き付けられた焼きごてみたいなもの。

その印を、誇りと思って生きるか、仕方ないと諦めて生きるか、どちらかなんだろう。

 

何かを生業だと思って、腹をくくってやるということは、そういうことなのだ、きっと。


他人から求められたい


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12月2日

 

恋人(とおぼしき男)が就職活動を始めるというのでスーツを買うのに付き合った。
青木とか青山とか、そのような名前の店に入ってゆくので、そのまま付いてゆく。

このような衣料品店に入るのは、人生で初めてである。

 

店員さんの言われるがままに、蛍光灯の下でペラペラのスーツを着ている恋人はなんだか作り物みたいで、塩化ビニルの光沢で皮膚がてかてかするフィギュアのようだった。

この前までは汚い格好をして、ドロドロになりながら表現活動に励んでいたのに。

セットで39800円のスーツを、彼は一着買った。

てろてろの、布地がクリアファイルみたいなやつ。へんなおっさんみたいなかばん。

そのあと喫茶店で、800円の紅茶をすすりながら、

「みんな50社くらい受けるっていうから、リクナビとか一応見てるんだけど、興味あるところはそんなに無いんだよね」

とか

「OB訪問とか、したほうがいいのかな?」とか、彼がうわついた感じで

話すのを聞いていた。

「みゆきちゃん、おれのES見てよ」と言われたので、

(絶対、見ない)と思った。
彼を、遠くに感じた。

 

今、本の企画を編集者さんと考えているけど、何を書いたらいいのかわからなくてずっと考えている。

何を書いたらウケるのか、何を書いたら面白がってもらえるのか。
わからなくて気が狂いそうになる。

そうまでして人に求められたいのか。
自分がときどきすごく、あほに感じる。

 

自分で自分の顔を見ていない時の自分は、きっと、物欲しそうな顔をしているはずだ。
就職活動の時と一緒だな、と思った。
何をやったら、どんな風にすれば人から求められるか、そればかり考えていて、結局一社も受からなかった。

求められることを求めると、結局誰からも求められない。

でも、誰からも求められないのは、怖いことだから、みな求められるために努力する。

 

言葉では嘘をつくことはできるけど、人は、嘘をつけない。

多くの他人から求められたい、好かれたいという、もの欲しさが、その人をコーティングして、その人の魅力は、半減する。

塩化ビニルのスーツのように、その人の皮膚呼吸を止めてしまう。

 

求められないことは、本当は怖くない。

求められようとして、すかすかになって、知らないうちによだれを垂らす心のほうが、本当はいちばん怖い。

 


旅のウェブメディア「旅ラボ」学生インターン/ライター・コラムニスト募集


巡礼2日目②

ウェブメディア「旅ラボ」は、これまで“旅を科学する”をキャッチコピーに、世界を旅する人へのインタビューサイトとして若者が世界へと旅するきっかけを提供してきました。

そんな「旅ラボ」が、来年1月下旬、コンテンツの幅を広げ、旅や海外経験に関する総合情報サイトとしてリニューアルオープンすることが決まりました。

そして、その新編集長に、わたくし小野が就任することになりました。

 

これまでは「旅」にコンテンツを限ってきた旅ラボですが、リニューアル後は、海外就職や留学、海外ボランティアやワーキングホリデーなど、異なる環境に飛び込み、未知の世界を知る経験もすべて広く「旅」ととらえ、そのきっかけとなる情報を提供し、体験の機会を生み出すことを目的とします。

 

それに伴い、旅ラボは

1.新しいウェブメディアを一緒に作り上げる、学生インターン

2.ライター/コラムニストとして、海外経験やノウハウを執筆していただき、多くの人が旅に出、海外に踏み出すきっかけを提供していただける方

を新たに募集します。

 

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1. 学生インターンについて

 

旅ラボはこれまで、編集・取材チームに学生インターンを起用し、インタビュー取材などを行ってきましたが、

リニューアルに伴い、ウェブメディアの立ち上げ、企画立案、編集、執筆までに関わっていただけるインターンの方を募集します。

 

身に付く能力:ウェブメディアの立ち上げ、制作に必要な基礎力

ライターや編集者として活動するのに必要な文章力、編集能力

WordPressの知識、SEOの知識、画像編集の基礎知識

 

自身でメディアを立ち上げてみたい、また、将来ライターや編集者として活動するための基礎力を身につけたいという方には特におすすめのインターンです。

無償ですが、そのかわり、上記の能力を身につけるのに必要な指導や知識の提供、またそれに掛かる労力は惜しみません。インターンを通して、一通り、ライターとして必要な能力と実績を身につけることができます。

※活動は主に東京都内です。

 

応募方法:info@tabi-labo.comまで、お名前・簡単な応募動機・twitterもしくはfacebookのアカウント・ブログやウェブサイト(あれば)など自己紹介代わりとなるものを書いて、お送りください。

 

編集部で選考ののち、ご連絡させていただきます。

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2. ライター/コラムニストについて

 

以下にあてはまる方からのご応募を、旅ラボは歓迎しています。

・以下のカテゴリにあてはまる海外経験があり、それについて執筆し、多くの読者に読んでもらいたい方

・記事の執筆を通してアピールしたいことがある方

 

募集記事カテゴリ: 海外旅行/テーマのある旅/語学学習/留学/海外就職/ワーキングホリデー/移住/その他、WWOOFなど、ユニークな海外滞在経験

 

記事の形態:

1000文字〜2000文字のHOW TOやコラム記事(内容や掲載回数は相談後に決定)

プロフィールや、ブログや自身のウェブサイト、SNSへのリンクなどを掲載させていただきます。

 

報酬:無償(ただし、今後はPV数に応じて原稿料の発生も予定しています)

 

応募方法:info@tabi-labo.comまで、

お名前・旅ラボで執筆したい内容・twitterもしくはfacebookのアカウント・ブログやウェブサイトなど、これまでに執筆したものがある場合はそのURLを書いてお送りください。

(すでに原稿がある方は、添付していただいてもかまいません。)

 

編集部で選考ののち、ご連絡させていただきます。

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どうぞ、皆様からの熱い応募をお待ちしております!

旅ラボ編集部一同